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百三十九話 恋するハーレーダビットソン

 

「え? 散歩の時間?」

「はい、この子は朝昼晩に一回ずつ、散歩をしないといけないのです」


 いや、聞いてないよ?

 武器商人ソネリオンが、無理矢理バイクを押し付けてきた理由が判明する。


「む、無理だよっ、俺、大型免許もってないしっ」

「大丈夫ですよ。乗っていれば勝手に走りますので」

「だ、だったら、誰も乗らなくていいんじゃないか?」

「タクミ様っ!」


 ソネリオンが、しっ、と指先を唇に持っていく。


『……ブルゥゥゥ』


 ……はあぁぁぁ


 背後で、バイクが悲しそうに、ため息のような排気音を漏らしている。


「ダメですよ、タクミ様。バイクは人を乗せてこそ、バイクなのですから」


 め、めんどくさい。

 だいたい顔を隠して潜伏してるのに、バイクに乗ってウロチョロするのは危険極まりない。


「そ、そうだ、ナギサ。よかったらこのバイク……」

「いやよ」


 話し終わる前に、拒絶される。


「だいたい、このバイク、オスでしょ? 私、誰にでもまたがるような尻の軽い女じゃないの」

「ナギサ殿っ!」


 再びソネリオンが、しっ、と指先を唇に持っていく。


『ブォ!? ブブンッ、ブオオオォォォオオンッ!』


 はぁ!? アンタっ、どこに目つけてんのよっ!


 バイクが狂ったように、爆音をあげた。


「……もしかして、このバイク」

「はい、立派な女の子ですよ、タクミ様」


 思わず、バイクの方をじっ、と見てしまう。

 少しライトが明るくなった気がしたが、どうか気のせいであれ、と心から願った。



「タッちん、そろそろ散歩の時間じゃない?」

「ああ、そうだな、弱火にしたから、焦げ付かないように、時々かき混ぜておいてくれ」


 ソネリオンが様々なスパイスを仕入れてきてくれてから、二ヶ月あまりが経過していた。

 毎日、朝から晩までカレーを作って食べているせいで、全身からカレー臭が漂っている。

 しかし、それでも全体の完成度は、まだ七割弱といったところだ。


 カレー作りを中断し、フルフェイスのメットを被る。

 一応、顔を隠すためにと、ナギサが作ってくれたのだが、あまり意味がないように感じていた。

 タクミ村の周りを毎日バイクで疾走して、目立たないはずがない。

 もはや、アザトース側は、俺がここにいることに気がついているだろう。

 なぜ、攻めてこないかはわからないが、できればこのまま見逃していてほしい。


 そんな甘いことを考えながら、いつもの日常が始まった。



「なあ、ダビ子。もう少し大人しく走れないか?」

『無理よ。アタシの存在意義がなくなっちゃう』


 名前がないのも、呼びにくいので、ハーレーダビットソンのダビットからダビ子と名付けた。

 本当の名前は、風と共に忘れたらしい。


『しっかりつかまっててっ! 落ちても知らないからねっ!』


 2か月間も一緒にいて、毎日「散歩」していると、もはや、ダビ子の排気音は聞こえず、普通に言葉として聞こえてくる。

 魔剣カルナの時もそうだったが、どうやら俺は魔装備との相性がいいらしい。


「ダビ子っ、今日はえらく曲がるなっ、機嫌わるいのかっ!?」

『うるさいっ、ちょっと黙っててっ!』


 散歩は毎回、タクミ村の周りをぐるぐる回るだけなのだが、ここ数日、ダビ子の走りがジグザグで安定しない。


「だ、大丈夫か? な、なにか不満でもあるのか?」

『そんなんじゃないわよっ! アンタがちゃんと乗らないから、安定しないんじゃないのっ!?』


 そんなことないはずだけどな?

 最初に乗った時から、俺はほとんど変わっていない。

 ただ、振り落とされないように必死にしがみついているだけだ。


 だったらどうして、ダビ子の動きはこんなにも荒れるのだろうか。

 大きくターンした後、いきなり、小さくターンしたり、左右にゆれながら走っている。


『もうっ、なんで真っ直ぐ走れないのっ!?』


 ダビ子にも確かな原因がわからないようで、さらに運転が荒れていく。

 その影響で、車体が大きく横に傾き、俺の顔面が地面スレスレまで近づいた。


「危なっ! ちょっ、ダビ子、ハンドルっ! 早くハンドル戻してっ! ……あっ!」


 今までダビ子が通った道を見る余裕がなかったが、転落しそうになって初めて気づく。


「ダ、ダビ子、タンクからガソリン、いや違うっ、魔力が漏れてるぞっ!」

『えっ!?』


 ダビ子も気づいてなかったのか。

 かなり驚いたようで、キキィ、と急ブレーキがかかる。

 突然止まってウィリーしたので、抱きつくようにしがみつき、なんとか転落をまぬがれた。


「まずいぞっ、早く帰ってソネリオンに修理してもらわないとっ! 魔力が切れたら動けなくなるっ!」

『……ちょっと待って。魔力は満タンなの。むしろ、どんどん増えていって、タンクからあふれて漏れてるみたい』

「えっ!?」


 そういえば、最近、ソネリオンがダビ子のガソリンとなる魔力があまり消費されていないと言っていた。

 家計に優しい省エネ機能かな、と勝手に思っていたが、どうも違うらしい。


「なんで増えてるんだろ? 俺、魔力ゼロなのに。どこから吸収してるんだ?」

『わからないわ。でも、魔装備の中には感情が昂ぶると魔力が増えるタイプがあるみたい。アタシもそのタイプなのかな』

「え? ダビ子、感情昂ぶってるの? どうして?」

『う、うっさいわねっ! ア、アンタには関係ないでしょっ!!』


 チカチカとランプを赤く点灯させながら、ダビ子が叫ぶ。


「わ、わかってるよ。そんなこと」

『……ふんっ、全然わかってないくせにっ』


 なぜか、ダビ子はご機嫌ナナメだ。


「まあ、故障とかじゃなくてよかったよ。最近、走りが荒れてたのは、魔力があふれてたからなんだな」


 ダビ子が走った後を見てみると、確かに漏れ出た魔力が道をキラキラと照らしている。


「あれ? なんか魔力の跡、文字みたいになってないか?」

『え? 偶然じゃないの?』

「そうかな? ほら、よく見て。全部、ちゃんと読めるぞっ、えっと、い、つ、も、あ、り、が、と、う、た、く、み、だ、い、す……」

『ブッ、ブォオオオオォオォオォオォオッンッ!!』


 ダビ子の排気音が鳴り響くが、言葉になっていない。

 どうやら、本当にブォオォン、と叫んだようだ。


『な、なんでっ!? アタシ、なんで、こんなの書いてるのっ!? 心の声、魔力と一緒にダダ漏れじゃないっ! ち、違うからねっ! そんなこと思ってもないんだからっ! あーーっ、もうっ!! 全部変えないといけないじゃないっ!!』


 ダビ子が慌てて、地面の文字を改変するように、来た道を逆走していく。

 一体何が書かかれてあったのか?

 さらに溢れ出した魔力で次々に線を書き足し、文字は原型をとどめない新種の文字へと変化していく。


「なんて書いてあったのか、ちゃんと読みたかったな」

『う、うっさい、ブッ飛ばすわよ』


 ダビ子のランプがさらに激しく点灯する。


 その日から、タクミ村のまわりは、意味をなさない不気味な魔文字まもじで、覆われていった。



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― 新着の感想 ―
[一言] ダビ子…昂りすぎて上手く力をコントロールできないのもだけど、感情もコントロールできぬとは…体はほとんど機械なのに。 アザトースはもうすこし魔方陣をちゃんと、親バカ抜きに、客観的に、冷静に見…
[一言] ドカ子もありだと思います。
[良い点] お疲れ様でした。 ダビ子、なんというツンデレ(笑) フラグを建てつつ、魔力容量を無駄に上げまくっておりますw
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