百七十二話 参る
「え、えっと、今日は何のようですか?」
クリスマスパーティーから一週間過ぎた頃、再び『彼女』がやって来た。
アリスは、相変わらず俺の足にしがみつきながら、ちゃいちゃい、ずっと言っている。
「今日はお正月でしょ。新年の挨拶にやってきたのよ。あけましておめでとうございます」
「あ、あけましておめでとうございます」
『彼女』の真似をして、同じ様に挨拶した。
なにがおめでたいのか、さっぱりわからない。
またあっちの世界のイベントか。
『彼女』は、こちらの世界で向こうの文化を広めようとしている。
クリスマスパーティーでは洞窟を、光るオモチャで飾り付け、ケイキやチッキーンを食べ、よくわからない歌を熱唱した。
「あ、あの〜、正月はクリスマスよりわからないんですが、またそっちに伺えばいいんですかね?」
「やぁ、ちゃくみ、いっちゃ、やぁっ」
クリスマスパーティーの時、俺がいなくて、かなりさみしがっていたアリスは全力で足にしがみつく。
だいぶ力がついてきたので、かなり痛い。
俺も鍛えていなければ、簡単に折れるとこだった。
「今回はいいわ。こっちに神社もないし、おせちの材料も揃わなかったから。せめてこれだけはあげようと思って。はい、お年玉」
「……お年玉」
渡された小さな封筒をしげしげと眺める。
確かこれ、大人が子供たちにお金を配るイベントだったような……
「俺、いい大人なんですけど、いいんですか?」
「いいのよ、私にとってタクミは、いつまでも可愛い子供みたいなものだから」
「は、はぁ、ありがとうございます」
なんで『彼女』が俺のことをそんなふうに思うのか、全くわからないが、ここは有り難く貰っておく。
ここ最近、カレーのスパイスを買ったり、ヌルハちぃのミニチュアハウスを買ったり、色々と出費が激しい。
魔王の大迷宮にいる72柱のご飯も用意してるので、貯蓄が底をつきそうだ。
特に収入もないので、ここは有り難くもらっておこう。
「はい、アリスちゃんも」
「いやないっ」
「もらっておきなさい、アリス」
「え〜」
アリスが可愛い顔を膨らませる。
「それで新しい剣とか買えるぞ」
「しん、ちぇいけんちゃくみかりばぁ?」
「ああ、新しいのはカッコいいぞぉ」
「……じゃあ、もやう」
しぶしぶ納得したアリスが『彼女』からお年玉を受け取る。
「ありがとうございますは?」
「あいがとおござますっ」
ぺこっ、とお辞儀するアリスが素直で可愛い。
くしゃくしゃと頭を撫でると、いつものように、にかー、と笑った。
そんなやりとりを見ている『彼女』は、どこか優しげな笑顔を浮かべてる。
「用事はそれだけなんですか?」
「そうね、それだけだったんだけど、ちょっとお手合わせしてみようかしら。二人とも随分、強くなってるみたいだし」
優しげな笑顔のままなのに、周りの温度が氷点下まで下がったように錯覚する。
俺の足にしがみついていたアリスが、小さく震えながら、それでも俺を守るように、両手を広げて前に出た。
「いいよ、アリス。俺がやる」
人類最強だった時のアリスに勝った『彼女』に勝てるわけがない。
それでも稽古なら命を落とす事もないだろう。
これで『彼女』の実力を知ることができれば御の字だ。
「手合わせは素手ですか? それともこれ、使います?」
「ええ、せっかくなので貸していただける?」
『彼女』がアリスとの修行に使っている木刀を受け取り、軽く素振りする。
やはりどう見てもど素人にしか見えない。
「アリスの剣、貸してくれるか」
「ちゃくみ、だいじょぶ?」
自分の木刀を『彼女』に渡したので、アリスのを借りようとしたが、アリスが不安そうな顔で見つめてくる。
俺のことを誰よりも強いと勘違いしているはずなのに、それでも『彼女』を恐れているのか。
「大丈夫だよ、アリス。俺が負けると思うか?」
「ううん、ちゃくみは、うちゅうさいきょ、だよっ!」
「ああ、その通りだ」
アリスから木刀、ちぇいけんちゃくみかりばぁ、を受け取り、素振りをする。
誰かに剣を習ったわけではない。
エンドに教えてもらうこともできなかった。
でも、俺の素振りは『彼女』よりも、数段上にあることがわかる。
アリスと一緒に修行して、その才能ある動きを、やがて再び人類最強へと至る動きを、ずっと真似してきたのだ。
「思っていたより、期待出来そうね」
そんな俺の素振りを見ても、『彼女』は優しげな表情を崩さない。
絶対に負けるはずがないのに、全く勝てる気がしない。
アリスが負けた時も、こんな気持ちだったのか。
「ちゃくみっ! がんばてっ!!」
後退りしそうだった気持ちが、アリスの声援で前に出る。
「参る」
そして、いつもアリスが戦いを始める時に口にしていたセリフを、自然と発していた。
「ええ、始めましょう」
ニッコリと笑う『彼女』に全力で木刀を振り下ろす。
俺の動きに対して、『彼女』の動きはスローモーションのようにゆっくりだ。
どう考えても防御は間に合わない。
当たるっ!
そう確信した瞬間、ぐにゃりと空間が歪む。
何が起こったかわからないまま。
ぱかんっ、と心地よい音がして、俺の頭に『彼女』の木刀が直撃した。
あけましておめでとうございます。
本年もうちの弟子をよろしくお願い致します。




