百五十七話 三回目のおつかいインフィニティ
「ゲートに反応がない。まさか、ターミナルが……」
まだ陽が上りきってない朝早く。
ナギサが一人、洞窟前の岩場に座り、難しい顔をしてなにかつぶやいている。
父親のことで、悩んでいるのだろうか。
ここは一人にしておこう。
気づかれないように、そっ、と静かに横道を通っていく。
「どちらにいかれるのですか? タクミさん」
「うひゃう」
突然、背後から声をかけられて、思わず変な声が出てしまう。
「レ、レイアか。いやちょっと山のほうに食材を取りに行こうと思って」
「山菜ですか? よければ私が取ってきましょうか?」
「いや、いいんだ。まだ何を作るか決めてないんだ。その場で見つけた食材で、なにか料理を作ろうと思って」
そう、最近、料理の調子がよくなってきている。
今なら昔作った料理を再現するだけではなく、今までにない新しい料理をうまく作ることができるような気がする。
「そうですか。あ、それでしたら、なにか足りないものでも買ってきましょうか」
「うーん、そうだな。あっ、そういえばヒルが毎日、モウ乳を飲むから残り少なくなっていた…… はっ!」
し、しまった。
この展開はヤバいっ!
「モウ乳がいるのですね。わかりました、私が買って参ります」
全く同じ言葉を過去二回聞いたことがあった。
一回目、自信満々におつかいに行ったレイアは、モウ本体と魔剣カルナとチハルを持って帰ってくる。
二回目、普通にモウ乳だけ買ってくると言ったレイアは、乳神スラビーを降ろして巨乳になって帰ってきた。
「い、いや、やっぱりモウ乳はいらないかな。う、うん、まだだいぶ残ってたような気がする、うんうん」
「大丈夫ですよ、タクミさん。あれから私も成長しました。ちゃんと普通にモウ乳だけ買ってきますよ」
「それ聞いたよっ!前も同じこと言ってたよっ!」
「こ、今度は大丈夫ですっ、任せて下さいっ、タクミさんっ」
「そのセリフもそっくりそのまま前に言ってたよっ!」
むふー、と鼻息も荒く、自信満々のレイア。
うん、まったくこれっぽっちも信用できない。
「いいか、レイア。今回は前の二回とはちがうぞ。今はおとなしいがアザトースがいつ攻めてくるか、わからないんだ。これ以上のトラブルはもう対処しきれない。本当の本当にモウ乳だけ買って来れるか?」
「はいっ、タクミさんっ、私、もう、モウ乳以外、何も目に入りませんっ」
そ、それはそれで危険な気がする。
「ほ、本当に大丈夫?」
「ワタシ、モウニュウ、イガイ、カッテキマセン」
急にカタコトで話すレイアに、不安はさらに増していく。
「う、うん、今日はやめとこう。モウ乳はまた今度に…… っ!! や、やめろっ、レイアっ、久しぶりに腹を切ろうとするんじゃないっ!!」
くっ、レイアがこの状態に入ったらどうしようもないっ。
「あーーー!! もうっ!! 俺にはモウ乳が絶対必要だっ!! もうモウ乳なしで、俺は生きていけないっ!! すぐに買ってきてほしいなあっ!!」
「わかりましたっ! 任せてくださいっ! 三回目のおつかい、死ぬ気で行ってきますっ!!」
ハラキリ姿勢から、瞬時に敬礼のポーズを取り、猛ダッシュでふもとの町に走るレイア。
あっ、という間に豆粒のように小さくなってしまう。
最初の時も二回目の時も死ぬ気とか言ってなかったか?
ほ、本当に成長してるよね? こ、今度こそ大丈夫だよね?
そう願いながらも、大丈夫なはずがない、と俺の心は叫んでいた。
「ただいまです、タクミさん」
前回、前々回と違い、レイアが帰って来たのは昼過ぎだった。
どうせ夜まで帰ってこないと思って、すでに山で採れた食材のしこみをしている最中だ。
「お、おかえり、レイア」
今度は何を買ってきたのか、と恐る恐るレイアを見る。
しかし、その手には、大きなビンに入ったモウ乳以外、何も見えない。
「レ、レイア。まさか、ちゃんとモウ乳だけを買ってきたのかい」
「はい、タクミさん、私、やればできる子なんですよ」
元気よく笑顔で答えるレイアに、それでも疑いの眼差しを向けてしまう。
ほ、本当か? 本当にモウ乳なのか?
なにか別の白い液体じゃないだろうな?
味見をしないとわからない。いや、味見はちょっと怖いからまず匂いから……
レイアから受け取ったモウ乳を、くんかくんか、と嗅いでみる。
間違いない。まごうことなきモウ乳だ。
「レイアっ!」
「タクミさんっ!」
あまりの感動に思わず抱き合ってしまう。
ぷにっ、と柔らかいものが胸にあたった。
あれ? レイアの胸、こんなに大きくなかったよね?
違和感を感じて、レイアの顔を覗き見る。
ぞくっ、と背筋に寒気がした。
彼女は、その口を大きく開けて、鋭い牙で俺の首筋に噛みつこうとしていたのだ。
「だ、誰だっ! レイアじゃないなっ!!」
引き剥がすように離れて、偽レイアに向かって叫ぶ。
まさか、モウ乳は本物で、レイアのほうが偽物だったとはっ。
「あら、おかしいわね、変装は完璧だったはずなのに」
「残念だが、レイアの乳はそこまでない。抱きついた時の感触は、ぷにっ、じゃなくて、ぺたっ、だっ」
「そ、そう。そ、それは本当に残念ね」
そう言った偽レイアの顔が崩れていき、本物の顔が現れる。
その胸のサイズからだいたい予想はついていたが、やはりその正体は……
「カミラっ!」
「ふぅ、仕方ないわね。やっぱり私の美貌は隠しきれないわ」
レイアの着物を脱ぎ捨てて、見せつけるように、その妖艶なボディをさらけ出す。
まずい。これはヤバい状況だ。
一対一でカミラと戦うことではない。
まあそれもけっこうピンチなんだが、それよりもっと嫌な予感が止まらない。
本物のレイア、大丈夫か?
ぞくり、と背中に嫌な気配がして、ふもとのほうを振り返った。
カミラも、何か感じたのか、こちらを襲ってこずに止まっている。
ずしん、と大きな振動がして、何かが近づいてきた。
「な、なあ、カミラ、俺、目がおかしくなったのかな?」
「あ、あら奇遇ね。私もなんだか遠近感が狂ったみたい」
『たぁくぅみぃさあぁーーんっ』
かなり遠くにいるはずなのに、レイアの声がはっきりと聞こえてきた。
そして、やはりかなり遠くにいるはずなのに、その姿もはっきりと見える。
復活したばかりのボルト山の木々を薙ぎ倒しながら、巨大なレイアが進撃してきた。
レイアがほんとに前も同じ事を言っていたかは、
第一部 二章『十一話 はじめてのおつかいインフィニティ』
第四部 序章『百九話 二回目のおつかいインフィニティ』をご覧ください(=^ェ^=)