閑話 アリスと四天王
「お前ら、ちょっと止まるにゃ」
廃城の入口で足を止める。
尋常でない殺気が溢れていた。
野生の勘がこれ以上近づいてはいけないと告げている。
「獣人王ミアキスともあろうものが臆したか。情け無い」
何も考えてないスカスカの頭で、不死王ドグマが言う。
髑髏の頭には脳みそが入っていないのだろう。
全身が骨で構成されているドグマは無限再生の力を持っている。
それ故に死という概念が存在せず、恐怖を感じることもない。
「だったらお前が先に行けにゃ」
「ふん、臆病猫が。そこで震えて待っているがいい」
ドグマが一人で先に進んで行く。
「よろしいのでしょうか? あんな馬鹿を先に行かせて」
「かまわん。所詮奴はただ死なないだけの四天王最弱。好きに散ればいいにゃ」
「……まあ、別にいりませんしね」
吸血王カミラが溜息まじりにうなづく。
腰まで伸びた真っ白な白髪に、真っ白な肌と閉じられた両目。
吸血鬼の真祖として、絶大な力を持つ彼女だが、弱点も多い。
陽の光に弱く、朝は低血圧でダルいらしい。
昼間は夜の半分くらいの力しか出せないらしいが、連れてこない訳にはいかない。
四天王の中で彼女が一番判別能力に優れている。
アリスが魔王かどうか見極めるにはカミラが必要だ。
「……引き返したほうがいい」
闇王アザトースがぼそり、と小さな声で呟いた。
全身が暗闇で覆われ、シルエットしか見えない四天王最強の男。
魔王様と同じく、その正体を見た者は存在しない。
唯一、魔王様と互角に渡り合える者と言われているが、その戦闘力は同じ四天王である吾輩にもわからない。
それほどの実力者であるアザトースがこの廃城に入るのを警戒している。
「アザトース、お前がそこまで言うなら、魔王様に間違いないのではにゃいか?」
「魔王様ならばいい。だが、違えば全員、死ぬことになる」
それほどまでか。
疑惑が確信に変わる。
そのような強者は魔王様を除いて存在しない。
「闇はどこまでも深く続いている。気をつけろ。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」
言ってる意味はよくわからんが、とにかくヤバいということだけはわかる。
それでも引き返すわけにはいかなかった。
「なんにゃ、これは……っ!」
目的の場所に辿り着く。
巨大な爆発でも起こったのか。
その部屋はすでに部屋としての原型をとどめていなかった。
大広間だったのだろうか。
大きなクレーターを中心に、壁は砕け散り、瓦礫が散らばっている。さらに砕け散った壁の一部には、人型でくり抜かれたような跡があった。
そしてただ一つ、部屋の一番奥にある玉座だけが、かろうじてその形を留めていた。
そこに一人の女が座っている。
長い金色の髪。
宝石のように輝く澄んだ青い瞳。
銀の鎧の胸の部分が砕け散り、白い肌が露出していた。
そこに拳で殴られたような、真っ赤な痣が広がっている。
「アレがアリス……!?」
ゴクリと唾を飲み込む。
アリスは動かず、こちらを凝視している。
凄まじい重圧感だった。
心臓が激しく脈を打つ。
もし少しでも動けば、命がなくなるような、そんな空気がこの部屋に充満していた。
先にここに来たはずの不死王ドグマを目線だけ動かして探す。
いた。
アリスの足元でその身体が踏みつけられている。
だが、その頭がなくなっていた。
「あたま、あたま」
その時、アリスが座る玉座の後ろから幼い子供の声がした。
コロコロと、そこからドグマの頭が転がってくる。
それを追いかけるように幼女が姿を現した。
ドグマの頭を捕まえると、楽しそうにクルクルと回転させて遊んでいる。
「た、す、け、て」
回転しながらドグマの頭が声を出す。
その声は恐怖で震えていた。
恐怖を感じないはずの不死王が半泣きで助けを求めている。
「カミラ、アレが魔王様か鑑定しろっ」
「無理よ。目を開けれないわ。一刻も早く帰りたい」
カミラがガタガタと震えている。
「鑑定するまでもない。アレは魔王様とは別のものだ」
アザトースを覆う闇が激しく蠢いている。
「人間だ。紛れも無い、ただの人間。神の力も魔の力も何も感じない。だが、人間の限界を遥かに超えている。人があのような力を手にすることが出来るものなのかっ!」
アリスをもう一度見る。
全身の毛が逆立ち、身体全体が震え出す。
本能がすぐに逃げろ、と叫んでいる。
「お前は……」
アザトースの言葉が詰まる。
さっきまで玉座に座っていたはずのアリスが瞬間移動したかの如く、いきなりアザトースの眼前に立っていた。
「……お前は、いったい何なのだ?」
そのセリフと共にアザトースがぶっ飛んだ。
バックハンドブロー。
アリスがそのままの姿勢でアザトースの顔面に右拳を叩き込んだ。
スクリュー回転しながら飛んでいったアザトースが瓦礫の中に突っ込んで、そのまま動かなくなる。
あらゆるすべての攻撃を吸収するはずの無敵の闇纏いがまるで役に立たなかった。
「なあ」
アリスが友達に話すようにカミラに話しかける。
「胸が痛いんだ。会いたくて会いたくてたまらないんだ。でも会うことができないんだ。そんな時はいったいどうしたらいいの?」
胸の痣を抑えながらアリスはそう言った。
「わ、わからないわ」
なんとかそう答えたカミラがアザトースと同じ様にぶっ飛んだ。
アザトースの隣の瓦礫に頭から突っ込み、仲良く並ぶ。
二人ともピクリとも動かない。
「お前」
アリスが吾輩の方を向く。
「お前はどうすればいいか、わかるか?」
返事を間違えれば、我ら四天王はここで全滅する。
だが、そんなものの回答など知る由もない。
ただ思ったことを口にするしかなかった。
「吾輩達にも、ずっと会いたくて会えない人がいる」
魔王様は、神々との戦いの後、大迷宮に引き篭もり、我らがそこにくることを禁じた。
「待つしかない。再び会える日を信じて。ずっと待つしかないのだ」
自分にも言い聞かせるように、アリスに向かってそう言った。
「……そうか」
長い沈黙の後、アリスが一言呟いて玉座に戻る。
助かったのか?
いやまだだ、まだアリスに聞かなければいけない事がある。
「どうやってっ! 人でありながら、人の限界を遥かに超えるような力を、お前はどうやって手に入れたのだっ!?」
アリスは吾輩の方を少し見てから、
「……タクミが」
これまでの今にも爆発しそうなアリスの凄まじいオーラが消えている。
なにかを思い出したのか、少し赤らんだ顔で口元には小さな笑みを浮かべていた。
「すべて、タクミがワタシに教導してくれたおかげだ」
たかが人間をここまで強くできる者。
そんなもの魔王様以外に存在しない。
魔王タクミ様。
吾輩は心の中で呟いた。




