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閑話 彼女とバッツ

 

 無機質。

 まるで人形を観察しているようだ。

 誰かがいる時はほんわかした雰囲気を演出しているが、誰とも接触していない時、『彼女』は感情というものを表に出さない。

 眠ってるわけでもないのに、植物のように、ただそこにいる。


「……本当に人間か。いや人間ではないのか」


 とんでもない依頼を受けてしまった。


 好奇心は身を滅ぼす。

 この世界にある違和感を感じた時から、破滅に向かって突き進んでいる。


「……この距離だ。気づいているはずがない。なのに、なんだ? 気づいてない演技をしているようにしか見えねぇ」


 洞窟の『彼女』を丸い筒から覗き、小さな円の中に入れた。


「望遠鏡」という異世界の道具は、隣の山からでも、はっきりと『彼女』を見ることができた。

 十分すぎるほどの距離を取っている。

 魔法ではないので、魔力も感知できない。

 自らの気配も極限まで抑え、小動物と変わらないまでになっている。


 それでも『彼女』は、オイラが見ていることに気がついているんじゃないか。

 そんな嫌な予感がまとわりついて離れない。


「……そろそろ潮時か。弱点は見つからなかったが有益な情報は手に入った。アザトースの旦那には、これで納得してもらおう」

「あら、もう帰るの? 残念だわ」


「ひっ!!」


 ば、馬鹿なっ!!

 なぜ、いままで望遠鏡の中でとらえていた『彼女』がうしろにいるんだっ!?


 オイラは片時も『彼女』から目を離していねえっ。

 瞬間移動したとしても、その一瞬に気づくはずだっ。


 なのに、まるで最初からそこにいたように、オイラの背後で『彼女』は無機質な笑みを浮かべている。


「もしかして、オイラのほうが観察されていたのかい?」

「そうね、いい暇つぶしになったわ。大盗賊バッツ」


 止めていた汗が、ぶわっ、と身体中から溢れ出す。

 蛇に睨まれたカエルでも、まだマシだろう。

 振り向いたまま、指先一つ動かせねえ。


「色々と裏で動いていたわね。首だけになったと思っていたわ」

「……役に立つと思われたんだろう。ダミーの首で死んだことにされて、パシリにされてるよ」※


 アザトースの部下になったわけではない。

 この世界の仕組みを聞いて、いくつか賛同できる部分もあった。

 だが、オイラにはすべてを受け入れることはできない。


『彼女』というイレギュラーが発生しなければ、タクミの元へ帰っていただろう。


「そうね、始まりのパーティーの中でも貴方は異質だわ。この世界で唯一、アザトースの正体に気がつき、物語から完全に消えていた。かなり注意しなければ、私も気づくことができなかったわ」※

「そりゃどうも」


 平静を装うので精一杯だ。

 次の瞬間にも、マジで首だけにされちまうんじゃねえか、と内心震えている。


「さて、貴方にはいくつかの選択肢を用意したんだけど、その前に質問してもいいかしら? 大盗賊さん、貴方はどこまで知っているの?」


『彼女』のことか?

 いや、おそらく、この世界の仕組みのことだ。 

 答えによってオイラの選択肢は狭まっていくんだろう。


 嘘をつくか? いや、たぶん『彼女』には通用しねえ。


「……アザトースから聞いたのは断片だ。あとはオイラが勝手に推測したんだが、それでもかまわねえかい?」

「どうぞ、かまわないわ」

「この世界はスゴロクみたいなもんだ。用意されたコマに、用意された舞台、神様はサイコロを振らないって言葉があるが、ここではバンバン振っている。オマケに気に食わなければ、途中で『振り出しに戻る』も使ってるんじゃないか?」


 ぴしっ、とまわりの空気が凍りつく。

 数千本の針がオイラを囲んで飛んでくるような、鋭い視線が突き刺さる。


「すごいわね、本当に感心するわ。どうしてわかったの? アザトースですらリセットには気づいてないのよ」

「たくさん観察してきたからな。アンタはタクミを強くしようとしている。これまでも影から守ってきたんだろ? だけど同時にうまくいかなければててもいいと思っている。何回かやり直していないと、そんな狂った感情は生まれないよ」

「狂った感情? 私、コンプリートしないと気がすまないのよ」


 本当に狂ってやがる。

 タクミには悪いが全部投げ出して、今すぐにでも逃げ出したい。


「……質問には答えたぜ。それで、オイラにはいくつ選択肢があるんだい?」

「そうね、正直に答えてくれたし、たくさんの選択肢をあげたいんだけど。貴方、思った以上にパズルを完成させてるから困ってるの。悪いけど二つから選んでもらえるかしら?」


 究極の二択ってやつですか。

 たぶん、いや確実にどっちもロクなもんじゃねえ。


「一つは、この世界からのフェードアウト。死ぬわけじゃないわ。今までと同じように自由気ままに生きてもらって構わない。ただもう二度と本編には関われないの。タクミと会うこともないし、偶然、見かけたりもされない。メインキャストから外れて、ただのモブに成り下がるの」


 全部捨てて逃げ出す。

 さっきオイラが考えていたのと同じ選択肢だ。

 なのに、まったく魅力的に感じないのは、心のどこかでオイラは逃げたくないと思っているんだ。


「もう一つは、管理者。この世界のシステムを管理してほしいの。ちょうど長いこと働いてた人がいなくなったのよ。私一人でも大丈夫なんだけど、最近ちょっと忙しくなってきたから。こっちで世界の仕組みを知ってる人なんてほとんどいないわけだし、貴方がやってくれるとありがたいわ」


 なんだ、それ。

 アンタが消したシロクロの代わりをやれってことか?

 予想通り最悪の二択だ。

 どっちを選んでも、いい未来が浮かばねえ。


「……このまま見逃すって選択肢は増えねえのかい?」

「さすがにそこまで寛大じゃないわ。存在を抹消するという選択肢なら増やしてあげるけど?」


 うん、マジで首だけになるやつな。


「まさか、逃げれるなんて思ってないわね?」

「思ってねえよ。てか、オイラ欲張りなんだよ」

「……?」

「だからその選択肢、二つともいただく。フェードアウトしたモブが管理者をやってやるよ」


 一瞬きょとんとした「彼女」がぷっと吹き出した。


「さすが大盗賊ね。ほんとに欲張りだわ」



※ バッツが首だけになっているお話は、「第四部 百二十七話 四神四凶 王女の契約」に、バッツがアザトースの正体に気がつくお話は「第三部 裏章 アザトースとバッツ」に載ってます。よろしければご覧になって見てください。

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