百五十六話 龍の帰還
「ターゲット、アザトースの部下ドグマとカミラを撃退し、72柱の魔族を復活。さらに魔王の大迷宮にて、勇者エンドと合流を確認」
『世界の果て』といわれるガベル峡谷の前に立つ。
すぐ後には深々と黒いフードを被る黒装束が一人。
ドラゴン族ではわしに次ぐ、最古参の黒龍、一人息子のキリオだ。
「そうか、だいぶ安定してきたのう」
アザトースの襲来により、タクミの設定は剥がされ、勘違いは薄れていった。
それまで、この世界の中心であったタクミの物語は、徐々に脇役へと追いやられていく。
このまま放置しておけば、主人公はアザトースにとって代わっていただろう。
たが、そうはならなかった。
「ナギサが散布したものはAR2020でない。あれは二世代前のAR2018だ。設定をなくすわけでなく、一時的にその効果を消すだけだ」
さらに現実世界では、ナギサはタクミに協力して、マキエを撃退した。
おそらく、それがきっかけとなったのだ。
「ターゲットは、設定を取り戻しつつある。このままでは無敵設定のアザトースですら、手に負えん。いや、もはや戦うことすらできぬかもしれん」
「……計画通りというわけですね」
「ふん、わしが立てた計画ではないがな」
すべての計画はあの小娘、ナギサが立てたものだ。
異世界を支配して、現実世界の全人類を移住させるアザトースの計画。
それを阻止して、このまま現状を維持し、現実世界と異世界の共存を望むナギサの計画。
「わしゃ、どっちもごめんや。小娘に協力するんも、これまでや」
興奮するとやっぱ関西弁がでてまうわ。
何千年経とうがその癖は治らへん。
「いま、アザトースはターゲットを警戒して動かれへん。わしらのことなんて、気にもとめてないはずや」
そうや、チャンスは今しかないんや。
このままではあかん。
アザトースの意志を継ぐ別のもんが、異世界に現れへんとは限らへん。
現実世界と異世界を結ぶ経路であるターミナルを破壊し、完全に二つの世界を遮断するんや。
「ドラゴン一族全軍に伝えいっ。これより、我らは現実世界に進行するっ!」
キリオはただ静かに頷き、一礼する。
そうや。現実世界に未練はあらへん。
わしの世界は、この異世界や。
ここに息子がいて、孫がいて、一族がいる。
古代龍之介という名前などとうの昔に捨てたんや。
創造主も、介入者も必要ない。
我らドラゴン一族は、この異世界を誰にも渡さへん。
「全軍、準備完了しました」
キリオの後ろにズラリと並ぶドラゴン一族。
そのすべてがキリオと同じように黒装束を身に纏っている。
純粋な設定を受け継ぐのは、血族であるキリオ、カルナ、クロエの三人のみ。
残りのドラゴン達は、その姿に憧れ、変化を遂げた魔物や魔族の成れの果てや。
いや、元々、人である我々よりも彼らの方が、ドラゴンと呼ぶに相応しいのかもしれへん。
「よう集まった。誇り高きドラゴンたち。これより我らは、この世界を侵略せんとする、別の世界を制圧するっ」
歓声はない。
全員、人間形態のまま、直立不動で、わしの言葉を受け止める。
「向こうの世界ではドラゴンになることはできへん。人間形態で戦うことになるやろう。でも心配あらへん」
設定が使えるのはこの世界だけや。
あっちには四神柱や神もおらへん。
死んだものは、絶対に二度と復活せえへん。
「相手は剣も魔法も使われへん。冒険すらしたことのないボンクラどもやっ。ドラゴン一族の敵やないっ。一気に制圧してターミナル破壊するでっ」
ゆっくり、そして静かに頷く、ドラゴン一族。
大丈夫や。
コイツらと一緒ならきっと上手くいくはずや。
現実世界と異世界を切り離したら、クロエをタクミと結婚させて、異世界も支配したる。
「こっからは全部、わしらのターンや。ゲートオープン、【パスワード】ヨハン・パッヘルベル」
ヴォンッと渓谷の前に、巨大な次元の裂け目が出現する。
現実世界へのゲート。
この世界のすべてを、データにして転送する、0と1の集合体。
『やめたほうがいいよ、龍ちゃん』
聞こえないはずの声が聞こえて振り返る。
そこには、キョトンとした息子のキリオがいるだけや。
「どうなされました? 父上」
「……なんでもあらへん。ただ古い友人を思い出したんや」
彼女はもうどこにもおらん。
ほんの少しの面影すら忘れてしもうた。
「ほな、いこか。ちゃっちゃっと片付けて、龍宝焼きでどんちゃん騒ぎやっ」
ゲートを潜った瞬間、頭の中が真っ白になり、そのまま、すべてが白く染まる。
そして、気がついた時には、懐かしい顔がそこにあった。
「お久しぶりですね、古代龍之介様」
数千年ぶりに見る協力者。
【十二賢者】と呼ばれる科学者の一人が、バックアップカプセルを開き、わしをのぞいとる。
「その名前、もうちがうで」
懐かしい現実世界の身体。
まわりには、これからやってくるドラゴン一族のカプセルがズラリと並んどる。
「わしは古代龍や」
それから、42時間後。
ターミナルはすべての機能を停止した。
十二賢者のお話は「第四部 三章 閑話 久遠匠弥」で触れてます。忘れてたら読み返して見てね。