閑話 彼女とカルナ
『ちょっと、しっかりしいやっ、アザトースっ』
話しかけても返事があらへん。
ほとんど生きた屍や。
こんなことになるとは思ってへんかったんか。
纏っていた闇も剥がれ、タッくんと同じ顔で、崩れるように座ってる。
『あかんわ、これ。どないしよ』
いくつもの鉄の箱を無造作に積み上げたようなターミナルと呼ばれる建造物。
完全に破壊されてるはずやのに、それは目の前で、眩しいほどの光を放っとった。
そして、その壊れた無数の鉄箱の中で、湖みたいな透明感を持った『彼女』が、静かな笑みを浮かべてる。
「変わってないわね。すぐ現実逃避するところ」
彼女の声に、アザトースが、びくんっ、と震えた。
あかん、完全にびびってる。
うちもこっちの世界では、魔剣の姿から人間形態になられへん。近づくことも無理やから、話すことしかできへんやんか。
『あ、あのう、ちょっと、ええかな?』
「ええ、いいわよ。かわいいドラゴンのお嬢さん」
ターミナルの中の彼女、うちのこと知ってるんか。
いや、ここに来る前、アザトースが言うとったな。
彼女は、すべてを……
『あっちの世界のこと、全部知ってるてほんまですか?』
「そうね。彼が作った世界だけど、彼よりも知ってるわ。私が全てのシステムを管理しているから」
『うち、システムてようわからんのやけど、なんなん、それ?』
「説明するのはちょっと難しいわね。ルールとか設定とか魔法とか、まあ細かいこと全部よ。いつどこで雨が降るとか、そういうのも管理してるわ」
まさしく、伝承でしか聞いたことなかった大精霊みたいなもんやな。
おとんは創造神、おかんは大精霊か。
ほんまになってしもたな、タッくん。
「今まではね、私の意識はなかったのよ。そうね、無意識に、それこそ機械的に管理していたわ。分断されていたのよ、私の思考と」
箱の中で話す彼女は、幼な子のようで、とても無邪気に見えた。
「でもこれからは違うわ。やっと意識が連結されたの。もうなんでも思い通りよ。世界を作り変えることもできるし、タクミにだって会いに行けるわ」
『へ、へぇ、そら、よかったですなぁ、ほんまに』
全然よくあらへん。
このままやと彼女、なにをしでかすかわからへん。
めちゃくちゃヤバそうな雰囲気かもしだしてるやん。
ターミナルと彼女を連結しても、自分の言うこと聞いてくれると目論んでいたアザトースの計画は、まったく上手いこといかんかった。
『てか、全然、彼女に頭あがらへんやん。よく、そんなんで自信満々やったなぁ、あんた』
「……す、すんません」
弱々しく小さな声で答えるアザトース。
ドラゴ弁うつってるし、復活するまでかなり時間かかりそうや。
『ち、ちなみに、これから、どうしよ、とか、具体的な予定あります?』
「うーーん、タクミに会いに行く以外は決めてないわ。とりあえず、あの子、ずいぶんとずぼらな生活送ってるみたいだから、ちょっと注意するつもりよ」
『あ、あぁ〜〜、そ、そうですよねぇ…… タッくん、そういうとこありますもんねぇ〜〜』
あかんあかんあかん、タッくんのあの性格は直らへんねんから。
変に抵抗して彼女怒らせたら、世界終わってしまうかもしれん。
『あ、あの、うちもそっちについてったらダメですかね?』
「私に? そうね、そのほうが早くタクミの元へ帰れるわね。でも、ダメよ。あなたを取り戻すために、頑張るタクミが見たいもの」
『え? そ、そう? タッくん、うちのために頑張ってくれるん? それ、ちょっと見てみたいな…… はっ!』
あ、あかん。
いつのまにか、のせられてしまってるっ。
さすが、アザトースを軽く凹ましただけのことはある。
気をつけんと、うちも簡単にやられてまうわっ。
『そ、それはまた別の機会にしとこかなぁ。い、今はほら、うちも一緒に行って、タッくんを厳しく指導したほうが、ええと思いますよっ。長いことパートナーやらせてもらってましたし、相性バッチリやと思いますしっ』
じーー、と無数の箱の中から、うちを値踏みするように見つめる彼女。
や、やめてっ、こわいこわいこわい。
「……そうね。もしもの時のために持っていこうかしら。でも私がいいというまで、タクミに話しかけてはいけませんよ」
『へ、へい、そりゃもう、あねさんの言う通りにさせてもらいますぅ』
鞘ごと剣を折り曲げて、ペコペコとお辞儀する。
ここは、もうプライド捨てて、彼女についていくしか、タッくんを救う道はあらへん。
「よい心がけですね。タクミがちゃんとした生活をするようになれば、あなたも自由にしてあげるわ」
『わぁい、ありがとうございますぅ』
それは無理やな。
ちゃんとした生活するタッくんなんてタッくんやない。
ズボラなタッくんこそ、真のタッくんや。
味方になったフリして、彼女の弱点を探すしかあらへん。
「ああ、そうだわ。タクミにバレてはいけないから、魔剣の姿はまずいわね。私がかわりの器を用意してあげるわ」
『へ?』
それはちょっと予想外の展開や。
魔剣といえばうち、うちといえば魔剣というくらい、みんなに浸透してるんやけど。
『あ、あの、このままやったらあかんのですか?』
「そうね。私、剣とか似合わないし、嫌だったら、この話はなかったことに……」
『えっ! い、いえ、大丈夫ですっ、うち、どんな器でも、あねさんについて行かせてもらいますっ』
だ、大丈夫や。
全部片付いたら元に戻れるはずや。
……魔剣ソウルイーター。
ちょっとの間だけお別れや。
長いこと一心同体やった魔剣に別れを告げる。
彼女は、うちに手を伸ばし、優しく微笑んだ。
「心配しなくていいわ。素敵な器を用意してあげる。きっとあなたも気にいるはずよ」
ふっ、と魂が抜けたような感覚と共に、魔剣からうちが吸い取られていく。
彼女の手には、いつのまにか信じられないものが握られていた。
『なっ、なにそれっ!? うそやんっ!! それが器なんっ!? ちょっ、ちょっとまってえっ!!』
しかし、微笑みを浮かべたまま、彼女は止まらへん。
うちは、すぽんっ、と完全に魔剣から引っこ抜かれた。
あかん、それはあかん。
そんな姿で、うち、タッくんに会われへんっ!!
『いやぁあああぁあぁあぁっ!!!』
ターミナルに絶叫が響き渡り、新生カルナが爆誕した。




