百六十五話 深寝坊
「あぁ、たくみさぁん、スパイがぁ、裏切り者がきましたよぉっ」
「う、裏切ってないし」
レイアントの巨大ミニチュアハウスにやって来たのは、DVDプレイヤーを持ったナギサだった。
『彼女』にみつからないように、洞窟から離れるのを待ち構えて、こっそりお願いしといたのだ。
「わ、私はアレよ。彼女の正体を調べるために残ってるの。決して美味しいご飯に屈したわけじゃないわ」
「うんうん、わかってる。こうしてDVDプレイヤーも持ってきてくれたからな」
ちょっと怪しいけど信じておこう。
しかし、アザトースの息子であるナギサも、彼女のことは知らないのか。(※)
いや、もしかしたら知っていても話せないのか。
アザトースとは、無関係という線もあるかもしれない。
「で、これ、なんに使うの? 一応、ドラマのDVDも持ってきたけど」
「いや、見たいのはこのUSBメモリーの中身なんだ。このプレイヤーで見れるかな?」
服のポケットに入っていたUSBメモリーをナギサに渡す。
「向こうから持ってきたの? 中身にもよるわね。動画とかなら大丈夫だと思うけど。パソコンでないと見れないのもあるわよ。ちょっと見てみるね」
ナギサがDVDプレイヤーの側面に、USBメモリーを差し込み、電源を入れる。
小さな画面が、パッと明るく輝いた。
「いけるみたいね。容量もそんなにないから短い動画かな。再生するわね」
「あっ、ちょっと待ってっ、できれば最初は一人で見たいんだっ、これ、借りてていいかなっ」
慌ててナギサを止めたら、すん、とした目で見られる。
え? 俺、なにかした?
「タッちん、それ、エロいやつだよね?」
「ち、ちがうよっ! いや、中身しらないけど、絶対エロいやつじゃないよっ! ないはずだよっ!!」
「ますます怪しい……」
「あ、怪しくないよっ、なっ、レイアントっ、これ、そういんじゃないよなっ」
助けを求めようと振り向いたが、レイアントまで、すん、とした顔で「スケベ猛反省中」のプレートを差し出してきた。
しかもプレートがかなり巨大化している。
まだ、持ってたのっ、それっ!
「ちがうからっ、わかったっ、みんなで見るっ、ヌルハちぃも起こしてきて、みんなで見ようっ」
すっ、とレイアントが無言で「スケベ猛反省中」のプレートを懐にしまう。
あ、危ない。
あんなデカいの首から下げれないよっ!
「ちぃ、ちちぃ?」
寝ていたヌルハちぃが、まぶたをこすりながら、やってくる。
寝ぼけているみたいだが、それでもなんとか魔法でフヨフヨと浮かんで、俺の右肩にちょこんと止まった。
妖精さんみたいで癒される。
俺のことをスケベだと疑う二人とは大違いだ。
「みんな揃ったから、再生するわよ」
最終確認をとるように、俺を厳しい目で見つめるナギサ。
「ああ、はじめてくれ」
大丈夫だ。
これは、絶対エロいやつなんかじゃない。
なぜだろうか。
彼女は俺にそんなものを持たせない、という確信めいたものがあった。
ナギサが再生ボタンを押すと、電源が落ちたように、画面が暗くなった。
ざざざ、という、かすかな機械音から、真っ暗な場所を撮影しているとわかる。
ごくっ、と背後でレイアントが大きく喉を鳴らす。
横目で見ると、スケベ猛反省中のプレートを、再び取り出そうと、懐に手を伸ばしていた。
ま、まだ、疑ってるのっ!?
早く明るくなってくれ、と画面を睨みつける。
それに答えてくれたように、DVDの画面が、ぱっ、と明るく輝いた。
「あっ!!」
「えっ!? なんでっ!!」
驚きの声をあげたのは、俺とナギサだった。
ヌルハちぃやレイアントは、これを見たことはない。
画面には、いくつものテレビを繋ぎ合わせ、高く積み上げた塔のようなものが映っている。
「こ、これ、ターミナルだよな、ナギサ」
「……そうね、でもちょっと様子がおかしいわ」
こちらの世界と向こうの世界を繋げるターミナル。
新世界の中心。
天に通じる高い建物という意味で命名された全長100mの通天閣。その地下100mにある裏称、通地閣にそれは存在していた。
ナギサと共にここから、こっちの世界に戻ってきたのが、ずいぶん昔のことのように思えてしまう。
あの時は、こっちに戻ってくるのに必死で、ちゃんとターミナルを観察する余裕はなかったが……
「ああ、ターミナル、なんか、めっちゃ壊れてるよな」
「ええ、何者かに破壊されてる。重要なコードが分断されてるし、モニターも全部割れてるわ。えっ!? これ、……ドラゴンの爪痕?」
ドラゴン? ターミナルの破壊にドラゴン一族が関係してるのか?
「レイアが巨大化した理由がわかったわ。ターミナルは世界を経由するだけじゃなく、こっちの世界のシステムも管理している。それが壊れたから、等身のバランスがおかしくなったのよ」
「え? そうなの? じゃあ、レイアントはずっとこのままなのか?」
巨大なレイアントを見ると、動揺せずに、きょとん、としている。別に大きいままでも構わないようだ。
「ターミナルが修復されれば元に戻るはず。でも簡単に治せないくらい破壊されてる。十二賢者総出でも何年もかかりそうよ」
「いや、まて、ナギサ。ターミナル、起動してるぞっ!」
「ええっ!? うそっ!!」
完全に破壊されているはずのターミナル。
その亀裂が走ったモニターに光が灯る。
そこに、映しだされたのは……
「……彼女だ」
積み上げられた数百のモニターすべてに、目を閉じた彼女の顔がアップで映し出される。
ひび割れ、穴が開き、引き裂かれたターミナルのモニターで、無数の彼女が穏やかに眠っていた。
「……コアは完全に破壊されてる。モニターが動くはずないのにっ」
動揺したナギサが持っていたDVDプレイヤーを落としそうになる。咄嗟に受け止めたその刹那。
閉じられていた彼女の目が、カッ、と一斉に見開いた。
「ひっ」
俺が彼女を見ているのが、わかっているように、数百の瞳と画面越しに視線が絡み合う。
「おはよう、タクミ。ごめんなさいね。ちょっと寝過ごしちゃったみたい」
彼女の目覚めと連動するように、ターミナルが激しく光り出した。
※ タクミはナギサがアザトースの息子だと、勘違いしたままです。
椎名ユズキ 様からレビューを頂きました!
本当にありがとうございます!
やる気が充電されており、執筆に気合いが入ります!
これからよろしくお願い致します!