百四十八話 タクミ反省中
タクミ ➡︎ アザトースの息子がナギサで女装していると勘違いしている。
「あれ? アザトース帰ったの?」
ナギサがヌルハちぃを持ちながら奥の部屋から戻ってきた。
「ああ、うん、さっき帰ったよ。ナギサのことをすごく心配してたぞ」
懐かしいメロディーを一通り歌った後、アザトースは無言で帰って行った。
寂しそうな背中からは哀愁が漂っていた。
あの様子なら、しばらく攻めてくることもないだろう。
「え? なんで? 裏切った部下を心配するような男じゃないんだけど……」
親子でも、上司と部下としての姿勢を貫いているのか。
俺が思っている以上に、ナギサとアザトースの親子関係は複雑なのかもしれない。
「そんなことはないぞ。ナギサがこんなことになっても、その愛はまったく変わらないように見えたよ」
「えっ、うそっ、アザトースが私のことをっ!?」
本当に親の愛を感じずに育ってきたのだろう。
もしかしたら、ナギサは寂しさを紛らわすために女装しているのかもしれない。
それにしても、ナギサはどう見ても女の子にしか見えない。
「本当に、よくできてるよな」
先に弁明しておこう。
無意識である。
あまりにも本物にしか見えないので、ついつい手を伸ばしてしまったのだ。
俺の指先がナギサの胸に触れる寸前に、アゴに強烈な衝撃が炸裂した。
「な、な、な、な、何するのっ! タッちんっ!!」
ナギサが真っ赤な顔で、左手で胸を押さえている。
右手は、俺のアゴを撃ち抜いたアッパーカットの姿勢のままだ。
「い、い、い、いまっ、む、む、む、胸触ろうとしたよねっ!?」
「い、いやすまん。ちょっとどんなふうになってるか確かめたくて」
どんっ、と今度は後頭部に激しい衝撃が走った。
『ブブブブンブブンッ、ブオンオオッ!!』
そんなもん確かめちゃ、ダメでしょっ!!
洞窟の外で待機していたはずのダビ子が、ウィリーしながら突入して、ぶつかってきた。
「え? やっぱりさわったらダメなのか?」
「あ、あ、あ、当たり前じゃないっ!!」
『ブ、ブ、ブ、ブォオォオォオォンッ!!』
すっごい怒られてる。
やっぱり偽乳でも、触ってはいけないものだったのかっ。
「ちぃっ!!」
いつのまにか足元にヌルハちぃがきて、杖でポカポカと俺の足を叩いている。
「ご、ごめん。ヌルハちぃ。違うんだ。決してスケベな気持ちじゃない。ただ純粋にどうなってるか興味があっただけなんだ」
「わ、わ、わ、私の胸にっ! な、な、な、なんでっ!?」
女装している男を見るのは初めてだった。
話には聞いたことがあるが、こっちの世界では、ここまで完璧に変身している者はいないだろう。
ナギサの女装は、おそらくあっちの世界における最新鋭の技術によるものだ。
もしかしたら、これからの戦いに役に立つ技術かもしれない。
「ナギサの胸が世界を救うかもしれないからだ」
俺のアゴに再びナギサのアッパーカットが炸裂した。
「おやおやおやおや、どうしたのですか? タクミ様」
洞窟前にソネリオンがやってきて、地べたに正座で座っている俺を見た。
『スケベ反省中』
俺の首にはそう書かれたプラカードがぶら下げられている。
「スケベなこと、したんですか?」
「してないよ。未遂だったし、スケベなつもりもなかったよ」
本当ですか? みたいな目で見られて思わず、フイと目を逸らす。
「ダメですよ、タクミ様。女性はデリケートに扱わないと」
「い、いや、正確には女性じゃないんだけど、それでも反省しています、はい」
これからは女装男子もちゃんと女子として紳士的に対応しよう。うん。
「ところでソッちんはどうしてここに? もう引っ越しの準備が終わったのか?」
できれば永遠に終わらないでほしいが聞いてみる。
「いえいえ、残念ながらまだ準備中です。ご報告があってまいりました」
「ご報告?」
「はい、タクミ様の行方不明になっているお仲間の居場所がわかりました」
行方不明になっている仲間?
もしかして……
「アリスの行方がわかったのかっ!?」
「いえ、アリス様の行方は未だわかりません。判明したのは、レイア様とクロエ様です」
レイアとクロエ?
ナギサの報告では、二人ともアザトースによって倒されたと言っていた。
「二人の遺体が見つかったのか?」
「いえ、二人とも生存しています。古代龍の洞窟にて、療養しているようです」
「そうかっ! 生きていたのか、二人共っ!!」
死んでいても、朱雀の力で復活できたが、生きているに越したことはない。
だいたい、朱雀がなぜ俺の中にいるかもわからないし、いついなくなっても不思議ではないのだ。
「あとはアリスさえ見つければ、パーティー全員集合だな」
カルナとサシャは、まだアザトースの所にいるが、無事なのは確認されている。
うまくナギサとアザトースの親子関係を修復させれば、無条件で返してくれるかもしれない。
「よし、俺はこのまま古代龍の洞窟に向かう。ソッちんは、なんとかアリスを見つけ出してくれ」
「かしこまりました、タクミ様。魔装備のすべてを使い、必ず見つけてご覧にいれましょう。あっ、タクミ様っ」
まだソネリオンが話していたが、流行る気持ちを抑えられず、駆け出していた。
久しぶりにレイアとクロエに会える。
失っていた日常が戻ってくるような、そんな嬉しさが俺から冷静さを奪っていた。
『スケベ反省中』のプレートがかかったままだと気がついたのは、二人と再会してからのことだった。




