百七十六話 はじめてのおつかいアリス編
「あ、あれ? アリスは? アリスはどこに行ったんだ?」
ルシア王城から帰還して、すぐに異変に気が付いた。
修行場にも、家にも、アリスの姿が見当たらない。
まさか、留守の間に、また『彼女』がやって来たのかっ。
お土産に買ってきた約束の剣「ちぇいけんちゃくみかりばぁ」を床に置き、アザトースから受け取った魔剣カルナを腰から抜いて話しかける。
「カルナっ、アリスの気配を感じないか?」
ダメだ。帰宅途中も何度か話しかけたが、まったく反応がない。
よほど深い眠りに入っているのだろう。
「どおしたんですかぁ、タクミさぁん」
家の地下からレイアントが、瞼を擦りながら、ゆっくりと這い出てくる。
もう、昼間だというのに、まだ寝ていたらしい。
なんか、大きくなってから、ずいぶんとズボラになっている気がする。
「アリスがいないんだっ。また『彼女』がここに来なかったか?」
「ふぁぁ、来てませんよぉ。大丈夫ですぅ、アリスさまは、ちょっと、おつかいに行ってるだけですよぉ」
「えっ!?」
レイアントの口からおつかいという言葉を聞いて、背筋が凍りつく。
レイアがおつかいに行った過去三回、そのどれもが、とんでもないことになっている。※1
「なんで、おつかいなんかにっ。あんな小さい子、一人で行かせたら危ないじゃないかっ」
「そんなことないですよぉ、アリスさまは、かなりしっかりしてますよぉ、それにちゃんとぉ、私がおつかいのコツを教えておきましたぁ」
だめぇっ!
もっとも教えてもらってはいけない人物に、レクチャーされてるっ!!
「麓のタクミ村だよなっ、すぐに追いかけてくるっ」
「ダメですよぉ。アリスさまはぁ、タクミさぁんに喜んでもらうためにぃ、おつかいに行ったんですからぁ、ちゃんと、信じて待ちましょ〜〜」
巨大なレイアントに腕を掴まれ、止められる。
や、やめてっ。軽く握ってても、潰れてしまうからっ。
俺の腕、とれちゃうからっ。
「わ、わかった。アリスを信じて待つことにする。ただし、夕暮れまでだ。それ以上遅くなったら迎えにいくぞ」
「はいはい、タクミさぁんは心配性ですねぇ。そんなに遅くなるわけないじゃないですかぁ」
うん、レイアント。
君が日暮れまでに帰ってきた事なかったよね?
でも、アリスならっ、アリスならレイアと違って大丈夫かもしれないっ。
「た、頼んだぞ、アリス! 信じてるからな」
信じなければよかったと後で死ぬほど後悔した。
「ちゃくみ、ただぁま」
日が暮れ初め、もう迎えに行こうと準備を始めた時に、アリスが帰ってきた。
「お、おかえり」
そう言いながら目をこすって、なんとか状況を確認する。
どうしてこうなった。
アリスは、網でできた自分よりも大きな籠を背負っていて、そこに様々な食材を詰め込んでいた。
ぱっ、と見たところ、沢山の野菜と肉、そして動物の骨だ。
うん、動物の骨と信じたい。
一部、明らかに異様な骨が混ざっているが、そこは一旦スルーする。
だって、それよりも衝撃的な信じがたいものが、籠の端からはみ出しているんだもの。
「ア、アリス。一体、何を買ってきたんだい?」
そう聞くとアリスは、にかー、と笑い、元気いっぱいに答える。
「ごはんのざいりょーっ、いっつも、ちゃくみにおいしいの、つくってもらてるから、きょは、ありしゅがつくりゅのっ」
うんうん、普通なら目頭を押さえて、感動にむせび泣くシーンだろう。
しかし、籠からはみ出てるものが気になりすぎて、まったく感動がやってこない。
「あ、あの、そのはみ出てるのは、食材じゃないよね?」
その質問に、アリスは、籠の中身を確認するように振り向く。
「ああっ、かくれてて、ていっちゃのにっ!」
「ごめんなさいね。ちょっと窮屈なうえに匂いがきつくて。我慢できなかったの」
いつものように、穏やかな声が聞こえてくる。
なんで、『彼女』連れて来とるねんっ!!
衝撃のあまり心の叫びが、ドラゴ弁になってしまう。
「まあまあ、怒らないであげてね。村で偶然出会ったの。なんだか難しい料理を作るみたいだから、アドバイスができたらと思って、ついて来たのよ」
ほ、本当だろうか。
油断させて、消したりするんじゃないのか!?
「心配しなくて大丈夫よ。本当に料理のアドバイスをするだけだから。アリスちゃんに任せたら多分、とんでもないことになるわよ」
そう言われて、二人きり生活をした時に、アリスが作った料理を思い出す。
『サシャが料理は鮮度が命と言ってたからな。よく生で虫とか食べていたから、それをアレンジしてみたんだ。魚も活け造りにしてあるから、まだ新鮮なうちに食べてくれっ』
う、うん…バスケットの中で、モゾモゾ動く、虫や魚の踊り喰い。※2
もう一度、あれを食べるなんて想像するのもおぞましい。
「わ、わかった。バッチリとアドバイスしてやってくれ」
「ええ、二人で美味しい料理を作りましょうね」
「うひひ、ありしゅ、がんばりゅ」
え? なんかすっごい仲良くなってるやーーんっ!?
「そ、そうだ、その中に明らかにおかしな骨があるんだけど。そ、それ、人骨じゃないよね?」
いろんなところが欠けているが、人の頭蓋骨のように見えるものが一つある。
「大丈夫よ。珍しい食材を扱ってるソネリオンさんから頂いた四天王(笑)ドグマ(生)の頭なの。とってもいいお出汁がでるんですって。ね、アリスちゃん」
「ね〜〜」
もうなにをどうつっこんでいいかわからない。
籠の中で、ドグマの歯がカチカチと震えるように鳴っている。
「ほかにも、いぱい、かくしあじ、あるよっ」
「しー、アリスちゃん、それはまだ内緒よ。秘密にしておかなきゃ」
だ、大丈夫か、アリス? 『彼女』はいつか倒さなきゃいけないラスボス的存在なんだぞ。
俺の心配をよそに、二人は手を繋ぎながら楽しそうにキッチンへ消えていった。
※1 レイアの過去のおつかい回は
第一部 二章『十一話 はじめてのおつかいインフィニティ』
第四部 序章『百九話 二回目のおつかいインフィニティ』
第五部 三章『百五十七話 三回目のおつかいインフィニティ』をご覧ください。
※2 アリスの手料理は
第三部 一章『八十話 二人きり生活 アリス編』です。




