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百三十六話 懐かしのチョビ髭

 

「カレーを作ろうと思うんだ」

「は? カレー?」

「うん、カレー」


 ナギサが「ナニ言ってんだ、コイツ」と言いたげな、しかめっ面で俺を見る。


「うん、タッちん、今さ、私たち、アリスを探し出す方法を話してたよね?」

「ああ、アリスにとってカレーは特別なんだ。うまく作れたらどんなところにいてもやって来る」


 ナギサの眉間にシワが増え、さらに険しい顔になっていく。


「は? バカなの? アリスはアザトースの作り出した闇の中で、五感のすべてを封じられてるのよ、それがカレー?」

「ああ、アリスは絶対やってくる」


 大丈夫だという確信がある。

 これまでもアリスは、なにがあっても俺のカレーに反応してくれた。


「な、なによっ、そんなキラキラした目をしても信じないからねっ!」


 何故か、ちょっと顔を赤らめて、ナギサがようやく認めてくれた。


「でもさ。この村にある材料でカレーなんて作れるの?」

「うん、問題はそこなんだ」


 特別な時に作っていたあのカレーは、冒険者時代に買い集めた多種多様なスパイスを使っている。

 大切に保存していたが、キッチンは洞窟ごと、いや山ごとなくなってしまった。

 しかも、今の俺は料理の腕が落ちている。

 ヌルハチの話から推測するに、おそらく俺には「絶対舌感ぜったいぜつかん」という設定が備わっていたのだろう。

 それがなくなった今、同じカレーを再現することは、ほとんど不可能だ。


「それでもできる限りやってみるよ。あきらめたら、そこで試合終了だ」

「漫画に明け暮れたニート生活もムダじゃなかったわね」


 俺が向こうの世界で読んでいた名作バスケ漫画のセリフに、ナギサが、ぷっ、と吹き出す。


 色々、文句は言うが、ナギサはいつも最後には、俺に協力してくれる。

 タクミ村の人達に頼んで、カレーに使う食材をもらってきてくれた。


「野菜は全部そろっているけど、やっぱりスパイスはないな。肉はラビを柔らかく煮込んで、後から入れよう」

「なんかさぁ、タッちん、余裕あるよね。仲間もたくさん亡くなったのに」

「うん……なんでだろうな」


 こっちの世界に帰ってすぐ、ナギサから「戦死、結婚、行方不明」を聞かされて、んぐっっ、といいながら気を失う。

 しかし、仲間が亡くなったと聞いたのに、不思議と悲しみは感じなかった。


「変だよな、俺。みんな亡くなったって聞いたのに。それでも、大丈夫な気がするんだ」

「……あのさ、タッちん、ずーーっと気になってたんだけど、なんかはねはえてない?」

「ええっ!?」


 振り向いて、背中を確認するが、当然そんなものは、はえてない。


「羽って、あの天使みたいなやつ!?」

「いや、もっと、ふぁっさーー、としたやつ、あれ? なくなった? 紅く光る羽がたまーに、見えるんだけど」

「えっ? なにそれ? 超こわい」


 なんか少し前から、身体がぽかぽかするのはそのせいなのか。

 大丈夫だよね? 俺、天に召されたりしないよね?


「まあ、いいわ。とにかく今はカレー作りね。スパイスはどうするの?」

「あ、ああ、そうだな。向こうの世界と違ってこっちでは香辛料は高価だし、手に入りにくいからな」

「スーパーやコンビニもないからね。一から作れないの?」

「うーーん、植物から採取するみたいだけど、種類も製法もわからない。詳しい人に聞けたらいいんだけど」


 ルシア王国に行ければ、いくつか手に入れることはできそうだが、今、敵の本拠地に向かうのはリスクが高い。

 タクミ村に、スパイスに詳しい人がいればいいんだが……


「あっ」


 一人の人物が頭に浮かぶ。

 魔剣カルナ、魔盾ビックボム。

 いつも、とんでもない装備を渡してくる武器商人がタクミ村にいたはずだ。

 大草原の戦いで弁当も売っていたあの男なら、手に入りにくいスパイスを仕入れてくれるかもしれない。


「ちょっと商人を探してくる。玉ねぎが飴色になったら火を止めといてくれ」

「あっ、タッちん、顔隠さないとっ、こっちきて」


 ちょっとしゃがんで、ナギサに包帯まきまきして貰う。

 なんだか、ちょっと照れ臭い。


「バレたら村にいれなくなるから気をつけて」


 こくん、と頷いて、外に出る。

 久しぶりに見るタクミ村は、以前と変わらぬ雰囲気で、ほっ、と胸を撫で下ろす。

 この村はまだ、アザトースの支配下にないようだ。


 武器商人の家は以前と変わらず、村の隅にひっそりと建っていた。

 レイアにお使いさせたのが、ついこの間のように思い出される。

 鉄製のドアに、馬の蹄鉄ていてつ型のドアノッカーが取り付けてあった。

 コンコン、と二度ノックするが、反応はない。

 営業時間のはずだが、扉は開かなかった。


「ああ、ソネリオンさん、ちょっと前にギルド協会に呼び出されて帰っとらんよ。十豪会ちゅうのに出るっていうとったわ」

「えっ!? じゅ、十豪会!?」


 通りすがりの親切な村人が教えてくれるが、理解が追いつかない。

 武器商人のおっさん、十豪会に出れるほど強かったのか?

 ソネリオンというちょっとカッコいい本名も似合わない。

 別人じゃないのかな? 

 そう思い始めた時だった。


 ドドドドドドドという地響きと共に、何か大きなものがこっちに近づいてくる。

 なんで、そんなものがここにあるんだ?

 あれはどうみても、向こうの世界の……


「あぁ、よかっただ。ソネリオンさん、ちょうど帰ってきたみたいだ」


 村人は見慣れているのか、まったく動じない。


 巨大な鉄の獣。

 こちらの世界で、初めてそれを見たものはそう思うだろう。

 武器商人ソネリオンがまたがっているのは、向こうの世界で、ハーレーダビットソンと呼ばれている大型のバイクだった。

 しかも、ただのハーレーではない。

 ニート生活中、バイクゲームに散々ハマっていた俺にはわかる。

 そのバイクには、様々なカスタマイズが施されていた。


 フロントフォークは延長され、取り付け角度は水平に近づけてある。

 ハンドルは持つとサルが木からぶら下がっているように見えることから名付けられたエイプハンガーで、高い位置に設定されていた。

 シートは低く、小さい物に換え、前後のフェンダーは取り外され、燃料タンクは小型の物に取り替えてある。

 アメリカンスタイルのチョッパーバイク。

 余分な物を外して加工するバイクの総称で、「切り落とし」がその名称の由来だ。

 アメリカの若者達が旧式の重たいハーレーを切り落として軽量化したバイクが始まりであると言われている。


 ……向こうの世界では、もうアメリカはなくなってたけど。


 しかし、このバイクの中で一番目を引いたのは、そんなカスタマイズではなかった。

 正面にある大きな丸いヘッドライト。

 それはどうみてもただのライトではない。

 真っ白な円の中心にある黒いものが動き、俺をギロリと睨む。

 それは、どうみても、巨大な眼球そのものだった。


「あれ? もしかして、貴方は……」


 顔に包帯を巻いているのに、見ただけでソネリオンは、俺の正体に気づいたらしい。


「これは、これは。いいところにいらっしゃいましたね。ちょうど素晴らしい商品を入荷したところなのですよ」


 その化け物バイクのことじゃないよね?


 毎度お馴染み、ちょび髭を生やしたソネリオンが嬉しそうに話しかけてきた。


ソネリオンは、第一部「二十三話 街の名は」で、初登場して、第二部「七十話 白い世界へ」でも再登場しています。

さらに、書籍版裏章「カルナと死の商人」では、真の姿がみられますので、よろしければ、ご覧になって下さい。

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