百七十四話 ペットブーム
「あかんわ、システムが完全に支配されとる。何やっても戻られへんわ」
「……そんなことはない。黙って作業しろ」
「はんっ、もう何日同じことやっとるねんっ、いい加減、諦めたらどないや」
龍之介が悪態をつきながら、ガンッ、とターミナルを蹴っ飛ばした。
ターミナルの修復作業から数ヶ月。
メンテナンスは終了したが、異世界への移動は未だ不可能だ。
「だいたいお前が『彼女』を復活させんかったら、とっくに帰れとってんで。全部お前のせいやんか」
「早急に修復するためには『彼女』の力が必要だったんだ。もともとは貴様が壊したんだろうが」
「嘘やな。お前はただ『彼女』に会いたかっただけや。こんな事態になることも、予測できたはずやのに」
「……」
苛立つ気持ちを抑え、動かないターミナルを見つめる。
壊れた箇所はすべて修復し、システムチェックも異常はない。
しかし、それは巨大な棺桶のように、ただそこにあるだけだ。
『彼女』はアザトースとしての私を拒絶しているのか。
それとも、匠弥の父としての私を否定しているのか。
『あなたは、もう何もしないで』
動かないターミナルから、『彼女』の声が聞こえた気がした。
「……それはできない。私は戻らなければならないんだ」
異世界への道が途絶えれば、こちらに残された人類はゆっくりと滅んでいく。
そんなことは今の『彼女』にとって、もはや些細なことなんだろう。
「もう一度、最初から始めるぞ。少しでも変化があったら知らせてくれ」
「だからなんでわしやねん。十二賢者にやらせたらええやんか」
「……お前なら、『彼女』も手加減してくれると思ったからだ」
そう言うと、複雑な顔をした後、ようやく龍之介は黙って作業を始めだす。
『手加減? 私、そんなのしないわよ』
また、『彼女』の声が聞こえたが、聞こえないフリをした。
龍之介と二人、ターミナルの隅から隅まで、全ての情報を一から見直していく。
それでも、取っ掛かりとなるヒントすら、未だ得ることがない。
「あかんわ。だいたいなんで全部のシステムを『彼女』に任せてたんや。普通、予備とかバックアップとっとくやろ」
「膨大なシステムを管理するのは『彼女』にしかできなかった。人にも、機械にもコピーは作れなかったんだ」
「まるまる全部やなくていいねん。一部でも残ってたら、そこから、復旧できるかもしれんやろ」
十二賢者に内通者がいたといえ、ターミナルのセキュリティを破ったのは、後にも先にも、この男だけだ。
私には考え付かないアイデアで、突破口を開くかもしれない。
「……なにか一つでも残っていれば、か」
たとえ可能性が限りなくゼロに近くても、諦めるわけにはいかない。
「いやこんなん、ほとんど反則やねん。世界と世界を繋ぐ通路、ふさいだだけやなくて、そんな通路、最初からなかったことにして作り替えとるやん」
「……反則?」
今、なにか。ほんの少しだけ、なにかが頭をよぎる。
「そやで、反則や。いくらシステムを操れて、ルールを作れても、こんなんあかんわ。ちゃんとしたゲームマスターなら、どんだけ難しい条件でも、クリアの方法、作っとかなあかんねん」
言ってる事はもっともだが『彼女』がわざわざクリアの方法など作るはずがない。
私と龍之介が、いやこちらの世界のすべてが『彼女』の世界から拒絶された。
それが全てだ。
だが、それに対して、少しでも『彼女』が後ろめたさを感じているならば……
「……アレを使う。アレはあらゆる不正を許さない。この状況を打破してくれるかもしれない」
「不正を許さない? 四神柱か……白虎やな」
向こうの世界におけるシステムの、すべてのルールは『彼女』次第だ。
ターミナルの封鎖を不正だと微塵も感じていないならば、白虎の能力はまるで役に立たないだろう。
「ああ、大きな賭けだ。召喚できる可能性も低い」
こちらの世界で、四神柱を召喚するのはリスクを伴う。
そもそも、アレは向こうの世界のシステムだ。
依代を用意せずに、具現化すれば何がおこるかわからない。
「し、慎重にやるやんで、久遠。でも、時には大胆不適にな」
どっちだよっ、と突っ込む余裕すらない。
全神経を集中させ、血管の一つ一つに魔力を流していく。
それらすべてを手の平に集約させ、解き放つ。
ターミナルと私の間に、白く神々しい獣が形を作っていく。
「おおっ、できてるでっ、いけるんちゃうっ、これ、いけるんちゃうかっ」
「出でよ、四神柱っ、白虎っ!! 『彼女』の不正を、噛み砕けっ!!」
「……にゃあ〜〜」
にゃ、にゃあ〜?
……え? 目の前の光景が信じられず、何度も瞬きを繰り返す。
その白い獣は、あまりにも小さく、思わず抱きしめたくなるほど、ぷりてぃ、だった。
「……猫やな」
「うん、仔猫だな」
可愛く鳴いた白虎、いや白猫が足元にしがみつくようにスリスリしてくる。
念のために青龍と玄武も召喚してみたら、青いニョロニョロと緑の小亀が現れた。
う、うん、水槽が必要だね。
「ど、どうしたらいい? 龍之介」
呆然と立ち尽くす龍之介に、青いニョロニョロと緑亀がよってくる。
「と、とりあえず、可愛がったろか」
「そ、そやな」
足にしがみついていた仔猫を抱き上げ、頭を撫でると、ゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らした。