百五十話 龍宝焼き
「こ、これが大賢者ヌルハチ」
「ち、ちぃちゃいな」
「ちちぃ」
洞窟に戻ったレイアとクロエがちっちゃくなったヌルハちぃを見て、驚いている。
これでも最初見た時より、ずいぶんと大きくなったほうだ。
指先サイズから、手の平サイズにアップしている。
順調に魔力を取り込んでいるようでなによりだ。
「こんなに小さくては、戦力としては期待できませんね。アリス様も見当たらないし、今、アザトースに攻め込まれたら前回のように……」
「大丈夫。しばらくアザトースはやって来ない。約束したわけじゃないが、休戦しているような状態だ」
こっちには、複雑な事情を抱えた息子がいる。
人質とかに使うつもりはないが、いざとなれば直接交渉も可能だろう。
「とはいえ、少しでも早く戦力は整えたい。クロエ、アリスの匂いを追跡できないか?」
クロエが最初にこの洞窟にやって来れたのは、転移の鈴にこびりついた俺の匂いを辿ってきたからだ。
彼女の鼻力なら、アリスがどこにいるかわかるかもしれない。
「アリス殿の匂いが強くついているものがあるなら、わかるかもしれませんが……」
「これなら、どうだ?」
アリスが長年愛用していた聖剣タクミカリバー。
マキエに砕かれてしまったが、その破片、握っていた塚の部分を山で見つけて回収してきた。
「確かにこれなら、アリス殿の匂いがこびりついてますね。ちょっと匂ってみます」
聖剣タクミカリバーの塚を鼻に当て、くんくんと匂うクロエ。
「こ、これは」
くんくんから、さらに激しいすーはーに変わる。
「わ、わかったのかっ、クロエっ!」
「い、いえ、アリス殿の匂いに混じってタクミ殿の匂いがっ、ああっ、なんやろこれっ、めっちゃいいっ」
クロエがちょっといっちゃってる顔で、スハスハ匂い出す。
レイアが後からぱかん、とその後頭部を叩いた。
「クロエっ」
「はっ、あぶない、うち、変な世界にいきそうなってしもたっ」
レイアが無言で、俺の首にかかった「スケベ猛反省中」のプレートを外し、クロエの首にかける。
彼女も、無言でそれを受け入れた。
「……で、アリス様は追跡できそうなの?」
「匂いはわかったから、近くにいればわかるんだけど…… やっぱり、この山の周辺にはいないみたい」
「そうか、ありがとう、クロエ」
やはり、アリスは近くにはいないのか。
それなのに、どうしても、その存在を近くに感じてしまう。
「たぶん、アリスは大丈夫だ。俺たちがピンチの時には、きっと帰ってきてくれる」
根拠はないが、ほとんど確信のようにそう思えた。
「……今は他に協力してくれる人を集めよう。十豪会のメンバー、リックや魔王、エンドやミアキスがいれば心強い」
「バルバロイ会長が転移魔法で飛ばした人たちですね。現在、所在地がわかっているのは……」
「残念ながらザッハしかわかってない。ソネリオンは、かなりの魔装備を装備して、強くなっていると言ってたけど、そんなに期待しないほうがいいと思う」
「……ザッハですもんね」
「う、うん、ザッハだからな」
レイアも同意見のようで、二人とも、うんうんと力強く頷いている。
「あ、そういえばクロエ、ドラゴンの一族はどこにいるんだ? 古代龍の所にはいなかったみたいだけど」
「スケベ猛反省中」のプレートをぶら下げたクロエに聞いてみると、ゆっくりと首を横に振る。
「それが、じいちゃんと一緒に、一族全員でどこかに向かったようで……」
「え? クロエだけ置いてかれたのか?」
「はい。しばらく戻れない場所に行くと言っておりました。タクミ殿の側にいるために我は洞窟に残らせてもらったのです」
真剣な顔でそう答えるクロエだが、プレートがすべてを台無しにしていた。
「……一族ごとか、いったいどこに行ったんだろう」
「わかりません。我には目的地を告げずに向かわれました。じいちゃんがたまにいなくなることはあったのですが、一族ごといなくなるのは初めてです。アリス殿と同じく、追跡ができないので、かなり遠くまで行っているものだと思いますが……」
かなり、遠く、か。
ルシア王国からでているのか。
いや、古代龍は元々、向こうの世界にいた俳優、古代龍之介だ。
もしかしたら、向こうの世界に行っている可能性も……
「……今は考えても仕方ないな」
クロエのじいちゃんだ。
目的はわからないが、少なくとも俺たちの敵に回ることはないだろう。
うん、間違いない。
「それではタクミさん、私たちは、さっそく十豪会メンバーの探索を始めますね」
「いや、せっかく久しぶりにみんなが集まったんだ。今日はゆっくりして、明日から頑張ろう。とっておきの料理も用意している」
「えっ、ほ、本当ですかっ、タクミさんっ」
まだどんな料理かも言ってないのに、想像だけでレイアの口元からは、たらりとヨダレがこぼれている。
「向こうの世界で食べた料理を覚えてきたんだ。ソネリオンに頼んで鉄板も用意してもらった」
マキエと一緒に色んなものを食べてきたが、一番印象に残ったのは、最初に食べたあの料理だった。
「きっとみんな気にいると思う。すぐに出来るから待っててくれ」
材料はすでに用意していた。
あとは焼くだけなので、料理の設定がなくなった俺でも、レシピさえ完璧なら、同じように調理できる。
キッチンのかまどの上に鉄板を置いて、千切りしたキャベと生地を平たく広げ、薄く切ったラビ肉を置いていく。
炭水化物と炭水化物の夢のコラボレーション。
そう、新世界で食べたお好み焼き定食だ。
「タ、タクミ殿っ、それはっ!」
料理ができる前に騒ぎだしたのは、レイアではなく、プレートをつけて反省中のクロエだった。
「……もしかして、クロエ、この料理を知っているのか?」
「は、はい、それはドラゴン王家にしか伝わらない一子相伝の伝統料理。大きなお祝い事やお祭りの時にしか食べられない龍宝焼きです。門外不出のはずなのに、どうしてその料理をタクミ殿がっ」
何千年も前に過去転移していた古代龍は、しっかりとお好み焼きを一族に伝えていた。
「古代龍の故郷に行ってきたんだ。ゆっくり話すよ。向こうの世界のこと。ドラゴン一族の設定のこと。お前のじいちゃんのこと」
鉄板で、じゅー、とお好み焼きが焼けていくのをクロエがじっ、と眺めている。
背後からレイアが優しい瞳で、クロエにかかっていた「スケベ猛反省中」のプレートを、そっ、と外してあげていた。




