百四十三話 鞘の残り香 鈴の音
目の前に広がるボルト山は、完全に再現されていた。
10年間、暮らしてきたからだろうか。
木の本数や葉っぱ一枚まで、すべて元通りになっていると確信することができた。
「すごいな、朱雀。人間だけじゃなく、自然のものまで、ここまで復活できるのか」
復活させる時に、かなり熱かったけど、うん、地獄の業火で焼かれるくらいとんでもなく熱かったけど、これくらいで済めば安いものだ。
「四神にとっては、人も自然も同じカテゴリーということなのでしょうね。どうやら私の仮説は間違っていないようです」
少し離れた位置で、ソネリオンも山を見上げている。
「仮説? 成功するってわかっていたのか、ソネリオンさん」
「……」
め、めんどくさい。まだ継続していたのか。
「成功するってわかってたのか、ソッちん」
「そうですね。だいたいの予想はついていました」
むう、チョビ髭、ひっこ抜きたい。
「朱雀がバルバロイ会長を復活させた時、服も一緒に再生されていたでしょう。生命を復活させているというより、消えてしまった情報を、そのまま戻しているという感じでした」
「よくわからないけど、向こうの世界でそういうの聞いたことがあったな。データだったかな?」
「……データ。なるほど、しっくりとくる言葉ですね」
ソネリオンは、そう言ってまた何かを考えているようだった。
色々と詳しく尋ねてみたいが、後回しにしよう。
今は失った仲間のほうが大切だ。
「洞窟のほうまで行ってみる。ソネリ…… ソッちんはもう帰るのか?」
「いえ、お邪魔でなければご一緒させて下さい。まだまだ検証が必要ですので」
「そ、そうか。じゃあ痕跡を探すのを手伝ってくれ」
ソネリオンの目的は明らかに俺たちと違う。
仲間を集めて、アザトースを倒そうなどとは思っていない。
アザトースが創造した、この世界の成り立ちを探ろうとしているように思える。
それも、おそらく、魔装備の仕組みを知るために、だ。
「……魔装備を復活させればどうなるのか、非常に興味がありますね。カルナさんは、粉々に砕けたそうですが、中に入っていた魂はどこにいったのでしょうか?」
山を登る間もソネリオンは、ずっと俺に話しかけてくる。
「ただの魔剣ソウルイーターとして復元されるのか、ドラゴン一族のカルナさんとして復活するのか、それとも再び魔剣カルナとして戻ってくるのか、うーん、まったく予測がつきませんね」
カルナだけじゃない。
ナギサの話では、ヌルハチは限界まで魔力を使い切り完全に消滅したといっていた。
そんな状態から、ちゃんと元通りに復活できるのだろうか。
数時間歩き、洞窟に到着する。
ずっと1人で暮らしてきた時のものではなく、大勢が住めるようにヌルハチが改装した洞窟だ。
豪華なキッチンやテーブル、食器まで元に戻っている。
「こんなに細かく再現されているのに、ヌルハチたちは復活していないんだな」
「そうですね。動物や虫などは再生されていますが、人物は別のようですね。……だとすると山にいたものが復元したのでなく、最初から山にあったものが復活したということでしょう」
うん、よくわからない。
どちらにせよ、みんなを復活させるには、肉体の一部が必要になりそうだ。
「とりあえず、アザトースたちと戦闘した付近を探してみよう。ソネ…… ソッちんは魔装備の残骸を見つけることはできないか?」
「なにか、カルナさんの匂いが強く残ったものがあれば、見つけられるかも知れませんが……」
えっ? 匂いでわかるのっ!? ちょっと気持ち悪い。
そういえば、カルナが入っていた鞘は、まだ腰に残ったままだ。
しかし、果たしてこれをソネリオンに渡していいのものだろうか。
匂いを嗅がすために渡してたとわかったら、後でカルナにめちゃめちゃ怒られそうな気もするが…… うん、緊急事態だし、仕方がないよね?
「おお、これなら匂いが染み付いてますねっ。バッチリですよ、タクミ様」
ソネリオンがカルナの鞘を鼻に近づけて、目を閉じておもいっきり吸い込んだ。チョビ髭が鼻息でなびいている。
想像以上にやばいな、この絵面。カルナにバレたら殺されそうだ。絶対に内緒にしておこう。
「ど、どうだい、ソ…… ソッちん。カルナは見つかりそうかな?」
「いえ、おかしいですね。少しでも破片が残っていれば、わかるはずなんですが、まるで匂いがしない。もしかしたら、すでに誰かが持ち去ったのかもしれません」
山がなくなる前にカルナを持っていくことができるのは、一人しかいない。
「アザトースがカルナを持っていったのか? いったいなんのために?」
「アザトースはタクミ様に成りすまし、ルシア王国の国王になっています。偽物とバレないために、タクミ様がいつも持っていた魔剣カルナを所持している、というのが妥当でしょう」
そうか。だったらカルナは、サシャと同様、アザトースの元で生きているのか。
なんとか、2人とも助け出さないと。
「うん、やっぱり最初はヌルハチを探さないといけないな。ヌルハチが生き返れば、探知魔法でレイアとクロエも見つける事ができるんじゃないかな?」
「確かにそうですね。しかし、魔力の枯渇によって消滅した彼女の痕跡を、どうやって見つけたらいいのでしょうか」
やはり、そこが1番の問題点だ。
そもそも、魔力を使いきっても普通は消滅しない。
魔力の残量で肉体は変化しないはずだ。
魔王の器となって、何千年も生きていたヌルハチの身体は、もしかしたら精神体に近いのかもしれない。
「ソッちん、カルナみたいに、匂いで追跡できないか?」
「申し訳ありません。可愛がってきた魔装備の匂いしかわかりません」
「そ、そうか、そりゃ残念だ」
カルナの鞘と同じく、腰にはヌルハチがくれた転移の鈴が残っている。
これで匂いを辿ってくれればと思ったのだが……
「おお、タクミ様っ、その鈴、もしかして転移の魔法が込められていませんか?」
「え? いや、そうなのか? 確かに鳴らしたらヌルハチが転移してくるけど、鈴自体にそんな力があったのか?」
てっきり、鈴はヌルハチを呼ぶためのチャイムみたいなもので、ヌルハチがその都度、転移魔法を使っているのだと思っていた。
「ええ、魔力が内部に封じられています。これは実に興味深い。魔装備とも通ずるものがあります。鳴らしてみたら如何でしょうか? ヌルハチ様が来なくても、なにかの痕跡が転移してくるかもしれませんよ」
「そうだな。ほんの少しでもヌルハチの一部が転移してくれたら……」
今まで、どんなピンチの時でもヌルハチはやってきてくれた。
デウス博士に転移魔法を封じられた時ですら、魔法を使わず走ってきてくれた。
想いを込めて、転移の鈴を静かに揺らす。
澄み渡るような綺麗な音が、チリン、とボルト山に鳴り響いた。




