百七十九話 相棒
「多邇具久っ!」
カエルの神を降ろして、ジャンプする。
レイアントは1.5倍くらいのジャンプ力と言っていたが、明らかに2倍近くは飛べていた。
どうやらカエル神と俺は相性がよかったらしい。
「からのっ、ファイヤーソードっ!!」
さらにヌルハちぃから教えてもらった初歩魔法を剣に使う。
小さな炎が剣の先に灯され、ぼっ、と紅く染まった。
「タクミさぁん、いまですぅっ!」
「ちちちちちぃ、ちちちちぃっ!」
「必殺っ、ジャンプ炎斬りっ!」
自分の身長よりも高い木を飛び越え、そこに向かって剣を振り下ろす。
手には木を斬った感覚ではなく、まるでバターにナイフを入れたような感覚が伝わってくる。
真っ二つに割れた木は、燃えながら左右に倒れていく。
「タクミさぁん、すごいですぅ、見事に多邇具久を使いこなしていますぅ」
「ちっちぃ、ちちいいぃっ」
「お、おぅ、思った以上にうまくいったぞ」
自分でもなかなかに驚いている。
カエルの神や、ヌルハちぃの初歩魔法でここまでの威力がでるとは思わなかった。
「まだまだ改良の余地はあるけど、このまま、どんどん覚えていこう。レイアント、他の神様候補はどんな感じだ?」
「ええっ、本当にぃ、二つ以上降ろすんですかぁ、神降しの一族じゃないタクミさんがぁ、一つ降ろせただけでもぉ、すごいことなんですよぉ」
「なんかね、うまく言えないけど、空いてるところに、すぽんっ、て入ってきた感じなんだ。しかも、まだまだ沢山おかわりできそうな気がする」
「さすがぁ、タクミさぁんですぅ。これならぁ、神降しの一族としてもぉ、やっていけますぅ、はっ! これはぁ、もしかしてぇ、私とタクミさぁんが夫婦となりぃ、一族を支えて行くという運命のはじまりなのではぁっっ!!」
うん、そういうのはいいからね。時間ないからね。早く教えてね。
「えっとですねぇ、二つ目はこれなんてぇ、どうですかぁ!!」
なんか、すっごい興奮しながら巻物を広げるレイアント。
うん、夫婦にはならないよ。一族も支えないよ。
「また難しい文字だな。これは何て読むんだ?」
「宇古呂毛知と読みますぅ。モグラの神様でぇ、土を掘るのが上手くなりますぅ」
ん、ん〜〜、多邇具久よりも、さらに微妙じゃないか?
土を掘って戦闘に役立つのか?
いや、戦う前に落とし穴を作ったりできるかもしれない。
「とりあえず、まだまだいけそうだし、どんどん入れていこう。それも降ろす準備を始めてくれ」
「すごすぎできすぅ、タクミさぁん。私でも二つ以上の神を降ろすまでぇ、何年も修行したんですよぉ」
神降しの一族の中でも、二つ以上の神を降ろせたのは、亜璃波刃という、他者の神を奪う神を持ったレイアントだけだったらしい。※
なんで俺、ほとんど修行なしでいけるんだろう?
なんか怖いんだけど。
神様にカラダ乗っ取られたりしないよね?
「もしもの時は、いろいろ頼むぞ、レイアント」
「えぇ、もしもの時ってぇっ、結婚ですかぁっ、タクミさぁんっ!」
うん、結婚ちがうよ。
「ちちちぃっ、ちちっ」
そうこうしているうちに、ヌルハちぃも二つ目の初歩魔法を習得していた。
「おぉ、サンダーボルトか。相変わらず小さいけど、ちょっと痺れさせるくらいはいけそうだな」
ヌルハちぃのかわいいお手手に、パチパチと雷が帯電している。
「いいね、サンダーソードが使えるな。また詠唱の呪文を教えてくれ」
「ちぃ、ちちちぃ」
大賢者であるヌルハちぃは、ほとんど無詠唱で魔法を使っているが、普通なら魔法を使うために長い詠唱を覚えなくてはならない。
しかも、ただ唱えるだけでなく、言葉に想いを込めないと失敗するという厄介な代物だ。
だが、ヌルハちぃの魔法詠唱は……
「ちぃちぃちちち、ちちちちぃ、ちちちちち、ちちちぃ」
全部、「ち」と「ぃ」だけで完結する。
「覚えやすいっ、超覚えやすいよっ、ヌルハちぃっ」
「ちちぃ〜」
いやぁ〜、みたいな感じで照れるヌルハちぃ。
恐らく正式な詠唱でないので、威力は弱いが、剣に付与するだけならそれぐらいで充分だ。
「ちぃちぃちちち、ちちちぃ、ちちちちち、ちちちぃ?」
「ちぃちぃちちち、ちちちちぃ、ちちちちち、ちちちぃ」
「あ、ちが一個足りなかったのか。ちぃちぃちちち、ちちちちぃ、ちちちちち、ちちちぃ?」
ぱちっ、と手の平に静電気のような小さな雷が宿る。
おおっ! お手軽、簡単、俺、絶好調っ!
冒険者時代、一つの魔法も習得できなかった俺が次々と魔法をマスターしている。
まぁ、ちょっとしょぼい、ちぃ魔法だけど。
「よし、これでベビモたちにリベンジしてくる。あ、ヌルハちぃは次、ブリザード系を覚えてくれ。氷と炎を操るの、憧れてたんだ」
「ちぃっ」
ピースっ、といった感じでVサインで送ってくれた。
「もきゅきゅ」
そして、ベビモは蜘蛛子を乗せたまま、丘の上で自信満々に俺を待ち構えている。
ちなみに、どこか動作が女の子ぽいので、黒蜘蛛は蜘蛛子に改名させて頂いた。
「ふ、昨日までの俺と思うなよ、ベビモ、蜘蛛子っ」
最初の特訓で俺の剣は一度もベビモに当たらなかった。
ボアのように、ただ突っ込んでくる動きしか出来ないと侮っていたが、上に乗っている蜘蛛子がうまくベビモを操縦している。
「ちぃちぃちちち、ちちちちぃ、ちちちちち、ちちちぃ」
サンダーボルトのちぃ魔法を唱え、剣に雷をまとわせる。
まともに当てなくていい。
かすめるだけで、しびれて動けなくなるはずだ。
「いくぞっ!」
「もきゅっ!」
今日も白い綿毛を引っ張りながら、蜘蛛子がベビモを巧みに操り、ギリギリで俺の剣をかわす。
だが、そのあまりにも見事な操縦術が仇となる。
「もきゅっ!」
紙一重でかわした剣から、バチッ、と雷が広がり、ベビモの綿毛に帯電した。
「動きが止まったっ! 今だっ!!」
初めて攻撃が当たるっ、そう確信した瞬間っ!
びゅっ、と蜘蛛子の尻から糸が飛び出し、後方の木に巻きつく。
「なっ!!」
そして、その糸に引っ張られ、掴んでいるベビモと蜘蛛子が跳ね飛ぶように移動する。
当たるのを確信した剣は、ものの見事に空を斬った。
「おおぉ、やるなぁ、見事なコンビネーションだ」
「もきゅきゅ」
ベビモの上で蜘蛛子が、お茶の子さいさいやで、みたいな感じでカッコつけている。
ん? お茶の子さいさいやで?
でもいいなぁ、あれ。
できたら俺も操縦してほしい。
糸もカッコいいし。
蜘蛛子をじっ、と見つめていると、心なしか黒い身体がほんのり赤く染まり、ぷいっ、とそっぽをむかれた。
て、照れてるのかな?
「やっぱり一人じゃなくて、息のあった相棒が必要だな」
アザトースから返してもらった腰元の魔剣カルナを見つめる。
「早く起きてくれよ、俺の相棒はお前だけだ」
……タッくん!!
「カルナっ!?」
間違いなくカルナの声だった。
慌てて魔剣を引き抜いて声をかけるが、そこからは何の反応もなかった。
※亜璃波刃とレイアのエピソードは、小説版一巻書き下ろしエピソード「裏章 アリスとレイア」に収録されています。興味がある方は読んでみてね。