百七十五話 胎動
「ふわぁ、タクミさぁん、どうしたんですかぁ、今日凄いご馳走ですねぇ」
家から外に丸テーブルを持ち出して、レイアントの能力で巨大化してもらった。
円卓会議でつかうテーブルよりも、さらに巨大になったものに、東西南北の様々な豪華料理を並べている。
「たんじょびっ!? きょうっ、だれかっ、おめでとなのっ!?」
小さなアリスも、きゃっきゃっ、とはしゃぎながらテーブルの周りをぐるぐると回っていた。
「ちがうよ、ちょっと出かけるから、たくさん作っておいたんだ」
「おでかけ? ありしゅもいっしょ?」
かわいそうだがアリスは連れて行けない。
色んな意味でリスクが高すぎる。
「いや、アリスはお留守番だ」
「やー、ありしゅ、一緒がいいっ」
「すぐ帰ってくるよ。ちゃんとお土産も買ってくるから」
「むぅ、おみあ、なぁに?」
ほっぺを膨らませながらも、お土産にくいつくアリス。
「しん・ちぇいけんちゃくみかりばぁ、だ。今度のは木刀じゃなくて、本物だ。超かっこいいぞ」
「……じゃ、ゆるしゅ」
なんとか納得してくれた。
「むぐむぐ、で、それはヌルハチたちも連れて行けんのか? ごっくん」
最近、魔力が回復してきて少し大きくなってきたヌルハチがテーブルの上で、お肉の塊をかじりながら尋ねてくる。
「ああ、いつもみんなに助けてもらっていたけど、今回ばかりは一人で行かないとダメなんだ」
「ちぃちぃ?」
「ヌルハちぃになってもダメだ」
「ちっ」
一瞬かわいいヌルハちぃになったが、すぐに元に戻って舌打ちするヌルハチ。
「まさかぁ、タクミさぁん、女の人に会いに行くんじゃないですよねぇ」
レイアントが「スケベ猛反省」のプレートをそっ、と懐から取り出そうとする。
ま、まだ持ってたの、それ。
「ち、ちがうよ、男の人だよ。もしかしたら、『彼女』を倒すヒントになるかもしれないんだ」
お正月の稽古で『彼女』に思い知らされた。
普通に強くなるだけじゃ、何百年経っても、俺は『彼女』に絶対勝てない。
しかも、レベル1だったアリスが急成長し、弟子より強くなるという条件も、厳しくなってきた。
「誰なんですかぁ? 強い人たちはいっぱいいますけどぉ、『彼女』に勝てそうな人はぁ、いないと思いますよぉ」
レイアントに言われるまでもない。
アリスが負けた時点でそんなことはわかっている。
勇者リックや魔王マリア、シロやクロですら、不可能だろう。
空間魔法を操っていたリンに話を聞くことすら、『彼女』によって止められている。
そう、味方の中には、もう頼れる者はいないのだ。
「……アザトースだ。彼に会いに、ルシア王城まで行ってくる」
「えっ!? ほ、本気ですかぁっ、まさか一人でぇっ、決着を着けに行くのですかぁっ!?」
レイアントがそう思うのも無理はない。
ついこの間まで、俺たちは命がけの戦いを繰り広げてきたのだ。
「たぶん、戦わなくてすむはずだ。前にアザトースのほうが来た時も話し合っただけだっただろ。今度はこっちから挨拶に行くだけだ」
正体不明で不気味な『彼女』の能力に近いのは、どう考えてもアザトースだ。
2人が同じ組織ということも考えたが、それならアリスが敗北して子供になっているチャンスに、アザトースが攻めてこないわけがない。
「と、止めなくていいのですかぁ、ヌルハちぃ」
「……大丈夫じゃよ。タクミは強くなった。ようやく一人で動きはじめたんじゃ」
「?? 元からタクミさんは宇宙最強だったじゃないですか」
「そうじゃな、まあ強さにも色々あるんじゃよ。色々な」
レイアントとヌルハチの会話が終わらないうちに、テーブルから離れ、そのまま山を下り始める。
「ちゃくみ〜、はやきゅ、かえてきてねぇ〜」
アリスの声に振り向かず、右手を挙げて、それに答えた。
予定よりかなり早く、ルシア王城にたどり着く。
どうやら、自分で思っているより、身体が鍛えられているようだ。
「やあ、マキエ、久しぶり」
門の前で懐かしい顔が待っててくれた。
どうやら、ここに来ることがわかっていたようだ。
「あの時以来ね。やっぱりこっちのほうが落ち着く?」
「いや、向こうの世界もよかったよ。お好み焼きうまかったし、ゲームも面白かった。俺はどっちも大好きだ」
「……そう、ありがとう」
なにがありがとうなのか、わからないが、何も聞かず、マキエの後ろに着いて行く。
昔、ヌルハチと来た事を思い出すな。
城の中は今も変わらず、絢爛豪華で輝いている。
煌びやかな赤い絨毯の長い渡り廊下を歩いていると、懐かしいヌルハチの肖像画が見えた。
「アザトースは、この先よ、私はここまで」
長い廊下の先、吹き抜けのフロア中央にある登り階段の前でマキエが立ち止まる。
その先には銀色の鷹が描かれた豪華な両開きの扉があった。初めて来た時にいた兵士たちは、もう待機していない。
「そういえば、サシャは? まだアザトースと一緒にいるのか?」
「いいえ、サシャは街の宝石店に買い物に出かけたわ。人質だった時のストレスを発散させてるみたい。」
そうか。今は自由を与えられているようだ。
ほっ、としながら、王の間へと続く階段を登っていく。
「じゃあな、マキエ。終わったらまたご飯にでも行こう」
「……そうね、全部終わったら、ね」
すでに背を向けて離れていくマキエが、どんな表情をしているのか、わからなかった。
ぎっ、ときしみながら、両開きの扉がゆっくりと開かれる。
正面にある玉座に、闇で覆われたアザトースが座っていた。
「かわいいな」
「ああ、とても懐いている」
膝に白い子猫を乗せながら、足元の緑亀に餌をあげている。
首のほうには、青いニョロニョロがまきついて、せわしなく動いていた。
「まるで隠居したじいさんみたいだな」
ペットだろうか?
王座で動物達と戯れるアザトースは、やけに小さく見えた。
身体を覆う闇も、うっすらと弱々しい。
「『彼女』にやられたのか?」
白猫を抱いたまま、アザトースが、びくんっ、と震え、それに反応した猫が、にゃー、と鳴く。
やはりそうか。
アザトースをここまで弱らせることができるのは、『彼女』だけだ。
「……帰り道を閉ざされてね。死にものぐるいで戻ってきた。あれはもう、天災と思うほかないんだ」
すべてを諦め、なにかを悟ったように、白猫の背中を撫でるアザトース。
これまでになく強大な敵の、見るも無惨な姿に、『彼女』の恐ろしさが伝わってくる。
だが、俺はあきらめるわけにはいかない。
『彼女』の条件を守らなければ、アリスがこの世界から消滅してしまう。
「俺とお前が組んでも、可能性はゼロなのか?」
「!?」
アザトースが白猫を優しく地面に置いて、幽鬼のように、ゆらり、と玉座から立ち上がる。
大きく息をすって、アザトースに、その闇に、触れるくらいまで歩み寄った。
そして息を吐き、右手をアザトースに差し出す。
「それは少し、面白いな、匠弥」
差し出した手に、手の形をした闇が重なる。
弱々しかった闇が、だんだんと強くなり、広がっていく。
やがて、その闇は、アザトースから離れ、侵食していくように王室を覆い尽くした。
素顔のアザトースと初めて対峙する。
思わず、ふっ、と笑ってしまう。
そうか、そういうことか。
自分と同じ顔をした男と、闇の中で手を結んだ。




