百六十八話 フリダシニモドル
「おかえりなさぁいぃ、タクミさぁん、『彼女』、軽くやっつけてぇ、きたんですねぇ」
レイアントが家の前で待っていた。
ヌルハちぃのミニチュアハウスをレイアントがビッグハウスにした家だ。肩にはヌルハちぃも乗っている。
二人が揃うと遠近感がちょっとおかしい。
「よくわかったな、その通りだ。懲らしめて、びしっ、と言ってきてやったよ」
「さすがぁ、タクミさぁんですぅ」
「ちぃちちぃ」
実際、びしっ、と言われたのは俺のほうだ。
彼女が提示した条件を、レイアントに伝えられるわけがない。
「あぁ、だったらもう洞窟のほうにぃ、戻っても大丈夫ですねぇ」
「い、いや、それはやめとこうかな。え、えっと、そうだっ、俺、ここが好きなんだ。しばらくレイアントとヌルハちぃと昔みたいに三人で暮らしたいなぁ」
「ええっ、それはぁ、もしかしてぇ、わたしたちのこと…… はあわわっ! もしかしてぇ、ダブルプロポーズですかぁっ!!」
「ちぃ、ちちちちぃっ!!」
レイアントとヌルハちぃが二人して、ぷしゅー、と茹で蛸のように真っ赤に染まる。
あっつっ! あっついよっ!
「ちがうよっ! ダブルプロポーズちがうよっ、あっついから! 湯気とか出すのやめてっ!!」
「なんだぁ、ちがうんですかぁ」
「ちちちぃ、ちいちいちちちぃ」
うん、がっかりしないでね。てかダブルプロポーズてなに??
「ああ、それから、後からもう一人増えるから、よろしく頼むよ」
「ええぇ、タ、タクミさぁん、もしかしてぇ新婚そうそう、もう浮気ですかぁっ!!」
「ちぃっ、ちちちちっ!」
「う、うん、浮気してない。結婚もしてない」
ふぅ、と大きくため息をつき、二人を見る。
まったく、何年経っても、レイアがここに来た時と変わらない。
それだけ、俺が成長してないということか。
「大丈夫、すごく小さい子なんだ。あの頃のチハルと同じくらいの。ただちょっと身体が弱い子だから、二人には気をつけて見てほしいんだ」
「ふぇ」
「ちぃ」
二人ともしばらくキョトンとした後、はっ、とした表情になり……
「まさかぁっ、隠し子ですかぁ、タクミさぁんっ!!」
「ちちちぃっ、ちちちいいいっ、ちちちいぃいぃ!!」
「そ、そ、そ、そんなわけないだろうっ!」
ヤバい、ちょっと動揺してしまった。
だってこれから連れてくる子は、どう見ても二人の知ってる顔なのだ。
「いいか、二人とも仲良くするんだぞ」
三日後、大きな不安の中、その子は元気いっぱいで現れた。
「ちゃくみ、こんにちわっ」
「はい、こんにちわ」
にぱーーっ、と笑ってやってきた金髪の小さな女の子。
その子の挨拶に返事をしたのは俺だけだった。
大っきいのと小さいのが、その子を見たまま固まっている。
「た、た、た、た、タクミさぁん、そ、そ、そ、その子、ど、ど、ど、どう見てもぉ」
よかった。どうやら失っていた記憶は戻っているようだ。
「うん、ちょっと事情があってね、アリスが……」
「どう見てもっ、タクミさぁんとアリスさまぁの子供じゃないですかあーーーっっ!!」
大地が震えるほどのレイアントの咆哮が山に響き渡る。
うん、小さい子がいるからやめようね。
「いや、違うよ、レイアント。アリスは……」
「こんなぁ、こんなぁ大きな隠し子がいたなんてぇ、いつからわたしを騙していたんですかぁっっ!!」
レイアントが全然話を聞いてくれないっ。
まずいぞ。なぜだかわからないが、ナギサが持ってきたドラマみたいな展開になっている。
「い、いや、騙してないよ。そもそも、もしいたとしても、レイアントには関係な……」
「うわぁあああぁぁぁあぁん」
号泣しだしたっ!
大粒の涙が豪雨のように降り注ぐ。
咄嗟に小型アリスを庇うと、楽しいのか、きゃっきゃっ、と笑っている。
「そ、そうだ。ヌルハちぃだ。ヌルハちぃは、冒険者時代にこのアリスを見たことあったよな。レイアントにうまくいってくれないか? あれ? ヌルハちぃ?」
「……ちぃ、ちいぃ」
え? しぼんでる?
ヌルハちぃ、ショックでさらに小さくなってるっ!?
ああ、魔力が湯気みたいにだだもれてるっ!!
「ちがうからっ! 本人だからっ! この子、アリスそのものだからっ!!」
「うん、ワタシ、アリスだよ」
そう言われて、レイアントが、上からまじまじとアリスを観察した。
「た、確かにぃ、タクミさぁん要素がありませんねぇ、純度100ぱーせんとのぉ、小型アリスさま、といったかんじですぅ」
「ちゃくみ、れいあ、でかくてこわい」
「ぐふぇっ!」
近づいてきたレイアントにアリスの容赦ない言葉が突き刺さる。
「ちぃ、ちちぃ?」
しぼんでいたヌルハちぃが、ようやく正気を取り戻し、ぺたぺたとアリスに触る。
「ちぃ、ちちぃっ!」
アリスと判明したらしく、喜び飛び跳ねるヌルハちぃ。
「にゅるはちは小さくなってかわいいね、ちゃくみ」
「ちちぃっ!」
「がーーん」
喜ぶヌルハちぃと、ますます落ち込むレイアント。
一抹の不安は感じるが、なんとかこのメンバーでやっていけそうだ。
「ちゃくみ、がんばろうね」
「ああ、そうだな。頑張って『彼女』を見返してやろう」
人類最強でなくなり、幼くなったアリスの頭を撫でた。
一瞬、キョトンとして、すぐに嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる。
それは魔王の大迷宮ではじめて出会った時と、まったく同じ笑顔だった。