百三十三話 約束のオムライス
帰ってきた。
俺は帰ってきた。
帰ってきた、はずだよね?
懐かしい我が家に久しぶりに帰ってきた。
しかし、目の前に広がるのは……
「ねえ、なにこれ?」
「タッちんのお家です」
もう一度目をこすって見直してみる。
見間違いじゃなかった。
「なんで、俺のお家、山ごとなくなってるん?」
ナギサは答えず、ただ手を合わせる。
ちーん、という効果音が聞こえてくるようだ。
「レイアやヌルハチは? カルナやクロエは? サシャやアリスはどこにいるんだ?」
「レイア、ヌルハチ、カルナ、クロエは戦死したわ。サシャは、アザトースと結婚し、アリスは行方不明よ」
「………………は?」
「だから、戦死して結婚して行方不明よ」
「………………へ?」
「だーかーらーっ! 戦死! 結婚!! 行方不明っ!!!」
「……………… んぐっっ!!」
あまりのことに思考が追いつけず、俺は立ったまま気を失った。
見知らぬ部屋で目が覚めた。
質素な藁葺き屋根の小さな家。
横にナギサが座っている。
「ここは?」
「タクミ村。村人に頼んで泊めてもらったの」
山は消失していたが、麓の村は無事だったのか。
ほっ、と胸を撫で下ろす。
「そうか、お礼を言わないとな」
「やめたほうがいいわ。あまり話すとバレてしまう」
「え?」
その時になってようやく気がつく。
自分の顔に、包帯がぐるぐるに巻かれている。
「なにこれ? 俺、怪我したのか?」
「違うわ。正体を隠すために私が巻いたの。顔がバレたらタクミの偽物として、捕まってしまうから」
ナギサが何を言っているのかわからない。
「タクミの偽物? 俺、タクミの本物だけど」
「今の本物は、サシャと結婚して、ルシア国王となったアザトースのほうよ。手配書が出回ってたわ」
ナギサにWANTEDと書かれたポスターを渡される。
そこには、間抜けな俺の顔と共に、『偽タクミ現る。捕らえた者には懸賞金と国民栄誉賞を与える』と書かれており、さらにその下には、『DEAD OR ALIVE』と赤い文字で書かれていた。
「これ、どういう意味?」
「生死問わずってこと。今、タッちん、ルシア王国全国民から命を狙われてるわ」
「んぐっっ!!」
危ない。
また気を失いそうになってしまった。
かなりまずい状況だとは思っていたが、まさかここまでとは……
こんなことなら、帰ってくる時、あんなことを言うんじゃなかった。
「後悔してるの? 設定つけなかったこと」
「ま、ま、ま、まさか。そ、そ、そ、そんなこと思ってないよ。お、お、お、俺には設定なんて必要ないよ」
「そうね。タッちんはそのほうがいいと思う」
本当はめっちゃ後悔しています。
どうして、あの時、俺はカッコつけて、あんなことを言ってしまったんだろう。
『どうする? タッちん。聖杯の設定は消えてしまったけど、帰る時に新しい設定を付け直すことはできるわ』
『いらないよ。設定なんてなくても、前みたいに料理を作ることができたんだ。俺は俺だけの力でやってみる』
『……そうね。チート級の設定を持つアザトースに設定で対抗しても仕方がないわ。それでいいと思う』
カッコつけて、ニッ、と笑う俺にナギサが微笑み返す。
あうあうぁ……
どうして無理矢理でも俺を説得して、すごい設定を付けてくれなかったんだよぉ……
「と、とりあえず、どうしたらいいと思う?」
「え? タッちん、何も考えてないの?」
「バ、バカな。アイデアはたくさんあるに決まっているじゃないか。しかし、まずは君の意見を聞いてから、と思ってな」
や、やめて。そんな疑惑の目で見ないで。
てか、こんな状況で、いい方法なんて、浮かぶはずがないじゃいか。
「今、世界中の人達がアザトースのほうを本物だと思ってる。でも、それを疑っている人達もいるわ。少なくとも、ギルドの上層部は気づいていたみたい」
「十豪会かっ! だったら彼らに助けを求めるんだなっ!?」
「無理よ。アザトースが先に手を打った。バルバロイ会長はやられ、他のメンバーも全員行方不明よ」
おーーいっ!
行方不明のメンバーが増えてるじゃないかーーっ!!
カッコつけて帰ってる場合じゃなかった。
も、もう一回戻る…… っていうのは……
「言っとくけど戻れないわよ。アザトースとマキエしか帰還システムは使えないわ」
「そ、そんなことは考えてない。まったく、これっぽっちもだっ」
なんでさっきから即バレなんだよっ。
心を読む設定でもつけたんじゃないだろうな。
「そう、よかったわ。味方はいない。人類最強アリスも勝てない。それでもまだ活路はあるわ」
「全力で謝って許してもらう以外に?」
う、うん。
そのゴミ虫見る目もやめて。
「あのね。アザトースはタッちんを恐れているのよ。ターミナルでも、こっちに帰ってからも、偵察にすらやって来ないでしょ」
「た、確かに」
「聖杯の設定がなくなって、なんの力もなくなったタッちんが、わずか数ヶ月でマキエを倒して戻ってきたわけよ。どれだけのことか考えてみてよ。もう向こうにとってはめっちゃファイナル・タクミ・クエストンなわけよっ」
「お、おぉ」
めっちゃファイナル・タクミ・クエストンてなに?
「タッちんは設定を付けずに戻ってきたけど、アザトースはそうは思っていない。あの短期間でハッキングして監視カメラを乗っ取り、微生物まで操った者なら、想像もつかないような凄まじい設定を作成したと勘違いしているはずよ」
「そ、そうなのか?」
「そうよ。だから何があっても堂々としていて。そうすれば…… て、タッちん、なにしてるの?」
「いや、この部屋、食材と鍋があるから、なにか作れないかな?」
どうやら村人は、料理場のすみに布団を敷いて貸してくれたようだ。
ナギサが色々考えてくれているが、正直俺には何も浮かばない。
だったら、俺にできることは……
「ほら、卵と米があるぞっ。こっちに帰ってきたらオムライス作るって約束しただろ」
ナギサが呆れたように、小さく笑う。
「そうね。ちょうどお腹も空いてきたわ。でも勝手に使っていいの?」
「後で代金を払ってかんべんしてもらうよ」
大丈夫だ。
今までもずっとそうだった。
俺はただうまい飯を作ってみんなを笑顔にすればいい。
そうすれば、アリスだけじゃない。
きっと、失った仲間も帰ってくる。
鍋に落ちた卵が、じゅわっ、と広がり、満月のように輝いた。




