十九話 十二人の怒れる冒険者
「では、これより十豪会を開会するっ! 」
バルバロイ会長の馬鹿でかい声に顔をしかめる。
ああ、ついに始まってしまった。
「ではさっそく本日の議題の説明じゃ! リンデンよ」
「司会進行を務めさせて頂くリンデンと申します」
リンデンさんが立ち上がり、お辞儀をする。
「本日の十豪会の議題は、始祖の魔王復活及びその正体についてです。どうか、皆様の忌憚のないご意見をお聞かせください」
もう一度お辞儀をしたリンデンさんが円卓の席に座る。
「ちなみにギルドの調査における第一候補はランキング一位のタクミじゃ。肯定否定、どちらの意見も受け付けるぞ」
じじいがいきなりブッ込んでくる。
コイツ、最初から俺を糾弾する気満々だ。
「なあ、おい」
最初に口を開いたのはランキング六位狂戦士ザッハだった。
会議が始まっても、円卓に両足を置いたままだ。
「会議なんて建前だろ。そいつ殺して早く終わらせようぜ」
ザッハから俺に向けて強烈な殺気が放たれる。
開幕早々、超怖い。
「残念じゃがそうもいかん。確実な証拠が必要じゃ」
「面倒くせえな、殺ってから間違えてたらごめんなさい、でいいじゃねぇか」
なあ、という顔で俺の方を見る。
いやいやいや。
俺はプルプルと首を振る。
「では、質問してもよいか?」
次に話したのは、ザッハの左に座るランキング七位超狩人ダガンだった。
「ここ数日、タクミ殿に起こった騒動、聞き及んでおる」
ダガンがまるで俺を獲物でも見るような鋭い眼光で睨む。
「神降しレイアが弟子入り。ブラックドラゴンを手も触れずに撃退し、ドラゴン族の王となる。さらに大賢者ヌルハチの襲撃を跳ね除け、数千匹のゴブリンを率いるゴブリン王と抗争し、完全討伐。それに間違いはないな?」
やばい。ほぼ事実だ。俺も自分で魔王じゃないかと疑ってしまう。
『うちを手に入れたことが入ってへんやん。タッくん、ちゃんと言うたって』
魔剣カルナが余計なことを言ってくる。
うん、黙ってね。お願いします。
てか、タッくん、て誰?
「さらに追記がある」
そう言ったのはランキング八位隠密ヨル。
もうやめて、追記しないで。
「撃退した大賢者ヌルハチはその後、タクミの弟子のアリスに襲撃されて死亡したとされている」
「えっ」
ヌルハチの死亡ニュースに驚き声を上げる。
「まさか、ヌルハチが……」
「とぼけるのか? 貴様の指示だろう?」
ヨルの言葉を無視して、チハルの方を見る。
チハルなら何かを知っているのではないか、そう思っていたら、ゴブリン王ごしにチハルが俺に話しかけてきた。
「ヌルハチのこと、ちんぱい?」
そう言われて、冒険者時代のヌルハチとの思い出が蘇る。奴隷のようにこき使われる地獄のような日々。数え切れないほど死にかけた。だが、何故だろう。ヌルハチが死んだと聞かされて何か胸の奥から込み上げてくるものがある。そうか、ヌルハチは俺にとって……
「ああ、心配だ」
そう言うとチハルはにへへ、と嬉しそうに笑う。
「だいじょぶ、ヌルハチはだいじょぶだょ」
チハルにそう言われると本当に大丈夫な気がして、不思議と安心する。
「……何故、大賢者の席に幼女が座っているのですか?」
チハルの横に座るランキング四位勇者エンドが初めて声を出す。
綺麗なハスキーボイスだ。
「関係者だからじゃよ。僅かながらヌルハチと同じオーラを検知した。第一候補はタクミとヌルハチの子供といったところかの」
バルバロイ会長が意味深な笑みを浮かべる。
いやいや、童貞に子供が出来るはずがないだろうがっ。
「タ、タクミさん、そ、それは本当に……」
レイアが震えながら立ち上がり、カタナに手をかける。
「静まれ、レイア。じじいの戯言だ」
「ふぉふぉふぉ」
くそじじいが嬉しそうに笑っている。
「……なんだ、忌子が生意気に人の感情を得たのか?」
「……黙れ、根暗変態忍者」
「貴様っ」
レイアに続きヨルが立ち上がる。
「……落チ着ケ。会議中ダ」
機械音声のような声が二人を止める。
ランキング五位半機械マキナだ。
これでリック以外は全員が話したことになる。
パーティーを組んでいた時からあまり話さなかったが、十年の間にさらに話さなくなったようだ。
「ちっ」
ヨルは舌打ちしながら、レイアは無言で着席する。二人の因縁はだいぶ深いようだ。
「ボクからも追記がある」
勇者エンドが再び俺を睨む。
「完全討伐されたゴブリン王が、その三日後、魔王の大迷宮でアリスと密会している。その事について、何か弁明することはあるか? 魔王タクミ」
もう魔王認定されてるよっ。
アリス、お前、なんでそんなとこでゴブリン王と会ってるのっ。
誤解されてもおかしくないわっ。
エンドから隣のゴブリン王に視線を移す。
「お前っ、何か言えっ、誤解を解けっ」
「わかりました。アリス様から書状を預かっております」
ゴブリン王が立ち上がり、懐から手紙を取り出す。
皆が注目する中、おもむろにそれを開封し、朗読を始めた。
「拝啓タクミ様。いかがお過ごしでしょうか?
初めて筆を取らせて頂きました。アリスです。貴方の不肖の弟子、アリスです。タクミの一番弟子で永遠の弟子のアリスです。時には師匠と弟子、時には親子、時にはこ、こいび…… いや、ダメだ、ここカットで。とにかくアリスです。……お前、カットのところも書いてない? 大丈夫? ならいい。えっと……」
十豪会の会場が静まり返る。
なんだ、このカオスな手紙は。
アリスが言ったこと、おまえがそのまま書いたのかよっ!
「今回、そちらに行けなくて申し訳ありません。まだワタシは未熟ゆえ、タクミの教えの初歩にすら到達出来ておりません。合わせる顔がなく、今回は代理を立てさせて頂きました」
全員が俺に注目する。
やめて、畏怖を込めた目で見ないで。
勘違いだから。俺、べつに何も教えていないからっ。
「後、何やらギルドがタクミの事で騒いでいるようですが、気にしないでください。邪魔な者は全て片付けますので、言ってください。それとレイアの件ですが……」
「もういいだろう」
座っていた狂戦士ザッハが立ち上がり、背負っていた大剣を抜き放つ。
「確定だ。オレはやるぜ」
円卓の上に右足を乗せる。
視線は真っ直ぐに俺の方を向いていた。
「待て」
「無理だ、ダガン。もう止まらねぇ」
「違う。何かが近づいてきておる」
その気配に何人が気づいていたのだろうか。
気がついた時には、それはすでにここに来ていた。
上空から隕石が落ちてきたのかと思った。
どごんっ、という衝撃音と共に、円卓の中心にそれは突然現れた。
「んにゃ」
一瞬、巨大な獣が現れたのかと勘違いした。
茶色の毛色に黒い縞模様が入っており、額にMの字がある。耳はミドルショートの頭の上にぴょこんとついており、目は琥珀色で黒目が細く縦に伸びている。
座った状態で現れたそいつが立ち上がる。
尻尾も同じようにピンと、上を向く。
獣人。猫か虎だろうか。
半分人間、半分獣の姿だが、一目見てすぐに女性とわかった。
服を着ているのか、体毛なのかわからないが、大事なところはちゃんと隠れていてほっとする。
そいつは俺を見て嬉しそうに笑う。
「初めまして、魔王タクミ殿。獣人王ミアキス、お迎えに上がりましたにゃ」
十豪会に最悪のお迎えがやって来た。




