百四十五話 シルバニアヌルハちぃ
ソネリオンが村に向かいヌルハちぃと二人きりになる。
「ちぃちぃ」
カルナやダビ子の声は普通にわかるのだが、ヌルハちぃが何を言ってるのかまったくわからない。
そのことに納得いかないのか、ばんばん、とテーブルを両手で叩いている。
うん、何をしていても可愛らしい。
「ちぃ、ちちぃ」
とりあえず、なにかほしいものがあるみたいなので、手当たり次第に持ってくることにした。
座布団。まくら。ベッド。お皿。お箸。ティーカップ。
全部ミニチュアで作ってみた。
設定が剥がれて料理の腕は落ちたが、手先の器用さは大丈夫なようだ。
「ちちぃ、ちちちぃ」
どれが正解だったかわからないが、ヌルハちぃがすごく喜んでくれている。
小鳥とか小動物を飼うとこんな気持ちになるのだろうか。
ベビモはどっちかというと、大動物だったからなぁ。
「あっ!」
「ち、ちぃ?」
突然、声を上げたのでヌルハちぃを驚かせてしまう。
「ごめんごめん、なんでもないんだ。ちょっと思い出しただけで」
「ちぃ」
うん、すっかりとベビモのことを忘れていた。
アザトースたちが、攻めてきた時、山にいたはずなんだけど……
「ヌルハちぃは、ベビモを見なかった?」
「ちぃ」
小さく頷くヌルハちぃ。
もしかしたら、行方不明になっているアリスと一緒にいるのだろうか。
大草原の戦いの前も、一緒にやって来たし、どうせならまとめて戻ってきてほしい。
「ちぃ、ちぃ、ちぃ」
ヌルハちぃが、お皿をお箸で叩いている。
「ん? お腹すいたのかな?」
「ち!」
お箸で食器を叩いてはいけません。
お行儀が悪いが、今までにないくらい元気な返事がかえってきた。
「よし、腕によりをかけて、とっておきのオムライスを作ってやるぞ。超ミニで」
「ちちぃー」
しばらくしたら、ヌルハちぃの言葉も全部わかるのではないだろうか。……そんな気がした。
「こ、これが大賢者ヌルハチ」
ソネリオンの連絡が伝わり、ナギサとダビ子が洞窟にやって来た。
俺とソネリオン以外はほとんど乗せないダビ子だが、ナギサとは何やら契約を交わしているらしい。
どんな契約か聞いたら、女の子同士の秘密を聞くもんじゃないよ、とダビ子に怒られた。しょぼん。
「服や杖まで全部小さくなってる。どうなってるの?」
「さあ? 細かいことはわからないよ」
「ちぃ」
元気に答えているが、ヌルハちぃ自身もよくわかってないのだろう。
でも、堂々と胸を張ってドヤ顔している。かわいすぎ。
ご褒美にデザートをつけてあげよう。うん、そうしよう。
「タッちん、顔がにやけてて気持ち悪いんだけど」
「仕方ないじゃないか。かわいいは正義だ」
「ちちぃ」
ヌルハちぃも、その通りと言わんばかりに、杖を握った手を高々とあげてくれる。
ヤバい。向こうの世界からカメラ持ってくるんだった。
メモリーに保存しておきたい。
「あのさ、大賢者こんなんで戦力にならないし、アリスは行方不明だし、レイアやクロエも見つからない。今、アザトースが攻めてきたら、完全にアウトだよ。わかってるの?」
「うん、けどアザトース全然来ないし、大丈夫だよ。ね〜、ヌルハちぃ」
「ちぃ〜」
俺が横に首をかたむけると、ヌルハちぃも同じポーズをとってくれる。
うん、戦力にならなくていい。ずっとこのままでいてほしい。
しかし、ナギサは背後から俺の頭をぱかん、とはたく。
「ね〜、じゃないわよっ! 向こうが何の準備もしてないと思ってるの? 次に来るときは、私たちを完膚なきまで叩きのめす自信ができたときよ」
「うわぁ、やだなぁ、もう忘れてくれないかなぁ」
こっちで戦えるのはナギサ一人。
生き返ったばかりのバルバロイ会長もまだ本調子ではないらしい。
うん、いまでも完全に叩きのめされてしまう。
「ファイナルタクミクエストン事件から、かなり警戒してくれてるけど、山まで復活させちゃったし、そろそろ来るころだと思うわ。まずはこの洞窟に、散らばった十豪会メンバーを集めるべきね」
「ソネリオンはザッハとしか連絡取れないって言ってたな。他はかなり遠くに転移したみたいだ」
バルバロイ会長が山の跡地で拾った転移の鈴は、返してもらっている。
これで、ヌルハちぃを呼ぶことができたが、他の十豪会のメンバーは呼べないのだろうか?
「ヌルハちぃ、この鈴、まだ魔力残ってる?」
「ちぃち」
ぷるぷる、とヌルハちぃが首を横に振る。
「そっかぁ、残ってないかぁ、仕方ないねぇ」
「仕方ないじゃないわ、大賢者が復活したら探索魔法でいくらでも探せるのにっ」
うん、けどそれよりもヌルハちぃがかわいいことのほうが大事だ。あわてない、あわてない、ひとやすみ、ふたやすみ。
「はぁ、今は地味だけどしらみ潰しに探していくしかないわね。シスターズのヒルに期待しとくわ」
「え? ヒルが探してるのか? 大丈夫なのか? 一人にして」
「うん、もう向こうに戻ることはないわ。色々と話したからね」
ダビ子と同じように、また秘密の契約を交わしたのだろうか。
ナギサは俺に何か隠している気がする。
いや、あえて肝心なことを言ってない感じだ。
それでも俺はナギサを信用するしかない。
彼女がいなければ、逆転の一歩すら踏み出せなかった。
「よし、アザトースのことは全部任せた。俺は今から最重要任務に着手する」
「え? なに? タッちん、なんかすごいこと思いついたの?」
期待に満ちたナギサの肩を、いい笑顔でぽん、と叩く。
「今からヌルハちぃのミニチュアハウスを作ります!」
ぱちぱちぱち、とヌルハちぃが小さな拍手をしてくれる。
今度はちょっと強めに、ばかんっ、と頭をはたかれた。
「ちぃ!」
ヌルハちぃがナギサに怒ってくれて、かわいうれしい。
ああ、いいなぁ。このままずっとほっこり暮らしていきたいなぁ。
だが、そんな希望は一瞬で打ち砕かれた。
突然、目の前にポッカリと穴が出現し、中から何かが現れる。
それは、今まで見た彼とは、明らかに容姿が変わっていた。
人の形をした異形の闇が、魔剣カルナを腰に据え、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「ア、アザトースっ!!」
ほっこりの終わりを告げるナギサの声が、洞窟内に響き渡った。




