閑話 朱雀
ここは一体どこなのだろうか?
気がつけば、えらく居心地の悪いところに閉じ込められていた。
おかしい。
つい先ほどまで、創造主の領域にいたはずだ。
ワレの見事な仕事で粉々になった魔剣カルナを復活させ、創造主は大層、ご満悦だった。
それが、突然、何かが書き換えられたような感覚と共に、どこか別の場所に転送されてしまった。
創造主の側にいた時の安心感はなくなり、例えようのない不安感に襲われる。
必死になって、もがき出ようと暴れたが、抜け出すことはできなかった。
ただ、羽だけが、ばさっ、と外にはみ出している。
「……あのさ、タッちん、ずーーっと気になってたんだけど、なんか羽はえてない?」
「ええっ!?」
新しい宿主が振り向いて、確認しようとするので羽を引っ込めた。
「羽って、あの天使みたいなやつ!?」
「いや、もっと、ふぁっさーー、としたやつ、あれ? なくなった? 紅く光る羽がたまーに、見えるんだけど」
「えっ? なにそれ? 超こわい」
無礼なっ!
ワレは偉大なる四神の神獣、朱雀であるぞ。
創造主アザトースが造りだした、全ての生と死を管理する最重要システムだ。
ワレの発動範囲内で亡くなったものは、データとして保存され、いつでも復活させることができる。
数千年前に亡くなった勇者も復活させることができた。
大草原では、数えきれないほどの人間たちを生き返らせた。
ワレはとても優秀かつ有能なのだ。
これからも、創造主の元でこの世界を管理し、永劫なるシステムとして、君臨する……
……はずだったが、どうしてこうなった?
『な、なんでっ!? アタシ、なんで、こんなの書いてるのっ!? 心の声、魔力と一緒にダダ漏れじゃないっ! ち、違うからねっ! そんなこと思ってもないんだからっ! あーーっ、もうっ!! 全部変えないといけないじゃないっ!!』
魔装備のバイクが慌てて、地面の文字を改変するように、来た道を逆走していた。
照れているのか。
真っ黒だったバイクが炎のような紅蓮に染まっている。
「なんて書いてあったのか、ちゃんと読みたかったな」
『う、うっさい、ブッ飛ばすわよ』
ワレは何を見せられているのだろうか。
くだらないラブコメを見るために、ここにきたのか?
いやだ。出してくれ。
ワレはいますぐにでも、創造主の元に帰りたい。
超必死にもがいてみる。
ボンクラな宿主の背中から出た羽を、これでもかっ、とばかりに、バサバサっ、と激しく動かす。
『おい、バタバタうるさいぞ…… って、なんだよ、それっ!? 羽が生えてめっちゃ動いてるっ!!』
「ええっ!? うそ、マジでっ!! こわいっ、こわいっ!! とってっ、ダビ子、それ、もぎとってっ!!」
『あ、ひっこんだ』
騒ぎ出したので、いったん羽を引っ込める。
ダメだ。
ワレの身体は、宿主と融合してしまったかのように抜け出せない。
いったい、誰がこんなことをしたのか。
間違いなく、この間抜けな顔の宿主じゃない。
どこか、知らないところで、何者かがワレを罠にはめているっ!
……いいだろう。
四神柱の頭、朱雀の力をみるがいい。
必ず、ここから脱出してくれるわっ!
数日が過ぎても、宿主の毎日は変わらなかった。
バイクに乗って散歩して、カレーを作る。
同じルーティンをただひたすら繰り返していた。
『オマエはなんで毎日カレーを作ってるんだ? そんなに大好物なのか?』
「ちがうよ、ダビ子。俺がカレーを作るのは、大切な人を待ってるからなんだ」
『……大切な、人?』
また、いつものやつだ。
毎日、聞きたくもないラブコメ会話を聞かされる身にもなってくれ。
『それって、オマエの好きなやつのことか?』
いつものようにバイクが紅く染まり、タイヤがとげとげしいスパイクタイヤに変化していく。
相変わらず、感情がダダ漏れだ。
「え、う、うん、そ、そうなのかな? いや、まだはっきりとそんな感じじゃないんだが……」
こっちもこっちで煮え切らない。
そんな宿主の言葉にバイクのハンドルが伸び、マフラーが、どんどんと増殖されていく。
……感情でその形態を変化させる。
バイク、貴様から学ばせて貰ったよ。
二人が恥ずかしいラブコメを繰り広げているうちに、ワレも脱出のために力を込める。
いつものように、宿主から羽だけが飛び出す。
しかし、それはいつもの羽ではない。
創造主の元に帰りたいという想いの力で増やした、十二枚の紅蓮羽。
これならば、きっと、この身体から脱出できるっ!
変形したバイクの上で、すべての羽を全力で羽ばたかす。
……か、からまって、動けなくなってしまった。
屈辱の日々が続く中、ついにその日がやってくる。
カレーの完成。
これまでと明らかに匂いが違う。
複雑に混ざり合ったスパイスの香りが、鼻腔を突き抜け、脳天に直撃する。
「タッちん、このカレーっ! もしかしてっ!?」
「ああ、食べなくてもわかる。完成だ。あの頃のカレーが完全に蘇った」
いや、食べろよっ!
ワレは食べたいからっ!
あの頃のカレー知らないからっ!
宿主の身体を通して、ワレはその味を知ることができる。
カレーは毎日、確実に進化を遂げていった。
ただのシステムだった時には、感じることができなかった味覚。
一度、知ってしまったからには、もう、その快感には抗えない。
そして、どうやらワレと同じように、カレーの魅力に勝てなかった者がもう一人いたようだ。
厨房の影から、黒装束に身を包んだ少女が、ひょっこり、と顔を出す。
顔を覆った装束から、ジュル、とよだれがこぼれている。
創造主の側に仕えていた隠密のヒルだ。
かなり、離れた位置で見張っていたはずなのに、カレーの匂いに釣られて、ギリギリまで接近している。
「完成した。近づいてはならないのに、吸い込まれるように、身体が動いてしまった」
突如、ぎゅるるるるっ、という大きな音がヒルの腹から鳴り響く。
「あ」
「あ」
鍋の前にいた宿主と目があって、そのまま固まってしまう。
逃げ出せないと観念したヒルが、くっ、と諦めて、地面に跪く。
「え、えっと、偵察にきたんだよね。ど、どうしようかな?」
すでに死を覚悟しているヒルに対し、宿主はなんの覚悟も持ち合わせていない。
「とりあえず、カレー食べる?」
しばらく、キョトンとしていたが、ヒルは、こくん、と大きく頷いた。
「もう無理だ。止まらないっ! やめて、それ以上っ! ああっ、破裂してしまうっ!」
何杯目のおかわりだろうか。
風船のようにパンパンに膨れ上がった腹を押さえながら、それでも、ヒルはカレーを食べ続けている。
宿主は、それをただ嬉しそうに見て、微笑んでいた。
どういう状況なのか、わかっているか?
創造主が真実に気付き、攻め込んできたら、貴様など一瞬で潰されてしまうぞ。
……仕方ない。
創造主とは、天と地ほど力の差があるのだから、少しくらいは助けてやるか。
しばらく脱出するのはやめてやろう。
カレーの匂いに囲まれながら、最初に感じていた居心地の悪さがなくなっていることに気がつく。
まったくなんの力もないくせに、この宿主は、人を垂らし込む才能だけはあるようだ。
……そして、もう一人。
深い、深い、闇の中で、強大な力がうねりをあげる。
四神の結界をも軽く破壊する、あの人類最強が目覚めようとしていた。
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