百三十七話 武器商人の小さなお願い
「なにこれ? なんでハーレーがここにあるのよ」
「そうだよな、やっぱりおかしいよな」
武器商人の店の前で、ナギサがバイクを調べている。
ソネリオンが店内を片付けるというので、いったん帰ってナギサを呼んできた。
やはり、ここにハーレーダビットソンがあるのは、あり得ないことだと、改めて実感する。
「しかも、これ、魂が入ってるじゃない。魔装備と同じシステムよ」
そう言ったナギサを、ハーレーの目玉ライトがジロリ、と睨む。
「カルナと同じなのか? だったら話せるのかな?」
「わからないわ。でも、ほとんどの魔装備は話せないはずよ。詳しいことは、その武器商人に聞くしかないわね」
ナギサもハーレーを険しい目で睨み、二人、いや一人と一台の視線が激しくぶつかり合う。
どうやら、お互いかなり牽制しあっているようだ。
「お待たせ致しました、タクミ様。おや? これはこれは、可愛らしいお嬢さんまでいらっしゃる」
店の扉が開き、ソネリオンが現れる。
それでも、ナギサはハーレーから目を逸らさない。
「おやおや、どうやら当店の目玉商品がお気に召したようですね。いいでしょう、今なら格安でお譲り致し……」
「いらないわよっ!」
『ブォオ、ブォオォッ!』
オレも、いやだよっ!
そう聞こえたのは気のせいだろうか。
ナギサの言葉をかき消すように、ハーレーの爆音が鳴り響く。
なんだか、ちょっとお似合いだな。
そう思ってしまう。
武器商人の店内には、普通の武器や防具が並んでいた。
魔剣カルナや魔盾ビックボムのような魔装備は、裏に隠してあるのだろうか。
「どうぞ、おかけ下さい。タクミ様と可愛らしいお嬢さん」
「ナギサ・キリタニよ。桐谷 渚と言ったほうがいいかしら? ソネリオンさん」
「どちらでも大丈夫ですよ、ナギサ様。どうやら、タクミ様と同じ日本人のようですね」
っ!?
やはり、ソネリオンは向こうの世界のことを知っているっ!
「ソネリオンっ、お前も向こうの世界のっ」
「違うわ、タッちん、彼は間違いなく、こっち側よ。だから不思議なのよ。どうして、あなたは、向こうの世界を知ってるの?」
「ふむ。これは深刻な問題ですね」
いつも戯けた顔のチョビ髭ソネリオンが、真剣な表情を見せる。
かなり、話しにくい内容なのか。
次の言葉を待ち、ナギサとともに、ゴクリと生唾を飲み込んだ。しかし……
「まさか、タクミ様がタッちんと呼ばれているとはっ。これでは、タッくん呼びしているカルナさんの立場がありません。これはかなり由々しき問題ですよっ」
やはり、ソネリオンはいつもの武器屋の親父だった。
「よ、呼び方なんてどうでもいいじゃないっ。わ、私はただ、あだ名のほうが呼びやすいから使ってるだけよっ」
「ほほぅ、それでは私のことも、ソッちんと呼んで頂いてよろしいでしょうか?」
「チョビ髭ひきちぎるわよ、おっさん」
「あっ、そ、そういやあのバイク、すごいカスタマイズだったな。パーツ揃えるの苦労しただろ」
今にも飛びかかりそうなナギサの間にずいっ、と入り、フォローする。
「おお、さすがタクミ様。わかっていただけましたか。アレは、ほとんどがオーダーメイドでして、南方のデウス博士に頼んで作って貰ったんですよ」
バイク自体を向こうから持ってきたわけじゃないのか。
だとしたら、ソネリオンは向こうとこちらを行き来しているわけじゃない。
向こうの世界の知識だけを手に入れたのか。
「バイクのことはどこで調べたんだ? アメリカンスタイルのチョッパーバイクなんて、なかなか渋いチョイスをするじゃないか」
「そうですね。企業秘密なんですが、タクミ様になら特別にお教えしましょう」
いい方向に誘導できたので、ほっ、と胸を撫で下ろす。
「あのバイクの資料は、エメラルド鉱石で囲まれた大鍾乳洞。古代龍の住処で、発見したのですよ」
「古代龍のっ!? カルナのじいちゃんかっ! やっぱり古代龍はっ!!」
「ええ、彼は向こうの世界の住人です。最も、記憶のほとんどを失っているようでしたが」
ナギサに驚いた様子は見受けられなかった。
やはり、最初から知っていたのだ。
古代龍之介が古代龍として、こちらの世界にいることを。
「……でもどうして、あなたは、古代龍の大鍾乳洞を訪ねたの?」
ナギサが質問するがソネリオンは答えない。
肩をプルプルと震わせながら、もう一度、ナギサが同じ質問を繰り返す。
「ど、どうして、ソッちんは、古代龍の大鍾乳洞を訪ねたの?」
「それはですね。古代龍が、この世界ではじめて魔装備を作った者だからです」
答えた。普通に答えたよ。
「古代龍が最初に魔装備を……」
そういえば、魔剣カルナも、最初から魔装備じゃなかった。
ドラゴンの里で大暴れして、その罰で魔剣になったと聞いている。
そして、カルナを魔剣に変えたのは、他でもない古代龍だ。
「私は元々、魔装備専用の武器商人なんですよ。だから、その起源をずっと探していたんです。そして最も古い魔装備の痕跡から古代龍に辿り着きました」
「そこであなたは、魔装備の作り方を習ったの?」
「……」
「そ、そこでソッちんは、魔装備の作り方を習ったの?」
「はい、魔装備のメンテナンスをする者として認められ、特別に伝授されました」
どうやら、ソッちんと呼ばれる事に満足しているようだ。
「なるほどね。だいたいわかったわ。で、バイクの他にも何か作った?」
「ええ、たくさんご用意していますよ。いつか、このような日が来ると、予測しておりましたから」
ソネリオンは店の奥から、様々な魔装備を持ってくる。
それは、剣や鎧ではなく、この世界には似つかわしくない、向こうの世界にあった近代兵器の数々だった。
「いいわね、これ。フルオート? 銃弾の替えも自動でできるの?」
「はい、今ならバイクとセットでお安くしておきますよ」
「だーかーらー、バイクはいらないって言ってるでしょ」
バイクのことは完全にスルーしながら、目を輝かせ、近代魔装備を選ぶナギサ。
「タクミ様は、なにかご入用の物はございませんか?」
「ああっ、そうだった。俺、魔装備じゃなくて、カレーのスパイスを探しにきたんだよ。ソネリオンさんのところで手に入らないか?」
「……」
「ソ、ソッちんのとこで手に入らないかな?」
「もちろん、ご用意できます。最高級のスパイスを仕入れさせて頂きますよ」
お、俺もソッちん呼びじゃないとダメになってるよっ。
「あと、そうですね、タクミ様はお得意様ですので、今回、オマケに表のバイクをお付けして、お値段そのままでご提供させて頂きます」
『ブオオオオォーーーーッ!!』
なんでだよぉーーーーっ!!
ソネリオンの声が聞こえたのか、外から魔バイクの悲しそうな排気音が鳴り響いた。
うん、絶対、あのバイク、いらないんだよね?




