百六十六話 おりこうさん
ターミナルからあふれた光が全てを白に染め、画面から『彼女』の姿とその背景が消える。
数秒後、光が収まり、DVDプレイヤーに映し出されたのは、まわりの木々が折れ、禿げ上がった山の景色だった。
「……ボルト山じゃない。どこの山だ?」
自然災害か?
強烈な台風があったような場所で彼女が一人、涼しい顔で佇んでいる。
ターミナルから俺の元に彼女がやってきたのは、確かな事実だ。
しかし、どうやら、最初に到着したのは別の山だったらしい。
「彼女、何をしてるんだ? 地面を見ているのか?」
彼女の視線は下を向いているが、画面のモニターはそこを映していない。
何を見ているのか気になっていると、彼女は再び俺のほうに視線を合わせ、ニッコリ笑う。
「ぐ、偶然だよな、ナギサ。俺と彼女の目が合うのは」
「あ、当たり前じゃない。これ、録画されたやつなのよ」
そう言いながらも、ナギサは動揺を隠せていない。
俺と同じように、モニターの彼女を見て震えている。
「ちぃちぃ」
ヌルハちぃが、俺の肩をトントンして画面を指差した。
DVDの映像が徐々に彼女の足元の方へ移動していく。
「たくみさぁん、あれぇ」
そこに何があるのか。
巨大なレイアントも後ろから、俺が持つDVDプレイヤーを覗き込む。
「えっ!?」
声を上げたのは俺だけだった。
他のみんなは、真剣な顔で、食い入るように画面を眺めている。
彼女の足元に、砂埃にまみれた誰かが倒れていた。
顔は見えなかったが、その長く美しい金髪を見間違えるはずがない。
彼女の足元にいるのはっ……
「アリスっ!!」
録画だとわかっているのに、それでも大声で呼びかける。
当然のことながら、その声にアリスは、ピクリとも反応しない。
「か、彼女と会っていたのかっ! ま、まさかアリスがっ! は、敗北したのかっ!?」
あのアザトースですら、俺を利用しなければ勝てなかったアリスをっ! 彼女は一人で倒したのかっ!
燃え尽きたように伏せているアリスからは、まったく生気が感じられない。
そんなアリスを、彼女は、息一つ乱さず、涼しい顔で見下ろしている。
「バカなっ! アリスがっ! そんな簡単に負けるはずがないっ!!」
そう叫びながらも、彼女なら、と思ってしまう。
目に見えない不気味な力が、彼女の身体から漏れ溢れているように感じていた。
そして、さらに。
背後のレイアントから、ありえない言葉が発せられる。
「たくみさぁん、知ってるんですかぁ? このアリスって人ぉ」
「へ?」
大きくなりすぎて、記憶がおかしくなったのか?
いや、いくらなんでも、レイアントがアリスを忘れるなんてありえない。
「な、何を言ってるんだ? アリスに教えられて、レイアントはここに来たんだろ? だいたい俺の前に、アリスに弟子入りしてたじゃないかっ」
「ふぇっ? なんですかぁ、それぇ。私はたくみさぁん以外の人に弟子入りしたことなんてぇ、ないですよぉ」
「?????」
どういうことだ?
アリスに関しての記憶が完全に抜けている!?
「ナ、ナギサやヌルハちぃは、アリスを知ってるよな?」
「え? 聞いたことのない名前ですよ」
「ちぃ? ちちちち?」
う、うそだろ? 二人揃って不思議そうな顔で、首をかしげる。
ナギサやヌルハちぃまでも、アリスのことを忘れているのかっ!
一体、何が起こってるんだっ!?
「ア、アリスだぞ。ナギサはともかく、ヌルハちぃはずっと前から知ってるじゃないか。俺と一緒に、魔王の大迷宮で、拾って一緒にパーティーを組んでただろ」
「ちぃっ、ちちぃっ!」
ヌルハちぃは、首を激しく横に振ったあと、俺のおでこに小さな手を当てた。
「ちぃちち?」
し、心配されてるっ!
俺のほうがおかしくなったと思っているのかっ!?
「慌てないでいいわよ、タクミ。誰もおかしくなっていないわ」
画面の中の彼女がはっきりと俺を直視して声をかけた。
これは本当に動画なのかっ!?
「ずっと、この子のことは気になってたのよ。この世界で唯一、リミッターが外れていたから。こんなバグは、絶対に起こらないはずなのに」
リミッターが外れている? バグ?
確か、前にシロやクロがそんなことを言っていたような気がするが……
「目には見えないけど、この世界にはみんなレベルが設定されてるの。英雄と呼ばれる人間でも50くらいが限界。勇者や魔王でさえ99以上はあがらないわ」
「レベル? それじゃあまるで……」
向こうの世界でサボっていた時、遊んでいたテレビゲームを思い出す。
「でも、この子、その限界がないの。いくらでもレベルは上がるし、どこまでも強くなれる。そういうのはちょっとズルいと思わない?」
そう言いながら、彼女が倒れているアリスに手を伸ばす。
とてつもなく、嫌な予感が背中に走る。
「ま、待てっ! 何をするつもりだっ!!」
録画された動画なのに、彼女の手は、俺の声でピタリと止まった。
いや、今はそんなことを気にしている場合じゃないっ。
「……残念だけど、存在自体なかったことにするわ。もうすでに、他のみんなは、アリスを認識していない。私が完全消去すれば、あなたも忘れるはずよ、タクミ」
アリスを完全消去?
命だけではなく、この世界から、アリスがいたという記憶すら消すつもりなのかっ!?
「や、やめてくれっ! なんでもするっ! 俺の中からアリスを消すなんてっ! やめてくれっ!!」
画面の中にいる彼女がアリスに手を伸ばしたまま、俺の方を振り向く。
最初からだ。
最初から彼女は俺がそう言うことを知っていた。
だから、わざわざポケットに、この動画が入ったUSBメモリーを忍ばせたんだ。
「いい子ね、タクミ。それなら考えてあげてもいいわ」
彼女は慈しむような優しい顔で、俺に向かって微笑んだ。




