百八十二話 デジャヴュ
「ヌルハちぃ、いやヌルハチっ、大変だっ、カルナが見つかったっ!」
新しい神降ろしの特訓は後回しにして、急いで家に帰ってきた。
潰さないように、そっ、とカルナを両手で包んでいる。
「ち、ちぃ?」
「いまヌルハちぃは、ちょっとおいといてっ、いいからカルナを見てくれっ!」
手を広げて、ヌルハチにカルナを見せる。
「ちぃぬぅ…… これは」
ヌルハちぃが、小さいままヌルハチモードになった。
「これが、『彼女』が送り込んだ蜘蛛か。たしかに僅かながら、カルナの気配が感じられる」
わかってくれて嬉しいのか、カルナが俺の手の上で立ち上がり、カサカサ動き出す。
「こっちの言葉はわかっているようだが、話せないようだな」
「ああ、魔剣の時は俺にだけ声が届いていたが、蜘蛛子になってからは直接話せない。ただ、魔剣を手にしていれば、少しだけ意志を飛ばすことができるみたいだ」
それも大きいままの魔剣では触れていても不可能だった。
小さくなる神降ろし、蕗乃葉下住人を使って、いまの蜘蛛子カルナが握れるほど、剣を小さくしないといけない。
「なあ、ヌルハチの力で、カルナを元の魔剣にもどせないかな?」
「……少し、みてみよう。ああ、そうだ。レイアとアリスには報告しなくてよいのか?」
二人はまだ朝食中で、奥の食卓で芋ご飯を食べているらしい。
「なにがあるかわからないからな。カルナのことはできるだけ内緒にしておこう。特にアリスは『彼女』と接触する機会が多い。蜘蛛子がカルナだったことを俺たちが気づいていない、と『彼女』に思わせておいたほうがいい」
「……すぐにバレると思うがの。『彼女』を舐めない方がいいぞ。すでにこれは予定調和の一つかもしれない」
確かにそうかもしれない。
しかし、そんな小さなことでも、積み重ねていけば、いつか『彼女』を倒すことに繋がるかもしれないんだ。
「……何を考えているかわからないが、ヌルハチは無駄だと思うぞ。ちぃ魔法や神降ろしですら、慰めにもならん。『彼女』は、そういったものが通用するような次元では……」
「そ、その話はまたにしよう。とにかく今はカルナのことをっ」
うん、これ以上聞いたら全部あきらめて、修行サボっちゃう。
大丈夫、いままでも最弱なのに最強と勘違いされ、絶対絶命のピンチを数知れず乗り越えてきた。
今回もなんとか、絶対なんとかなるはずだ。
「……今までとは違うぞ」
ヌルハチは話を切り上げてくれない。
カルナのことを調べながらも、まだ『彼女』の話を続けている。
「これまでタクミのピンチに起こった過去の出来事を調べておった。中々魔力が回復しなかったのはそのせいだ。おかしいとは思わなかったか? 偶然にしては、あまりにもタクミに都合が良い展開が続いてなかったか?」
「ああ、よくわからないけど、すごく運がよかったとおもう。だから今回も……」
「今回はそうはならない。なぜならタクミを今まで助けていたのは、『彼女』だからだ」
「………………え?」
一瞬、思考が止まってしまった。
ヌ、ヌルハチは何を言ってるんだ?
『彼女』が今まで、俺を助けていた?
いつから? いや、そのまえにどうして『彼女』は俺を?
「な、なんで? そんなはずないだろう。『彼女』が俺を助ける意味がわからない。だいたい、なんの証拠があって……」
「……超禁呪魔法。
大精霊の秘魔法 緑一色。
創造神魔法 天地崩壊。
始まりの魔法 星海。
空間魔法 世界逆行。
その四大禁魔法よりも、さらに深く禁じられ、世界の記憶からも消された禁魔法。その痕跡を確認した」
は、話が大きすぎてついていけない。
え? なに? そんな魔法を使って『彼女』は俺のピンチを救っていたの?
「もう随分と昔、ゴブリン王が襲撃した時からすでに違和感を感じていた。あの時、魔剣カルナがいなかったら? クロエが駆けつけるのが間に合わなかったら? ヌルハチがチハルとしてあの場にいなかったら? 一つ欠けていても、タクミはあの場で生き残れなかった。偶然にしては、すべてのピースが噛み合いすぎていないか?」※
「え、えっと、ちょっとまって。頭がついていかない。てかやっぱりヌルハチってチハルだったんだ」
「今そんなことはどうでもよい」
ど、どうでよくないよっ!
「このカルナが魔剣から蜘蛛に入ったのもそうだ。魂の転送など、この大賢者ヌルハチをもってしても不可能だ。こうやって、ふんっ、元に戻すことすら、ぐぬぬっ、難しいっ、はぁっっ!」
『ちょっ、あんたっ! はなしーやっ!! 痛い痛い痛い痛いってぇぇぇーーーーーっ!!!』
蜘蛛子カルナが魔剣に触れているので、声が聞こえてくる。
ヌルハチはカルナの魂を魔剣に押し込もうとしているようだが、蜘蛛を魔剣に擦りつけているようにしかみえない。
「あ、あのヌルハチ、カルナ痛がってるみたいだけど」
「ヌルハチには聞こえん」
そうなのか。
相変わらずカルナの声は俺にしか聞こえないのか。
こんな時なのに、そのことがちょっとうれしい。
『ちょっとうれしい、ちゃうわっ! 痛い言うてるやん!早くとめてって! だからめっちゃ痛いねんてーーーーーーーっ!!』
カルナには悪いが元に戻ってほしいので、俺も聞こえないフリをしておこう。心の声、聞こえてるみたいだけど。
「特別な事情があるのかもしれんが、本気で『彼女』と対峙するつもりなら覚悟しておいたほうがいい。すべてを失うことになるかもしれんぞ」
「……ああ、わかった。覚悟しておくよ」
たとえどんなことになろうとも、アリスを失うわけにはいかない。
『彼女』が絶対に叶わない敵だとしてもだ。
『タッくんっ、いまそういうのいいからっ! 早くやめさせて言うてるやんっ!うち、ねじねじされてるねんっ! ぐりぐりされてるねんっ! いやぁああああーーーーっっ!! 無理矢理突っ込まれてるぅぅぅーーー!!』
このシリアス展開をぶち壊す、全く同じ光景を、なんか最近見たような気がした。※
※ゴブリン王襲撃での、カルナ、チハル、クロエの活躍は、
第一部 二章
「十二話 芋と魔剣とゴブリンと」
「十三話 魔剣さんといっしょ」
「十四話 Nice to meet you」
「十五話 ゴブリン王の物語」
をご覧になって下さい。
※全く同じ光景は、2話前の「閑話 レイアントとヌルハちぃ」で見れますので、よかったら比べて見てください。




