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百八十六話 極光

 

 迷った。

 激しく迷った。

 何度も同じ場所をぐるぐると行ったり来たりしている。

 慣れ親しんでいたはずのボルト山なのに右も左もわからない。


『あ、あかんわ、タッくん。ここがどこなんか、まったくわからへん』

「ありしゅ、まいご」


 ペット捜索の前に二人が言っていた言葉を思い出す。


『大丈夫やで。タッくんはうちが守ったるからな』

「ありしゅがいるからだいじょぶだよ」


 うん、全然大丈夫じゃなかった。

 油断はしていなかったが、まさかペット捜索開始すぐに迷子になるなんて……


「まずいな、ヌルハチの転移の鈴も作動しない。あっちも同じように迷っているのか」


 えらいことになってしまった。

 日が暮れるまでに戻るはずが、とっくに辺りは暗くなり、山は月明かりさえなく、どっぷりと闇に包まれている。


『タッくん、これ以上動くのは危険やで。今夜はここで野宿して、また明るくなってから……』

「いや早く動いたほうがいい。強力な魔力探知を持っているヌルハチに反応がないのはかなりヤバい。さらに状況が悪化しないとも限らない」

「ありしゅ、ちゃくみといっしょなら、どちでもいいよっ」


 うんうん、かわいいから頭をなでてあげよう。


 にかー、と笑ったアリスを見て、若干、気分が落ち着いてきた。


「とりあえず、そこらじゅうに目印をつけて手当たり次第に突き進もう。なにかヒントや法則が見つかるかもしれない」

『無駄やと思うけどなぁ。これ、たぶん恐ろしく練られた強力結界やで』


 結界か。

 そういえば大武会でアリスが四神柱の結界を簡単に破ってたな。

 しかし、あの頃のアリスならともかく、今のおこちゃまアリスには、到底そんな真似はできない。


「ん? にゃに? ちゃくみ?」

「なんでもないよ、とにかくできるだけのことを…… ん?」


 不意に、ぼわっ、と前方にかすかな光が降り注ぐ。


「これは、月明かり、か?」


 上空を見上げると、完全に雲に隠れていた月が、ほんのわずかながら、その姿を見せていた。


 それは、まるで俺たちにこっちにいけ、と言っているような月明かりだ。


「こ、こっちに行ってみようか、カルナ」

『いやいやいやいや、なにいうてるん、タッくんっ! 絶対怪しいって!なんかとんでもないとこに連れて行かれるって!』

「うん、確かに怪しいけど、なんだろう、この月明かり、なんだか懐かしいような気がするんだ」


 自分でもそれが何かわからない。

 しかし近づいていくと、その光にさらに妙な親近感を感じてしまう。


「バッ……」


 不意に頭に文字が浮かぶが、それを言い終わる前に頭から抜け落ちる。


『ん? なに、タッくん? バッ?』

「い、いや、なんでもないんだ。今、俺、バッって言ったのか?」

『せやで、タッくん、大丈夫?』


 大丈夫と言えば大丈夫なんだが、なにか頭の中で霧がかかったみたいに、もやもやとしている。


『けどほんまに、なんかこの月明かり、ちょっと安心感みたいなんあるな。よくわからへんけど、どっかで会ったような、昔、助けてもらったような、変な感覚やわ』

「ありしゅもっ、ありしゅもなつかしいっ、なんかすきっ!」


 カルナやアリスまでもが、ただの月明かりに親近感を覚えている。

 なんか、逆に罠なんかじゃないか、と心配になって月明かりの前で止まってしまう。


 すると、月明かりが雲に隠れたりまた出たりを素早く繰り返して、チカチカとかすように点滅し始めた。


「な、なんか早くしろって、言ってるみたいだよな」

『あんまり、我慢できひん子やな、月明かりん』

「いこっ、きと、だいじょぶだよっ」


 不意に、冒険者時代に、パーティーのご飯を作っていた時のことを思い出す。

 その日は初めて扱う食材が多く、思った以上に時間がかかってしまい、みんなを長く待たせてしまった。


 そうだ。その時も、ずっと誰かが早くしろ、と急かして苛立っていたんだ。


 あれは誰だったか。

 ヌルハチ、サシャ、リックは大人しく待っていてくれた。

 アリスもベビモと遊んでいて、気にしてなかったはずだ。

 あれ? これでパーティーは全員だよな?

 一体、誰が急かしてたんだ?


『タッくんっ、みてっ!』

「っ!?」


 誰だか思い出せないまま、月明かりに足を踏み入れた途端、前方に幻想的な薄い緑をした光の帯が、ぱぁ、と波打つように出現する。


『……ま、まるで、道標みたいや』

「ほわぁ、きれぇ」

「オーロラだ。こんなの、こっちでは一回も見たことないぞ」


 向こうの世界に行った時に、名作映画の映像で見ただけで、肉眼で見るのは初めてだ。


『え? タッくん、これ知ってるん? 魔法やないの?』

「ああ、詳しく覚えてないが、プラズマとか磁力とか、大気の酸素や窒素がうまいこと重なって発光する自然現象だ」

『うん、全然わからへん。でも月明かりより、なんか信用できそうな気持ちになってきたわ』


 た、確かに。

 なんだろうか、オーロラから溢れ出る優しい兄貴感。

 誰かが俺たちを助けようとしてくれているのだろうが、誰なのか、まったく心当たりがない。

 そもそも、こんな自然現象を操る知り合いなんて、いなかったはずだ。

 それなのに全部をまかしても大丈夫だ、という安心感がオーロラからヒシヒシと伝わってくる。


「進もう。きっと大丈夫だ」

「しゅぱぁーつ、しんこっ!」


 オーロラに沿って、グネグネと山道を歩いていくと、拍子抜けするくらい、あっさりと知っている道に辿り着く。

 帰る家が見えたと同時にオーロラは、すっ、と静かに消えていった。


「ちゃくみっ、レイアとヌルハチもいりゅ」

「ああ、どうやら向こうも今ついたみたいだな」


 俺たちと同じように、道に迷って消耗しきったレイアとヌルハチが家の前で弱々しく手を振っている。

 ベビモはかなりへばってるみたいで、溶けたわたあめみたいに、地面にべちゃっ、と寝転んで動かなかった。


「タ、タクミさん、大丈夫でしたか? 私たち道に迷ってっ、でも変な光が出てっ、その光のほうに進んだら助かったんですよっ!」

「ああ、こっちも同じだ。オーロラがなかったら、ずっと迷子のままだったよ」


 興奮しているレイアに対して、ヌルハチのほうは、一言も話さず考え込んでいる。


「どうした、ヌルハチ? 大丈夫か?」

「ん? タクミか。大丈夫じゃが、なにか大切なものを忘れてるような気がしてな。なんだか、それがあの光に関係があるような気がしての」

「ヌ、ヌルハチもか。実は俺やカルナ、それにアリスも、あの光に懐かしさを感じてたんだ」

「も、もきゅ」


 へばっていたベビモまで、小さく鳴いて、ぼくもそうだよ、と主張している。


「もしかしてレイアも、あの光に?」

「いえ、私はまったく全然、なんにも感じませんでした」

「そ、そうか」


 どうやらレイアだけは、月明かりさんとはなんの関係もないようだ。

 と、なると、やはり冒険者時代に出会った誰かなんだろうか?

 いや、それだと、その頃にカルナはいなかったし、矛盾が生じるな。


「うーーん」

「うーーむ」


 ヌルハチと二人、頭をひねって記憶の糸を手繰り寄せる。


 しかし、いつまで経っても答えは出ず、月明かりだけが俺たちを静かに照らしていた。




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