百三十五話 じいちゃんの告白
圧倒的な力だった。
アリスの強さとも、タクミ殿の強さとも違う。
例えるなら、底の知れない、どこまでも続く闇の穴。
そんな得体の知れない、不気味な力だ。
「カル姉はっ! カル姉はどうなったんやっ!?」
力はもう使い果たした。
ドラゴンの姿を保てなくなり、人の姿で、ふらふらとアザトースに近づいていく。
「砕けた。二度と蘇ることはない」
ぷつん、という音が頭の奥から聞こえた気がした。
そこからの記憶はない。
気がついた時、そこは生まれ育った懐かしい場所だった。
エメラルド鉱石で囲まれた大鍾乳洞。
そこに布団が並べてあり、隣にはレイアが眠っていた。
「目が覚めたか、クロエ」
鍾乳洞の奥、岩盤の上で古代龍のじいちゃんが人の姿で座っている。
「じ、じいちゃん。どうやって? アザトースはっ!?」
じいちゃんが無言で手のひらサイズの小さな人形を懐から取り出すと、それを宙に放り投げた。
ぽわっ、とそれが光り、地面に落ちる前に大きくなっていく。
「え?」
それはあっ、という間に、いつも鏡で見ている人の形を形成した。
「じいちゃん、これ、うちなん?」
「ああ、ダミー人形や。やられる寸前にこっそり入れ替えたったわ」
何年かぶりにじいちゃんとドラゴ弁で話す。
いつも怖い顔が、少し優しく笑っている。
あの絶体絶命のピンチを救ってくれたんや。
しかも、うちだけやなくて、レイアまで。
「けど、じいちゃん、カル姉がっ」
「わかっとる。でも心配せんでええ。完全に消去されん限り、復元できるわ」
「えっ? じいちゃん、何言うてるん? ボケてしもたん?」
四神柱ですら、その結界内でしか効果を発揮しない。
粉々になって死んでしまったカル姉は、もう生き返らすことなどできないはずや。
「ボケてへんわ。……いや、ちゃうな。いままでがボケとってん。大切なこと、全部忘れて、何千年も過ぎてしもたわ」
「どうしたんや? じいちゃん、なんか変やで」
「……いろいろな、思い出したんや。違和感なくこっちに溶け込んでた者達も、もう気づいたみたいや」
じいちゃんが言うてることが何一つわからへん。
でも、それがアザトースと繋がってることはわかる。
「あとは、わしにまかせとき。元々、わしがこの世界に来たのは、アイツを止めるためやったんや。そのためになんもかも捨ててきたわ」
いままでに感じたことのないような力がじいちゃんから漂っていた。
そして、それはアザトースの力と非常に酷似している。
「じ、じいちゃん、その力、今まで隠してたんか?」
「力の使い方忘れとっただけや。ずっとドラゴンの姿が本物やと思とった。ただの設定に過ぎへんのにな」
「な、なにいうてるん?」
ドラゴンの姿が本物やなくて、ただの設定?
だったらなんや?
うちら、ほんまの姿は人間のほうなんか?
「わしは、この世界のもんやない。アザトースと同じや。ドラゴン変化と長寿の設定をつけて、別の世界からやってきたんや」
「えっ!? アザトースもっ!?」
「そうや、他にもようけ来とる。ダガンやマキナ、アサにヒル、ドグマやカミラも向こうのもんや」
魔王四天王、ミアキス以外、全滅やん。
全然、四天王ちゃうやん。
「……なんのために? じいちゃんたちは、なんで、わざわざ、向こうからこっちにやってきたんやっ」
「ウイルスや。わしらがいた世界はもう終焉を迎えつつある。そのまえに、こっちの世界を支配して、みんなで移り住もうというわけや」
「う、うそやんっ! そ、そんなこと、許されるわけないやろっ!」
しかし、じいちゃんは、うちの言葉に首を振る。
「アザトースは、いや、久遠のやつはそんなふうには考えてへんよ。なにしても許されると思とる。この世界は、アイツが一人で創りあげたと勘違いしとるからな」
「なんや、それ。アザトースはいったい、何者なん?」
「ただの阿呆や。一番大事なもんを忘れとる、ただの阿呆や」
それ以上は聞かれへんかった。
じいちゃんとアザトースの間には、他のもんには入り込めない因縁があるみたいや。
「……じいちゃんは、アザトースに勝てるん?」
「それは無理や。アザトースの設定は、唯一無二の無敵設定。さらにシステムまで操ることができるんや。逆立ちしても勝てるかいな」
「あ、あとは任せとき、いうたやんかっ」
「わしがやるんやないわ。この世界を守るんは、この世界のもんに決まっとるやろ。わしはそれを手伝うだけや」
ぱんっ、とじいちゃんが突然、手のひらを拝むように合わせ、大きな音をたてた。
すると、大鍾乳洞の奥にある巨大な岩がゴゴゴ、と真っ二つに割れて開いていく。
そして、その中から、ナギサが持ってきていたポータブルDVDを何千倍も大きくした超巨大な画面が現れた。
そして、その画面には……
「タ、タクミ殿っ!!」
見たことがない巨大な建造物が、数えきれないほど並んでいる街をタクミ殿が一人歩いている。
その手には、丸い団子のようなものが入った舟形の容器がのっていた。
その団子を針みたいな棒で刺して、口に運ぶと、ハフハフと美味しそうに、タクミ殿が満面の笑みを浮かべる。
「じいちゃん、これはっ」
「たこ焼きや。懐かしいのぅ。わしも食いたいわ」
「ちゃうわっ、ここ、どこやってきいてるねんっ、それに、この画面なんなんやっ」
「ここがわしやアザトースの世界や。この画面は協力者に頼んで持ってきてもろたんや。ハッキングのパスワードと引き換えにな。これでも、わし、ターミナルに侵入できた唯一の人間やからな」
協力者? ハッキング? ターミナル?
じいちゃんの言うてることはほとんどわからへん。
「すべての鍵はこの男や。久遠匠弥。この世界の主人公や。主人公を取り戻さなあかん」
大画面の中で、いつもと同じ呑気な顔でたこ焼きと呼ばれるものを頬張るタクミ殿。
その姿を見ていると、自然とこれまでこわばっていた顔がゆるんでいく。
「さあ、はじめるで」
じいちゃんが再び手を叩くと、画面が切り替わり、別の人物が現れる。
「計画は順調よ、古代龍之介。主人公を取り返すわ」
そこには、ルシア王国の新しい騎士団長、ナギサ・キリタニが映っていた。




