百七十一話 ちゃい
山に雪が積もる中、今日も朝早くからアリスと剣を振っている。
数時間すると自然と二人の周りから、雪は溶けてなくなっていた。
「はぁはぁ、だ、だいぶ振れるようになってきたな。剣、大きくしようか」
「ちぇいけん、ちゃくみかりばぁ、おっきくなるのっ」
アリスの成長にあわせて、木の剣はだんだんと大きくなっていく。
それに合わせて、俺が持つ剣もサイズをアップさせていた。
「昔、ヌルハチに買って貰った剣の大きさに近づいてきたな」
冒険者になったばかりの頃に持っていた大剣。
初代、聖剣タクミカリバーを思い出す。
結局、一度もまともに扱えないまま、アリスに引き継がれ、アリスも剣としては使うこともなく、最後はマキエに破壊されてしまった。※
「今度は、ちゃんと剣士みたいだな」
「うん、ありしゅ、ちゃくみとおんなじ。だいけんしぇいになるの」
大剣聖か。
そんなふうに呼ばれていたが、俺もアリスもちゃんとした剣士に教わったことがないな。
レイアントも刀は使うが、神降ろしを使った戦いが主流で、どこかで習ったという話は聞いていない。
世界には、様々な流派があり、それぞれの達人がいるはずだが、誰か知り合いにいなかっただろうか?
「剣を使うといえば、リックやエンド、あとは狂戦士のザッハくらいか」
うーん、教えてもらうならリックが一番良さそうだけど、ほとんど無言だからな。
先生には向いてない気がする。
ザッハは論外だし、ここはエンドに頼もうか。
魔王の大迷宮で再会してから、ずっと洞窟のほうにいるはずだ。※
「アリス、そろそろ新しい剣の先生に来てもらおうと思う」
「え? ありしゅ、ちゃくみがいい」
「ダメだぞ、アリス。いろんな流派を取り入れないと強くなれない」
「やぁっ、ありしゅ、ちゃくみといっしょがいいっ」
「大丈夫、俺も一緒に教えてもらうよ」
そう言うと、アリスは、にかー、と笑って俺の腕にしがみついた。どうやら大丈夫なようだ。
「お昼に洞窟に戻って、エンドに頼もうか。なるべく『彼女』には会いたくないんだけど…… わっ!」
考えている時に、いきなり目の前に何かが降りてきた。
近くの木にぶら下がっていた黒蜘蛛さんだ。
糸を垂らし、逆さまのまま、俺のほうを見つめている。
「な、なに? いきなり現れたらびっくりするよ」
いつも黒蜘蛛さんの登場は突然だ。
八本の足をシャカシャカ動かして、何かを俺に伝えようとしている。
「ん? 洞窟に戻ったらダメなのか? え? なに?」
黒蜘蛛はしきりに自分を指さしている。もしかして……
「君がエンドを呼んできてくれるのか?」
コクコク、と頷く黒蜘蛛さん。
「そ、それじゃあ、お願いしていいかな?」
八本の足のうち、上四本をつかって丸の形を作る。
二重丸ということかな?
『彼女』の使い魔として、俺とアリスを監視しているだけだと思ったが、なにかと面倒を見てくれる。
黒蜘蛛さんは、器用に糸を使って、木から木へと移動し、あっ、という間に見えなくなった。
「くもちゃ、かわいいね」
「そ、そう?」
わしゃわしゃと動く足や、膨らんだお腹、なんかいっぱいある目など、どう見ても可愛いとは思えない。
アリスと違って、俺はちょっと虫が苦手なようだ。
「でも、不思議と親近感がわくんだよなぁ」
見た目はダメなのに、どうしてだろう?
ずっと昔から知り合いだったような気もする。
「どちたん? ちゃくみ?」
「なんでもないよ、うん、たぶんなんでもない」
今は刺さっていない魔剣の鞘を、無意識に触っていることに、俺は気がついていなかった。
「あらあら、少し見ない間に、なかなか逞ましくなったじゃない」
嬉しそうに『彼女』はそう言った。
アリスは俺の右足にしがみついて震えている。
記憶をほとんど失っているが、『彼女』にひどいことをされたのを覚えているらしい。
エンドを呼びに行ったはずが、黒蜘蛛さんは『彼女』を連れてきた。
裏切った、とは思いたくない。
『彼女』の肩で、黒蜘蛛さんは、がっくりとうなだれ、落ち込んでいるように見える。
「……エンドは?」
「ダメですよ、タクミ。若い女の子に剣を教えてもらうなんて。間違いがあったらどうするんですか」
あれ?
再会した時、エンドは男だって言ってたけど……
『彼女』は、女の子だと思っているのか。
「大丈夫ですよ。剣術なら私が教えてあげます。実は学生時代、剣道の経験があるの」
そう言って『彼女』は、両手を握り、剣を振る動作をする。
うん、控えめに言っても、ど素人だ。
今の俺のほうが、まだマシだと思う。
「遠慮しておきますよ。女の子がダメなら、あなたもダメでしょう。リックにでも頼んでみますよ」
「あらあらあら、私を女の子だなんて。いやだわ、この子ったら、もう」
照れたように、片方の手で頬を押さえ、もう片方の手をパタパタと動かす。
どうやら機嫌を損ねずにうまく断れたようだ。
そして、剣の腕はないという『彼女』の弱点を知ることができた。
「でも残念だわ。しばらく一緒にいられると思ったのに。そうだ、アリスちゃんも頑張ってるから、ご褒美に美味しいご飯を作ってあげようかしら」
『彼女』が覗きこむと、足にしがみついたまま、アリスが必死に手を振り回す。
「いやないっ、ちゃい、ちゃいしてっ」
「あらあら、私の料理もおいしいのよ」
『彼女』の顔は笑っているが、その笑顔は張り付いたように1ミリも動かない。
ぞっ、としたが、表情には出さず、しがみつくアリスの頭をなでる。
「ちゃいっ、ちゃくみもちゃいしてっ!」
「大丈夫だよ、アリス。『彼女』はもう帰るそうだ」
笑顔の『彼女』と数秒間見つめ合う。
やがて、ふっ、と大きく息を吐き、張り付いた『彼女』の笑顔がようやく終わる。
「仕方ないわね。頑張ってるようだし、まあいいわ。そのかわり、タクミだけは今日のクリスマスパーティーに参加してね」
クリスマス?
詳しくは知らないが、向こうの世界にあった聖なるお祭りのはずだ。
いったい『彼女』は何を企んでいるか。
「……わかりました、楽しみにしておきます」
俺も張り付いた笑顔を浮かべながら、心の中で思いっきり、ちゃいした。
※ アリスが剣を使っていないエピソードは、第一部 一章『閑話 アリスと大賢者』に、タクミカリバーが砕かれたエピソードは、第四部 三章『百二十一話 蘇る大賢者の一撃』に載ってます。
※ エンドとの再会は、第五部 二章『百五十四話 ジェンダーフリー? その2』に載ってます。




