百三十八話 とっても危険な魔法陣
「く、久遠匠弥がバイクに乗って疾走しているっ!?」
この世界に戻って来て、いきなり飛び込んできたニュースに、ファイナルタクミクエストンの恐怖が蘇る。
「そんな馬鹿な。バイクのように大きなものはインベントリに入らない。ど、どうやってこっちに持ってきたっていうの?」
「詳しいことはわかんない。でも、こっちで作ったかもしれない、ってアザトースは言ってた。魔改造がされてるみたいだって」
ヒルの言葉に、ぐわん、と頭をとんかちで殴られたような衝撃が走った。
どこまで、こちらの常識が通用しないのだ、久遠匠弥。
たった数ヶ月、向こうの世界にいただけで、新種の培養微生物を操り、簡単にバイクまで作り上げてしまう。
この世界を創り出したアザトース以上に、その力が計り知れない。
「大丈夫っ? マキエ、顔色、わるいよっ」
「え、ええ。報告が終われば休ませてもらう。まだ、まともに戦えそうにないわ」
肉体的なダメージはないに等しい。
やられたのは、むしろ精神のほうだ。
数ヶ月の間、あんな化け物と一緒に暮らしていたことが信じられない。
久遠匠弥は、私といる時は、ずっとただの馬鹿を演じていた。
それは、もう本当にまったく疑いようがないほどの完璧な糞ニートだったのだ。
しかし、その裏で久遠匠弥は、私に気づかれずに、監視カメラをハッキングし、見事なまでに身体を鍛えあげ、ファイナルクエストンを操っていた。
あり得ない。
天才と言われたアザトースでさえ、ここまでの成果はあげれないだろう。
このまま、久遠匠弥を放置すれば、計画のすべては瓦解する。
「……連れて行ったのが、間違いだった。久遠匠弥は、排除しなければならない」
「うん、それは間違いないよっ、すっごい嫌な予感するもんっ」
重い足取りで、アザトースの待つ王室へと向かう。
階段を上り、表開きの扉を開けると、豪華な玉座に座り、アザトースが私を待っていた。
久遠匠弥と全く同じ顔に思わず顔を背けてしまう。
「ご苦労だったな、マキエ」
「……ええ、本当に。今までで一番キツい任務だったわ」
私がロケットパンチを当てて、久遠匠弥の設定を剥がした時に、あの場で処分していれば、あんなことにはならなかった。
せめて、拘束し自由は奪うべきだったのだ。
「不満がありそうだな。匠弥のことか?」
「そうね。流石のアナタも、久遠匠弥がここまでやるとは思わなかったでしょう?」
「……いや、想定の範囲内だ。まだ始まりに過ぎない。予想を超えていくのは、これからだろう」
「う、嘘でしょっ!?」
アザトースは、久遠匠弥が、更なる脅威を生み出すと確信している。
「……今はバイクに乗って、タクミ村の周りを、奇声をあげながら疾走しているそうね。次は何をしようとしているの?」
「上空からドローンで疾走するバイクを撮影した。これがその経路だ」
アザトースに一枚の写真を渡される。
上空からタクミ村周辺を写したもので、バイクが走った場所が赤線でマーキングされていた。
目的があって走っているとは思えない、ぐちゃぐちゃの歪な線だ。
「な、何なの? こ、これに意味があると思えないけど」
「……恐らく、これはタクミ村全域を覆う高度な魔法陣だ。どんな効果かわからないが、近づけば無事では済まないだろう」
システムのすべてを把握しているはずのアザトースにわからない魔法陣?
久遠匠弥は、新たなる魔法を構築したのかっ。
「……もしかして、アナタが封印した禁魔法よりも強力なの?」
大精霊の秘魔法 緑一色。
創造神魔法 天地崩壊。
始まりの魔法 星海。
空間魔法 世界逆行。
世界の摂理すら破壊しかねない禁魔法を、アザトースはシステムごと廃棄した。
「ああ、簡単に超えてくるだろう。魔法陣にギリギリまで近寄った時、私は生まれて初めて、背筋が凍りついたよ」
アザトースにも、まだ恐怖という感情が残っていたのか。
いや、久遠匠弥が、深い闇に眠っていたものを呼び覚ましたのだ。
「……ち、近くで魔法陣を見て、なにか少しでもわかったの?」
「ああ、匠弥の通った後には、カレーの匂いが漂っていた」
「カ、カレー?」
「あぁ、カレーだ」
ど、どういうことなのっ!?
「……もしかしたら、匠弥は、Kウイルス以上の脅威を作り上げたのかもしれん」
「……毒魔法、いや、まさかっ!? ……細菌魔法っ!?」
「そうだ。その可能性が一番高い」
足元から地面がガラガラと崩れ、自分がどこに立っているのかわからなくなる。
「ど、どうするの、アザトースっ! このままじゃ、こっちの世界までっ!」
「……落ち着け、マキエ。こちらには人質がいる。亡くなった仲間を復活させることができるのは、四神柱を支配する私だけだ」
玉座に座ったまま、アザトースは、手のひらを上に向け、何かを掴むように指を曲げる。
それが、出現の合図なのか。
アザトースの背後に、青龍、白虎、玄武、と四神が次々と具現化していく。
「匠弥は仲間を見捨てない。四神を従える我々の勝利は揺るがない」
「す、朱雀がいないよ、アザトース」
「へ?」
慌てて後を振り向くアザトース。
一回、私のほうに向き直り、またすぐに二度見する。
やっぱり、朱雀はいなかった。
「う、うそやん」
いままでに聞いたことがない、アザトースの間抜けな声が王室に響き渡った。
今回の魔法は、「七十三話 タクミ魔法は語れない」と「百三話 1分間」に出てきます。よろしければ、ご覧になってください。




