百六十話 ヌルマユニツカル
平和な日々が続いていた。
少し前からルシア王国で、俺のふりをしたアザトースが姿を現さなくなったらしい。
なにがあったかわからないが、一向に攻めてくる様子もなく、このまま戦いも終わるんじゃないか、と思い始めていた。
「ちぃ、ちちぃ」
ヌルハちぃもだいぶ魔力がたまってきたのか、小指サイズからお人形サイズになっている。
それでも、まだちぃちぃ、言ってて可愛さ満点だ。
「おなかすい…… あっ、ち、ちちぃ、ちぃ」
たまに普通に喋って、あわてて、元に戻すヌルハちぃ。
どうやら、俺が喜ぶので、あえてちぃちぃ言ってくれてるようだ。
嬉しいので気づかないフリをして、さりげなく料理を作り始める。
「さて、今日は何を作ろうか」
同じ料理を作るのだが、サイズは三つ作らないといけない。
ヌルハちぃ用のミニサイズ。
レイアント用のビッグサイズ。
そして、俺たち用の普通サイズだ。
今、現在、洞窟にはたくさんの仲間が集まりつつある。
ヌルハちぃにレイアント、クロエにナギサ、ダビ子にソネリオン、ヒルにエンド、そして俺の中にいるスーさんだ。
全部で十人分。
それぞれの好みに合わせて、みんなに美味しく食べていただきたい。
カレーを作った時は、甘口、中辛、辛口、激辛、とそれぞれ辛さを変え、さらに大きさも変えたので鍋がいくつあっても足りなかった。
ちなみにヌルハちぃは、ヌルハチの時は辛口だったのに、今は好みが甘口に変わっている。ちょっと不思議。そしてかわいい。
「そうだな、今日はシチューにしようか。モウ乳がまだ大量に余ってるからな」
「ちぃ、ちぃっ」
キッチンの上にいるヌルハちぃが、喜んでぴょんぴょん飛んでいる。
「ああ、そうだな。ヌルハちぃはモウ乳好きだもんな。いっぱい食べて、早く大きくなろうな」
「ちちぃ」
かわいいからずっとこのままでいてほしい、という気持ちを封印する。
たとえ、アザトースとの戦いがなくなったとしても、今後どんなことが起こるかわからない。
大賢者ヌルハチの力は、この世界に必要不可欠だ。
普通サイズとミニサイズのシチューの仕込みを終えて、外に出る。
レイアントの分は食材を大きくしてから、洞窟前の巨大鍋で作らないといけない。
ちなみに、鍋敷には十豪会で使っていた円卓を利用している。
もう十豪会なさそうだし、大丈夫だよね?
「レイアント〜、レイアント〜」
やまびこのように、山に向かって叫ぶと、ずしん、ずしん、と大きな足跡が近づいてくる。
「タクミさぁ〜〜〜ん」
うん、こちらもなんだか最初の頃より大きくなっているような気がする。戻らなかったらどうしよう。
「レイアント、今日の材料だ。いつものように大きくしてくれないか」
「はぁい、タクミさぁん」
レイアントにとっては豆粒サイズのシチューの食材が手に渡る。
それがレイアントの手の中で、ゆっくりと少しずつ、じわじわと膨らんでいく。
「タクミさぁん、いつも思うんですけどぉ、完成した料理を大きくしたほうが楽じゃないですかぁ? 大きい食材を調理するのぉ、大変ですよねぇ」
「確かに大変だけど、大きくするまでに時間がかかるから、レイアントが食べる頃には、冷めてしまうだろ? 料理はやっぱり出来たてが美味しいからな」
「タ、タクミさぁ〜〜〜ん」
感動したレイアントが抱きつこうとしてきたので、死に物狂いで走って逃げる。
「抱きつくのは禁止と言っただろっ、レイアントっ」
「ああぁ、そうでしたぁ、タクミさんの力は余りにも大きく、触れてしまった私に多大なる影響を及ぼすのでしたぁ」
な、懐かしいな。
確かレイアが初めてきたときに、抱きつかれて大怪我してからそういうことにしたんだった。
今、このサイズで抱きつかれたら大怪我どころか、圧迫死してしまう。
「お、そうだ。久しぶりにシチューに入れる芋を剥いてくれないか。このサイズなら俺より早く剥けるんじゃないか?」
「ご謙遜をぉ、大きくてもぉ、タクミさぁんには勝てませんよぉ、でもぉ、頑張ってみますぅ」
最初に芋剥き修行を始めた時はひどいものだったが、今ではずいぶんとマシになっている。
力任せにやっていたのが、ちゃんと加減を覚えたようで、本当に実戦でも役に立つようになってしまった。
小一時間ほどして、レイアントが持っていた食材が大きくなり、巨大な芋を前に包丁を構える。
レイアントも同じ大きさの物を持っているが、尺図的には普通サイズに見えてしまう。
「じゃあ、いくぞ、よ〜い、どんっ」
「参るぅ」
二人して、真剣に芋を剥く。
巨大食材の調理も何度かやっているうちに慣れてきた。
全身を使って、巨大な芋を丁寧に剥きまくる。
「さ、さすがぁ、タクミさぁんっ、は、早いぃ」
「まだまだ、こんなもんじゃないぞっ」
平和な午後の昼下がり。
いつまでもこんな日々が続いていく。
俺は迂闊にも完全に平和ボケして油断していた。
アザトースを上回る脅威が、『彼女』が、すぐそこまで近づいていることに、俺はまったく気がついていなかった。
レイアの抱きつき禁止エピソードと芋剥き修行エピソードは、(第一部 序章 二話 最速で卒業してほしい)に載ってます。
忘れちゃった人は、ぜひご覧ください(=^ェ^=)




