十六話 魔剣さんの秘密
ゴブリン王のダミーを追っていたレイア達が帰ってきたのは、朝になってからだった。
チハルは疲れたのか、レイアに抱っこされて眠っている。
クロエは人間形態に戻り、ゴブリン王のダミーを引きずって持ってきていた。
「申し訳ございません。ようやく追いつき捕まえたのですが、偽物で御座いましたっ」
「ああ、大丈夫だ。もうここに来ないと誓わせた」
「えっ!」
「う、嘘やんっ」
レイアとクロエの目が点になる。
「つ、捕まえたのですか? 本体を」
「うむ、めっちゃ泣きながら謝ってた」
「さ、さすがタクミさんです。我らがダミーに騙されている中、簡単に本体を見つけられるとはっ」
向こうが勝手に勘違いして、出てきただけなんだけどね。
「しかも、逃げる度に強くなるゴブリン王をあえて見逃すとはっ。タクミさんはまたいつでもやって来い、俺はここで強くなったお前を待っている。そんな裏メッセージを込めて逃したのですねっ」
「よ、よくわかったな。その通りだ」
いや、なんだよ、裏メッセージって。
普通に出禁にして、逃したよっ。
でも面倒だからいつものセリフで終わっておく。
「まあ、みんな、ご苦労だった。クロエ、昨日、芋のスープを作ったんだが、食べていくか?」
「いいのですかっ、是非、ご相伴にあずかりますっ」
クロエを洞窟の中へ招こうとした時だった。
右手に持っていた魔剣さんにクロエが注目する。
「タクミ殿。差し出がましいのですが、よければその魔剣、我に預けては下さいませんか?」
ぴくん、と魔剣さんが反応する。
そういえば、クロエは魔剣さんを封印されたドラゴン族の面汚しと言っていた。
「預けたらどうするの?」
「……叩き折ります。我のこの手で」
『……』
魔剣さんは沈黙している。
「詳しい話を聞かせてくれるか?」
「はい、食事の後に」
大事な話みたいだが、どうやら食欲のほうが優先されるようだ。
「かつてドラゴン一族に一人の天才がいました。その才は、やがて古代龍をも超えると言われ、次期ドラゴン王候補として、皆の期待を一身に受けて育っていきました」
出だしから話が長い。
難しい話はタクミさんにお任せします。
レイアはそう言って、チハルを抱いたまま、早々に退散した。
お前が買ってきたんだけどな、魔剣さん。
「しかし、その天才はやがてその才に溺れ、愚行を繰り返します。いつしか天才は邪龍と呼ばれるようになり、本当の名を剥奪され、ドラゴン一族から追放されました」
「……邪龍」
「そうです。邪悪な龍と書いて邪龍です」
じっと魔剣さんを見る。
『そ、そんな邪悪やないで。誤解やで』
そういえば必殺技の名前、邪龍暗黒大炎弾だった。
いや、めっちゃ邪悪じゃないか、魔剣さん。
「追放された邪龍はそのことを逆恨みし、『ざまぁ展開にしたるわっ!』と叫びながらドラゴン一族に喧嘩を売る日々を続けました。そして、ついに我ら一族の怒りは頂点に達し、邪龍を魔剣に封じ込めた次第です」
『お、おかしいな、そ、そんなん言うた記憶ないねんけどなぁ』
……絶対言ってるな、これ。
「それが我が姉、邪龍カルナです」
「えっ、姉っ!?」
「そうです。その魔剣の名はカルナ。忌むべき我が姉にございます」
姉っ!?
衝撃の事実に思わず魔剣さんを二度見する。
『ほんまや、クロエはうちの妹や』
そういえば、魔剣さん…… カルナもクロエと同じ、漆黒だ。どことなく、形状も似ているような気がする。
そう思うとなんだか、鞘とか柄が色っぽく見えてしまう。これ、俺握ってて大丈夫なのか? 触っちゃいけない部分とか触ってないよね?
「姉妹なのに、クロエはカルナを叩き折るのか?」
「はい、我が愚姉は封印されながらも、力を吸収し、復活を企んでおります。我はそれを阻止しなければなりません」
「復活したらまずいのか?」
「また、悪行の限りを尽くすでしょう」
「本当か? カルナ?」
『いや、もうそんなんせえへんよ。めっちゃ反省してる。ほんまごめんやで、くーちゃん』
なんだかカルナがしょんぼりしている気がする。
嘘をついているようには見えないのだが……
「タクミ殿、先程からカル…… 魔剣と話しておられませんか?」
「ああ、話しているが、やはりクロエには声が聞こえていないのか?」
「はい、恐らく、魔剣が真に主人と認めた者しか話せないのでしょう。世界でその声を聞けるのはタクミ殿一人と思われます」
持ったものの力を吸い取る魔剣。
皮肉にも誰もが装備できず、カルナはずっと一人ぼっちで過ごしてきたのか。
「どうですか? わ、我のことをなにか言ってはおりませんか?」
やはり姉妹なのだ。本当はお互い争いたくなどないのだ。
「もうそんなんせえへんよ。めっちゃ反省してる。ほんまごめんやで、くーちゃん。て、言ってるぞ」
カルナが言った言葉をそのまま伝える。
「……カルねえ」
クロエの顔が一瞬、優しい表情になる。
だが、すぐにビシッと引き締まる。
「し、信じたわけではありませんが、タクミ殿が持っておられるのなら今日のところは目をつぶりましょう。どうせ、復活して悪事を働こうとも、タクミ殿なら簡単に成敗できますからねっ」
出来ないけどな。
『でけへんけどな』
心のつぶやきとカルナの声がかぶった。
クロエが帰ってから、しばらく経った昼下がりの午後。
一晩中、ゴブリン王を追っていたレイアとチハルは藁の上で重なるように眠っていた。
「タクミぃ…… むにゅむにゅ」
チハルが寝言で俺の名前を呼ぶ。
『……後で話す、今は時間がない』
ゴブリン王の戦いの時のチハルの変化は気になるが、別に焦る事は無い。チハルの正体がなんであれ、今、現在、チハルは可愛い。それだけでよかった。
天気も良いし、ハンモックを吊るして俺も寝よう。
そう思って外に出た時だった。
一羽の伝書バートが飛んできて、洞窟の前に封筒を置いていく。
手紙など十年間、一度も届いていない。
黒い封筒に赤の封蝋がされている。
嫌な予感がするが、開けないわけにもいかず、封筒を無造作に破る。中を見ると一枚のハガキがはいっていた。
【冒険者ランキング一位から十位の皆様へ。
始祖の魔王、復活のお知らせに伴い、十豪会を開催いたします。速やかにギルド本部へとお越し下さい。
冒険者ギルド 会長 バルバロイ・サウザ】
とりあえず見なかった事にして、俺は昼寝をする事にした。




