百八十一話 アイデンティティ
「タクミさぁん、神様あまってるんですけどぉ、よかったらぁ、入れちゃいますかぁ」
早朝からレイアントが神様の押し売りをしてくる。
う、うん ……神様ってあまってるとか言っていいものなの?
「え、えと、どんな神様かな?」
「はいぃ、蕗乃葉下住人といってぇ、小さくなれる神様ですぅ。タンスの隙間に落ちたぁ、カギとか拾うのにぃ、便利ですよぉ」
ああ、ヌルハチ全裸ねじ込まれの時の神様か。
あの時の光景は今もまだちょっとトラウマだ。
「小さくなる神様かぁ、うーん、できれば大きくなるほうが強そうだな」
「大太郎法師はダメですよぉ、すごく私に懐いてるのでぇ、離れたくないそうですぅ」
そ、そっか。
なんだか神様というよりペットみたいだな。
しかし、小さくなる神様か。
強くなるどころか、弱くなりそうな気もするが……
いや、まてよ。
そういえば、向こうの世界に行ったとき、小さくなった男がお椀にのって川を移動したり、鬼の体内に入って中から針で攻撃する昔話を聞いたな。
まあ、半分作り話かもしれないが、小さくなることで新たな戦略が生まれるかもしれない。
「うん、入れてみようかな。お願いしていいか、レイアント」
「はいぃ、じゃあ、いきますねぇ」
レイアが目を閉じて集中し、まずは亜璃波刃を神降ろす。
奪うことも、与えることもできる神。
レイアの背後に両手を鎖で繋がれ目隠しをされた、囚人のような神がゆらりと棒立ちになっている。
多邇具久と宇古呂毛知を入れてもらった時にも思ってたけど、どこかで見たような気がするんだよなぁ。
顔、ハッキリとわからないけど、誰かに似てるのかな?
囚人の知り合いなんていなかった気がするが……
「いってらっしゃい、蕗乃葉下住人」
亜璃波刃のことを考えているうちに、身体の中に暖かいものが流れ込んできた。
これが蕗乃葉下住人か。
入ってきた神様は、頭の中にその姿が浮かんでくる。
多邇具久は、潰れたヒキガエルのような姿で。
宇古呂毛知は、ヘルメットをかぶったモグラの姿で。
そして、蕗乃葉下住人は、葉っぱを傘のように刺している着物姿の小さな女の子だった。
「かわいいな、蕗乃葉下住人。なんだかレイアに似てる気もする」
「えぇっ! そ、そうですかぁ、て、照れちゃいますぅ」
巨大な身体をクネクネと動かすレイアント。
うん、レイアントをかわいいと言ったわけじゃない。
「けどぉ、すすめておいてぇ、あれですけどぉ、小さくなっても強くなれないですよねぇ」
「いや、そんなことはないぞ。目の前でいきなり小さくなったら、相手は消えたと勘違いするし、よけれない攻撃もかわすことができる」
『彼女』と戦うなら、大きくなっても勝てないだろう。
むしろ小さくなるほうが戦略の幅が広がりそうだ。
「なあ、レイアント。この蕗乃葉下住人でどれくらい小さくなれるんだ?」
「えっとぉ、最小で豆粒くらいですねぇ」
うん、いけるな。
ちょっと小さくなって色々試してみよう。
「ちょっと出かけてくる。アリスが起きたら、今日の修行は昼からだと伝えてくれ。あと朝ご飯、任せてもいいかな」
「はぁい。じゃあ、朝の修行で剥いたお芋のご飯作っておきますねぇ」
芋に関してだけは、もはやレイアントはエキスパートと言っても過言ではない。
「ありがとう、よろしく頼む」
外はまだ日が登り始めたばかりで薄暗い。
しかし、俺の心は晴れやかで、新しい神様を早く試したくて、ワクワクしながら、いつも修行している丘に向かっていた。
「すもきゅー、すもすもきゅー」
丘の大きな木の下で、ベビモが丸くなって寝息をたてている。
うん、元から丸いけどね。
そして、その上で、蜘蛛子が白い毛に埋もれながら、同じような
格好で眠っている。いつも仲良しさんだ。
「おはよう、二人とも」
「もきゅ〜ん」
ベビモが綿毛を揺らしながら目を覚まし、その動きで蜘蛛子も起きてカサカサ動き出す。
「ごめんな、朝早くから。新技を思い付いたんで、ちょっと二人に協力してほしいんだ」
「もきゅもきゅ」
二人とも同じようにコクコクと頷いてくれる。
寝起きだというのに、本当にありがたい。
「うん、ベビモと蜘蛛子は本当にいいコンビだな。二人になってから格段に強くなった気がするよ。いまだに俺の攻撃はまともに当たらない」
「もきゅう」
いややわ、タッくん。お世辞いうても、なんもでえへんよ。
「えっ? 蜘蛛子、なんか言った?」
あれ? カルナの声が聞こえた気がしたのに、どうして俺は腰の魔剣じゃなくて蜘蛛子に話しかけたんだ?
少し違和感を感じながらも、とりあえず保留にしておく。
いまは必殺技を開発することが先決だ。
「ま、まあ、いいか。それより、これを見てくれ。新しい神様を降ろしたんだ。蕗乃葉下住人っ」
小さな神様を降ろし、自分の身体を小さくする。
おお、蜘蛛子よりも小さくなれるぞ。
しかも、レイアントの大きくなる能力と同じで、着ている服や装備まで一緒に小さくなっている。
針よりも小さくなった魔剣カルナを抜いてみると、蜘蛛子が近寄って手を伸ばしてきた。
「だ、ダメだぞ。蜘蛛子。この剣は譲れない。これは俺の大切な相棒なんだ」
しかし蜘蛛子は止まらない。
8本の手足をワサワサさせて、剣を奪おうとしてくる。
「ちょっ、やめてっ、こらっ、蜘蛛子っ、そこ触っちゃだめっ、わ、わかった、か、貸すからっ! ちょっとだけ貸してあげるからっ!!」
こわっ。
小さい身体で蜘蛛に全身ワサワサされるの、めっちゃこわっ。
仕方なく魔剣カルナを蜘蛛子に貸してあげると、なんだか慎重な面持ちで、剣を握りしめている。
「か、貸すだけだからね? あげないからね?」
『……タッくん』
聞こえた。
今までのような気のせいではない。
本当にカルナの声が聞こえてきた。
それもその声は剣からではなく……
「ま、まさか、蜘蛛子。お、お前がカルナなのか?」
蜘蛛子は魔剣カルナを握ったまま、こくん、と大きく頷いた。




