百八十三話 弱点
『ちょっとタッくんっ、あんましジロジロみんといてっ、蜘蛛の姿、恥ずかしいんやでっ!』
「ご、ごめん、カルナ。でもストラップみたいで可愛いぞ」
『え? ほ、ほんまに? ストラップがなんなんか、ようかわからへんけど。まぁ、可愛いいんやったらちょっとぐらいはいいわ』
アリスとの修行が終わった昼下がりの丘。
手に持った魔剣の柄から糸が伸び、そこで蜘蛛カルナがぷらんぷらん、と揺れている。
ヌルハチによる、魔剣への無理矢理ねじ込み作戦は失敗に終わったが、なんとか先っちょだけ魂が入り込めたらしい。
蜘蛛の身体と魔剣が糸一本で繋がることにより、前のように俺だけにしか聞こえない会話が可能になった。
「会話ができて便利だけど、力を吸ったり、必殺技を放ったりはできないんだよね?」
『そうやねん。もっと入り込んだらいけそうやけど、もう二度とあんな思いしたないわ』
どうやら、力を放棄するくらい痛かったらしい。
「そうか、ごめんなカルナ。もうヌルハチには渡さないよ。いや、ヌルハチだけじゃない。アザトースや『彼女』にも、もう二度と誰にもカルナを渡さない」
『タ、タッくん……♡ キュン死しそうなるやん!いつのまにそんな逞しくなったん』
「え? そう? そ、そんなには変わってないよ?」
まあ渡さないと言っても、全力で逃げることしか思い浮かばないんだけどね。
神降ろしで小さくなれるし、土に潜れるし、高く飛べるし、上手くやれば、結構逃げれるんじゃないかな。
『まあ、タッくんが頑張ってる間、うちもただ蜘蛛になってただけやないで。これでも『彼女』の側でなんか弱点がないか、探っててんから』
「えっ!『彼女』の弱点が見つかったのかっ!?」
『弱点になるかわからへんけどな。タッくんやったら、もしかしたらいい作戦、思いつくかもしれへん』
「ほ、ほほぅ」
『彼女』はあまりにも完璧で、弱点など存在しないと思っていた。
どんな小さな弱点でも、喉から手が出るくらいに欲している。
「お、教えてくれっ、カルナっ、その弱点、きっと役に立ててみせるっ」
『わかった。耳貸してタッくん。誰が聞いてるかわからんからな』
たぶん、カルナの声、俺しか聞こえてないんだけどな。
まあ、そういう雰囲気が大事なんだろう。
魔剣ごと蜘蛛カルナを、耳に持っていくと……
『うわぁ、近いわぁ、なんか照れるわぁ』
「いいから早く言って。耳元でワシャワシャしないでっ、くすぐったいからっ」
『わ、わかった。ほな、いうで』
ゴクリと自分が生唾を飲み込む音が響く。
『……実はな、『彼女』な』
「う、うん」
『動物、めっちゃ好きみたいやねん』
「ん? んんんん??」
あれ? 今、俺、『彼女』の弱点を聞いてたよね?
動物が好きって聞こえた気がしたけど、聞き間違いかな?
『聞き間違いちゃうで。動物が好きっていうてんで』
「…………へ?」
う、うん ……それって弱点なの??
俺も、いや大概の人は可愛い動物とか好きじゃないかな?
「ど、どうしてカルナはそれが『彼女』の弱点だと思ったんだ?」
『うん、あの女、普段からまったく感情ださへんやん。何考えてるかわからんし、誰にも心許してへんように見える。でもな、あの赤い小鳥おるやん。四神柱の』
「あぁ、スーさんのことか?」
ずっと俺の中にいて、ボルト山まで復活させてくれたスーさんは、『彼女』によってアッサリと奪われてしまった。
『そうそう、そのスーさんと話すときだけやねん。なんかたまーにすっごい優しい顔してる。あれが『彼女』が隠してる素の姿ってところもあると思うで。それとな、あの人多分、人間が嫌いやねん』
「な、なるほど」※
人間が嫌いか。
確かに、いつもほのぼのした雰囲気を持っているのに、人を見る目は無機質な様に思える。
嫌いというより、人に興味がないみたいだ。
……ほとんど役に立たない弱点だと思ったが、うまくやれば、少しくらいは隙をつけるかもしれない。
「じゃあ、アザトースの所に行って、スーさん以外の三神も借りてくるか。四神柱の中の亀と龍はイマイチだったけど、虎は猫っぽくなってたよね?」
『そやなぁ、白虎が1番かわいいわ。彼女の心、動かせるかもしれへんで』
うん、特に青龍はなんだかよくわからないニョロニョロになってたしな。白虎だけ借りれたら、それでいいか。
「スーさんみたいに相性がよければ、白虎も俺の体に入ってくれないかな?」
『え? タッくん、まだ神様、入れる余裕あるん?』
「うん、よくわからないけど、いくらでも入りそうなんだ。身体の中に、なんか、すごい大きな空間があるような気がする」
『な、なんかすごいな。神降ろしの一族でもレイア以外一体しか降ろされへんのに。タッくん、なんか変なもん食べてへん? 悪い病気に感染してへん?』
「食べてないよっ! いいから、とにかくアザトースのとこに行こう。ベビモに乗っていきたいから、カルナ、呼んできてくれない…… え? カルナ?」
な、なんで?
久しぶりにカルナと会話して浮かれていたのか。
まったく接近に気付かなかった。
さっきまで手に握っていた魔剣カルナが消えて、はじめてその存在を認知する。
「あらあら、ダメじゃない、タクミ。約束は守らなきゃ」
「カルナっ!!」
もう二度と誰にもカルナを渡さない。そう誓ったばかりの約束だったのに。
無機質な瞳をした『彼女』が魔剣と繋がった蜘蛛の糸を、俺の目の前でブチリと引きちぎった。
※ 『彼女』とスーさんのエピソードは「第五部 裏章 朱雀と彼女と白と黒」をご覧ください。




