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十五話 ゴブリン王の物語

 

「ゴブリン王の物語」は子供の頃に聞いたことがあった。

 それはまるでお伽話(とぎばなし)のように語られる物語。


 ひ弱な、本当にひ弱な最弱の魔物として生を受けたゴブリン。

 そのゴブリンの中でもさらに飛び抜けて弱いゴブリン。

 太古の昔に生まれたそのゴブリンは普通ならすぐに死んでしまうはずだった。

 だが、最弱ゆえか、他のゴブリンよりも遥かに臆病で、危険に対する察知能力がずば抜けていた。

 生き残る。どんな時も生きてさえいれば、やがて自分も強くなれる。

 その思いを抱き、ただただゴブリンは生き残る。


 一年、十年、百年、千年、悠久とも思えるほどの時間の中で、少しずつ、少しずつ、そのゴブリンは知識と力を身につけていく。


 人間から逃げ、ドラゴンから逃げ、勇者から逃げる、だけど逃げるだけじゃない、逃げる度になにかを学び、ほんの少し強くなる。


 そして、やがてそのゴブリンは……


「最強のゴブリン王となる。何者にも負けぬ知識と魔術を身に付けて」


 子供に努力と諦めない心を学ばせる為のお伽話。

 その伝説が、俺の目の前に存在している。

 しかも、なんかちょっと泣きながら拍手をしている。


「いやいや、僕の昔話をそんな風に語ってくれるなんて。時間稼ぎだとしても、少し感動したよ」


 うん、あっさりバレてる。

 吹っ飛ばされたクロエも起き上がらないし、暴れているレイアも戻ってこない。


「君はなかなか面白いね、タクミ君。ずっと気になっていたんだ。冒険者ランキング1位にして、宇宙最強がどんな男か、と」

「いやぁ、大したことないですよ、ほんと」


 やめて、気にしないで、これ、謙遜とかじゃないからっ。


「またまたぁ、君が只者でないのはわかっているよ。僕の古代魔術は相手の強さが的確にわかるんだ。だから戦う前にいつも結果がわかってしまう。でも、タクミ君、君の強さは全くわからない。こんなことは初めてだ」


 強さ、ゼロだからねっ。

 測定不能は強さが計り知れないから、というわけではないと教えてあげたい。でも教えられない。


「久しぶりにワクワクするよ。すぐにでも君と戦いたい。でも、それは許されないようだ」

「へ?」


 何故か、ゴブリン王は俺の後ろにいるチハルの方を見る。


「僕が今の今まで気がつかないとはね。さすが大賢者といったところか」

「……ゴブリン如きが舐めた口をたたくな」


 チハルから出た声に耳を疑う。

 それは今迄の幼女の声ではなく、間違いなく大人の声だった。しかもその声は……


「チハル、お前、ヌルハチの……」

「……後で話す、今は時間がない」


 ごうっ、と火の玉のようなオーラにチハルが包まれ、ロケット弾のようにゴブリン王に突っ込んでいく。


 ゴブリン王は慌てて自らの親指をくわえ、ぷーーと息を注入する。

 同時に身体が風船みたいに膨らんでいく。

 突っ込んだチハルが膨らんだゴブリン王に当たり、ぼよん、と跳ね返る。


針千本のーーまーーす(ニードルシャワー)


 風船のようだったゴブリン王が息を吐き出すと、急速にしぼみながら、口から無数の針を放出する。

 そのすべての針がチハルに向かって飛んでくる。


「波動球・(エン)


 ヌルハチがレイアにトドメを刺した光の球がチハルの前に現れる。

 その球が円を描くようにチハルの周りを高速で周回し、飛んでくる針を弾き飛ばす。


 やはり、チハルとヌルハチは深い関係にあるのだろうか。


 針をすべて吐き出し終わったゴブリン王が一息ついた瞬間だった。

 チハルがピストルの形にした右手をゴブリン王に向ける。


「波動球・(ガン)


 それと同時にチハルの周りを周回してた光の球がものすごい速さでゴブリン王に飛んでいく。


「ばんっ」


 チハルがぼそりと呟く。

 大爆発が巻き起こった。

 辺り一面が光の渦に巻き込まれる。


 決着がついた。そう思った時だった。


『逃げた方がええで。あれは長く続かへん』


 魔剣さんの言葉を聞いて辺りを見渡す。

 光が収縮し、だんだんと目が慣れていく。

 ゴブリン王が立っていた。

 その両手が巨大な盾に変形している。

 服は破れ、傷ついているが、まだまだ大丈夫というような笑みを浮かべていた。

 そして、逆にチハルは、呼吸が乱れ、肩で息をしている。


『あの子に何があったか知らんが、あれは力の搾りカスや。本来の姿を維持出来ひん程、最初から消耗しとる』


 っ!? チハルっ、そんな身体でっ!


『お、おい、聞いとるんか? 逃げろ言うてるねんっ。なんで近づいていくねんっ』


 あの子の正体など関係ない。

 ゴブリン王に向かって歩いていく。


「ここで見捨てて逃げたら、生きててもしょうがないだろ」

『……ぽっ』


 なんか、魔剣さんがほんのりと赤くなった。


『はっ! いや、なんや、今のぽっ!? ちゃうで、そういうのとは、まったくちがうでっ。ああもう、しゃーない、特別サービスやっ、あと一回だけ助けたるわっ』


 魔剣さんが(さや)から抜ける。

 黒いオーラが立ち上り、周りに無数の黒玉が浮遊した。


 これまでずっと余裕の表情を浮かべていたゴブリン王の顔から初めて笑みが消える。


 続いて、さらに事態は好転する。


「がああああっっ!」


 洞窟の土砂を巻き上げながらクロエが復活した。

 しかも、起き上がりざまに、ドラゴン形態になっていく。

 それと同時に、こちらに駆け寄る足音が近づいてきた。


「タクミさんっ、全て片付けて参りましたっ」


 レイアが意気揚々と帰ってくる。

 真っ赤に染まったその姿はゴブリンの返り血なのか、神降ろしの効果なのか、見分けがつかない。

 どっちにしろ、超怖い。


 ゴブリン王の顔から滝のように汗が流れていた。


「これはもうどうしようもないね」


 四人に囲まれたゴブリン王ジャスラックは、両手を上げてお手上げのポーズをする。


「タクミ君、どうやら君の周りには凄い強者(ツワモノ)が集まってくるようだね。大賢者、ドラゴン、神降ろしの弟子、魔剣、そして……」


 ゴブリン王が首を傾け、空を見る。

 釣られてそこを見るが、そこには何もなく、ただ星空が広がっている。


 あれ、なんか、少し寒気がする。

 何かに見られているような気がして身体が震えた。


 ゴブリン王が再び俺のほうを向いて言う。


「……とにかく、全て倒さなくては、宇宙最強の君に辿り着けないようだ」


 俺に向かってゴブリン王がお辞儀をする。


「今夜はここで引かせて貰おう」


「引く? 逃げられると思うておるのか?」


 チハルが一歩前に出る。

 レイアや、クロエもその差をつめる。


「逃げるさ。そうやって生き延びてきたんだ」


 一斉に三人がゴブリン王に迫る。


 捕まえれる、皆がそう思った瞬間だった。


 かちん、という音と共に、ゴブリン王が爆発した。


「小癪な真似をっ」


 爆風から皆を守る為、ドラゴン形態のクロエが盾になる。


「あそこだっ!」


 レイアが最初に発見した。

 自爆したと思われたゴブリン王が凄まじい速さで走り、遠ざかっていく。心なしかさっきより一回り小さくなっている。


「脱皮したのか。追うぞ、ここで仕留める」


 チハルたち三人も凄まじい速さでゴブリン王を追っていく。


『あんたは追わへんの?』

「俺があんなスピードで走れると思うか?」

『そら無理やな』


 魔剣さんと二人でくつろぎタイムに突入するはずだった。

 だが、ここにもう一人、残っていたのだ。



「……恐ろしいな。僕の最後の切り札に引っかからなかったのは君が初めてだよ、タクミ君」


 そのつぶやきは、爆発したゴブリン王の残骸から聞こえてきた。

 もぞもぞと潰れた肉塊の中からそれは姿を現す。


 それは俺の身体の半分くらいまで小さくなったゴブリン王ジャスラックだった。


「……どうやら君は僕が思うより、遥かな高みにいるようだ」


 チハル達が追っていったのはダミーだったようだ。

 いや、ただスピードについていけなかっただけなんだけどね。


 ゴブリン王が俺の前に(ひざまず)きうなだれる。


「さあ、トドメを刺すといい。僕の完全敗北だ」


 壮絶なゴブリン王との死闘がなんかいきなり終わりを告げた。




『トドメ、ささへんでよかったん?』

「ああ、もう来ないらしいし、あれでいいよ」


 二度とこの山に来ないという約束と共に、ゴブリン王を見逃した。なんだか、貧弱な姿になったゴブリンと自分の姿が重なって見え、トドメをさせなかった。

 そして、チハル達三人は未だにダミーを追いかけて帰ってこない。


『ほんま、甘いな。そんなんやと生きていかれへんで。……しゃーないから、ちょっとうちが守ってやってもいいで』

「ん? なんか言ったか魔剣さん?」

『な、なんもいうてへんわっ』


 ゴブリン問題は解決したが、まだ問題は山積みだ。

 チハルの謎、ドラゴン王の継承、レイアの修行、魔剣さんの過去、未解決事件がどんどん増えていく。


 そして、おまけに一つ。


 この日、ゴブリン王のダミーに引っ掛からなかった者が俺以外にもう一人、存在していた。


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