0.5話 タク神様と犬神様
※ 今回のお話は、うちの弟子2巻の店舗限定SSになります。
0話に続き、こちらで登場する犬神様が今後、本編に大きく関わってくるので、出版社である一二三書房様から特別に期間限定公開の許可を頂きました。
今回の時系列はタクミが山に引きこもることになった5年前のお話です。是非、ご覧になってください。
山での一人きり生活を始め、五年目の冬が近づいていた。
「おかしいな、まるで山が死んでるみたいだ」
冬に備えて、多くの食糧を備蓄しなければならない。
なのに、ここ数日、獲物は姿を見せないし、山菜やキノコまで見つからない。
山の雰囲気がいつもとは違っていた。
なにか良からぬことでも起こっているのか。
このままでは、冬を越せずに餓死してしまう。
「あ、そういえば……」
洞窟の前にある大きな岩の上に、御供えしていたラビのレバーがある。
いつも次の日には、必ずなくなっていたのに、一週間経った今も、置かれたままだった。
「……まさか、犬神様になにかあったのか?」
それは、この山を震撼させる大事件の幕開け……
……ではなかった。
『朕は腰を痛めてしまったのである』
街の人達が貢物を置く、岩の祭壇で犬神、伽羅様がねそべっている。
ここ二年ほど姿を見せていなかった伽羅様は、相変わらず可愛い胴長短足の小型犬だが、一つだけ変わったことがあった。
「伽羅様、少しお太りになりました?」
『い、いや、そんなことはないよ。き、気のせいじゃないかな』
そう言いながらも、ぷいっ、と目線を逸らす。
麻呂のような眉毛も相変わらず可愛い。
「たまに料理が減ってる時があると思ってたけど、伽羅様、もしかしてつまみ食いしてました?」
『ば、ばかものっ! 神である朕がつまみ食いなどっ! ……たまにしかするわけなかろう』
あっさりと認める伽羅様。
「もしかして、太ったから腰を痛めたんですか?」
『い、いや、いろんな要因が重なったからだよ。まあ、ほんの少しだけ、太ったことが原因かもしれないね。……うん、ほんの少しだけね』
確かに胴長の身体は、普通の犬より腰を痛めそうだ。
あまり太ったらダメな犬種の気がする。
本当に神様なんだろうか。
もう、ただのぐうたら犬にしか見えない。
「最近、山の雰囲気が変わっているのも、伽羅様の影響ですか?」
『うむ、これでも朕は、この山の守り神であるからな。朕の元気がないと山も元気がなくなるのだ』
ちょっと自慢げに話す伽羅様の尻尾が、パタパタと動いていた。
「それ、すっごい困るから、今すぐ元気になって下さい」
『ええっ! 無理だよっ! これは地獄煮亜と呼ばれる難病で、ゆっくり直さないとクセになるんだからっ! 大丈夫、冬が終わる頃には治ってるからっ!』
「それじゃあ、間に合わないんだよっ!!」
伽羅様が治る頃には、俺は干からびて死んでいる。
『じゃ、じゃあ、臨時で神様やってみる?』
「へ?」
まさかの提案に、俺は耳を疑う。
「神様って、そんな簡単にできるの?」
『まあ、代理だからね。手を出してみて』
言われたとおりに右手を出すと、伽羅様がそこにお手をする。
ぽあ、と右手が光り、暖かい何かが流れてくる。
『これで、君はこの山の守り神となった。神様としての行いをちゃんとすれば、山は元気を取り戻していくよ』
「え? 神様て何かするの? 伽羅様ていつも食っちゃ寝してるだけじゃなかったの?」
『ぶ、無礼な! 朕は貢ぎ物を持ってくる街人の願いを叶えたり、山に魔物が入らぬようにパトロールしたり、結構頑張っておるのだぞっ』
伽羅様がちゃんと神様をしていたことに驚きを隠せない。
そういえば、ナットの街が魔物の大群に襲われた時、犬神様が助けてくれたという話をここに来るまえに聞いていた。
「えらいなぁ、伽羅様、見直したよ」
『ワフッ。そうだ。これからはもっと朕を敬うがよいぞ』
嬉しそうに尻尾が激しくパタパタ動く。
「けど、俺に神様なんて、できるのかな? 自慢じゃないけど、冒険者時代、役に立ったことなんかなかったぞ」
『本当にまったく自慢じゃないが、なんとかなると思うよ。街人のお願いごとは簡単なものが多いし、朕も少しくらいならサポートしてやる』
「そうか、簡単なお願いごとが多いのか、それなら頑張って……」
『むっ、街の者達が来たようだ。隠れろ、タク神様』
石の祭壇に、たくさんの貢ぎ物を持った街の人達がやってきた。
伽羅様みたいに姿が消せない俺は、あわてて祭壇の下に身を隠す。
「犬神様」
貢ぎ物を祭壇に置いた街人達は、両手を合わせて、願い事を口にする。
「街に巨大な魔物が近づいております。どうかお守り下さいませ」
ん? 聞き違いか?
今、巨大な魔物とか言ってなかった?
「なあ、伽羅様、簡単な願い事が多いって…… ああっ!」
超高速で、その場から逃げたす伽羅様。
腰、全然大丈夫そうじゃないかっ!
「まってくれっ、もう神様やめるから、元に戻してっ!」
『無理なのだっ! 願いを聞いてしまったら、それを叶えるまで元にもどせんのだっ! 後はなんとか頑張ってくれ!』
伽羅様は、あっ、という間に見えなくなる。
石の祭壇では、まだ街人達が必死にお祈りしていた。
かくして、俺はタク神様となって、巨大魔物から街を守ることになってしまったのである。
街の外で、一人、巨大魔物を待つ。
どちらにせよ、冬を越せずに死ぬのなら、神様として戦って死のう。
そう思ったのだ。
『そんなに悲観することはないぞ。いまのタク神様には、神の力が宿っている』
伽羅様の声が聞こえるが姿は見えない。
どうやら遠くから念話で話しているようだ。
「もしかして、すごい力が使えるのか?」
『いや、魔物と会話できるようになっているだけだよ。上手く説得しておかえりになってもらってね』
なんとも頼りない能力だ。
「そういえば、百年ほど昔、この街が魔物の大群に襲われた時は犬神様が助けたんだろ? どうやったんだ?」
『めちゃくちゃ謝って許してもらったんだ。タク神様にもきっとその才能があるはずだよ』
いらない、そんな才能いらない。
『来るよっ! タク神様。気をつけてぇーーっ!』
伽羅様が雄叫びをあげる。
前方に白く大きい毛玉のような魔物が、街に向かって走って来ていた。
「あー、無理だ、これ。話す前に潰される」
『諦めないでっ! とにかく話しかけて』
「な、ナイストゥーミーチュー」
とりあえず、話しかけたがやっぱり魔物は止まらない。
それどころか、巨大な口が大きく開いている。
せめて、美味しく食べてください。
そう、願いながら目を閉じた時だった。
『パパっ』
魔物が俺のことをパパと呼ぶ。
「え?」
『やっぱりパパだっ! ボクだよっ!』
もう一度じっくりと魔物を見る。
サイズは10倍くらいになっているが、俺はこの魔物を見たことがある。間違いない、この魔物は……
「ベビモっ」
『パパっ』
感動の再会とはならなかった。
勢いよく飛び込んできたベビモの体重に、俺の腰はポキリと捻じ曲がった。
『とりあえず、めでたし、めでたしだね』
「いや、俺、動けないからねっ、めでたくないからねっ」
ベビモは俺の匂いを辿ってここまで来たらしく、一緒に住みたいと言い出したが、俺一人生きていくのが精一杯なので、なんとか説得して帰ってもらった。
もきゅもきゅ言ってるだけだと思っていたベビモが、まさか俺のことをパパと呼んでいたとは……
魔物と話せる力、恐るべし。
『まあ、街の人達がいっぱいお礼をもってきてくれたから、冬は越せるよ、タク神様』
「もう神様じゃないからやめてくれないかな。その呼び方」
願い事を叶えたからか、山は冬を前にして活気を取り戻し、伽羅様の腰も順調に治りつつある。
『またピンチの時は神様やってね』
「断固お断りします」
俺の腰はまだまだ治りそうになかった。




