二話 最速で卒業してほしい
目が覚めたのは夜になってからだった。
いつの間にか住居である洞窟に運ばれていた。
「大師匠、お目覚めになられましたかっ」
正座をして覗き込むように俺を見るレイアを見て、夢じゃなかったことを知る。
俺が冒険者ランキング一位という悪夢は、どうやら覚めてくれないらしい。
「申し訳ありません。先だってのエンシェントドラゴンとの死闘で疲弊されているのを忘れておりました。確か、一ヶ月程、不眠不休で戦ったと聞き及んでおります」
いや、毎日8時間、ぐっすりたっぷり寝ていたけどね。
「あー、レイアさんや」
「はい、大師匠」
何から言おうか。言いたいことが多過ぎて、頭の整理ができていない。
起き上がって上からレイアを見る。レイアは正座をしたままだ。
「とりあえず、俺に触れるのは今後一切禁止です」
「えっ、あっ、わ、わかりました、大師匠」
レイアの表情が最初驚いた顔になり、つぎに真っ赤に照れて、最後に真剣な表情になった。
「今、理解致しました。大師匠の力は余りにも大きく、触れてしまった私に多大なる影響を及ぼすのですね。先程はその力を抑えようとして、無理矢理身体機能を停止させ、私を守ってくださったのでしょう。本当に申し訳ありませんでしたっ」
深々とお辞儀するレイア。
うん、何もかも不正解。
でも、面倒くさいからそのままでいいか。また、抱きつかれたら死んでしまうもの。
「よくわかったな。その通りだ」
後にこのセリフは俺の人生で最も多く使うセリフとなる。
この時、面倒くさがらず、ちゃんと訂正しておけばよかったと後々後悔することになる。
引っ込みがつかなくなり、これから先の勘違いも全部訂正することができなくなってしまった。
「後、その大師匠とか呼ぶのやめてくれないかな。そんなふうに呼ばれると身体中が痒くなるんだ」
「なんと、それではどうお呼びすれば良いのですか?」
そう言われて、アリスが俺のことをなんて呼んでいたかを思い出す。
「タクミでいいよ。あとその喋り方、作ってるよね。もっと気楽に話してくれていいよ」
「と、とんでもございませんでごじゃりまする。大師匠にそんな気楽になんて、お、恐れおおうございますです」
もう言語が崩壊している。
「とにかく大師匠は禁止。言葉は少しずつ慣れてくれたらいい」
「わ、わかりました。タ、タクミ様」
「様もいらないなあ」
「で、ではタクミさんで、か、勘弁してくださいませ」
うん、これで少しはマシになった。
あとはもう、すぐにでも弟子を卒業して出て行ってほしい。
「で、レイアさんは俺に何を習いにきたのかな?」
「た、タクミさん。私のことは呼び捨て、もしくはゴミ虫とお呼び下さい。同じ呼び方など師弟としての示しがつきません」
いや、その二択は酷すぎる。ゴミ虫とか呼べないだろう。
「レイア」
「はい、タクミさん」
お互い見つめあった後、同時に顔を背けた。
何これ、少し照れる。
「何を教わりに来たのか、でございますね。できれば、タクミさんの奥義すべてを教えて頂きたいのですが、今の私の実力では100年かかっても不可能でしょう」
「うむ。よくわかったな。その通りだ」
さっき訂正しなかったからもう訂正できない。
奥義なんてものは何一つない。得意技はあやとりとすぐ寝れることぐらいだ。
「先日、私はアリス様に弱点を指摘されました。力の制御ができないのです。常に全力で攻撃してしまうため、手加減というものができません」
なるほど、だから抱きつかれて俺は死にかけたのか。触れるの禁止にして本当に良かった。
「アリス様は、真なる強者はその実力を表に出さないものだと言われました。私は常に強力なオーラを放っている未熟者だと諌められたのです」
「確かに、レイアは強いのが丸わかりだな」
最初会った時、凶悪な魔物が来たかと勘違いした。それぐらいレイアからは、強烈な威圧感が溢れている。
「アリス様はおっしゃっておりました。宇宙最強であられるタクミさんは、その強さのかけらでさえ、表に出さず、内に秘められておられると。常人ならば肉体が粉々になるようなオーラをまるで何事もないようにコントロールされておられると」
うん、ないからね。そんなオーラ。
アリスはなんで俺のことをそんな風に思ったんだろう。
「実際にお会いして、私も驚きました。宇宙最強のタクミさんが、まるでゴブリンのごとき微弱なオーラしか放っていないことに。これまでお会いした冒険者の中でもトップクラスの雑魚にしか見えないなんて、本当に感激致しまし……あれ? タクミさん、泣いてませんか?」
「な、泣いてない。目にゴミが入っただけだ」
そうか、俺ってそんなにショボかったんだ。
まあ実際、ギルドランキングも五〇〇位だったが、パーティーに入る前はぶっちぎりの最下位だった。
わかっていたけど、そこまで酷く言われると少しヘコむ。
「強大なオーラのコントロール。きっと血の滲むような修行の末、身に付けられたのでしょう」
「よ、よくわかったな。そ、その通りだ」
ちょっと涙声で答える。
「どうか私にもその手ほどきをお願いできないでしょうか」
「俺の修行は厳しいぞ」
「望むところです」
望まないで欲しいなあ。
なんかすっごい熱い視線を感じる。
どうしよう、教えることなど何もない。勝手に身に付けて早く帰ってくれないかなあ。
「まあ、今日はアレだ。夜も遅いし、飯にして修行は明日からだ。レイアはご飯を作れるのか?」
「いえ、申し訳ありません。生まれてから此の方、剣のみに生きて参りました」
うん、なんだかそんな感じがしていた。
仕方ない。そこもゆっくり教えていこう。
「じゃあ、芋の皮だけ剥いててくれる? こんな感じで」
カゴに入っていた芋を取り出し、ナイフでしゅっ、と削るとレイアは目を輝かせた。
「これはアレですね。一見料理を作らせるように見せかけて、実は修行の一環という有名なやつですね。さすが、タクミさんですっ」
なんか勝手に興奮している。
全然違うけど、そういうことにしておこう。
「うむ。よくわかったな。その通りだ」
後にこの修行が伝説の修行となり、世界的に有名になるなんて、この時の俺には想像もつかなかった。