百三十二話 通地閣ターミナル
「やっぱり、ここがターミナルなのか」
新世界の中心。
天に通じる高い建物という意味で命名された全長100mの通天閣。
その真下でナギサと二人、並び立つ。
「そうね。隠さなきゃならないのに、一番目立つ場所に建てたがる。良くも悪くも大阪は昔からそういう所よ」
「わかりやすくて助かるよ」
未だ、ナギサは透明のままだ。
側から見れば、俺が一人ごとを言ってる変なおじさんに見えてしまう。
「まあ、正確には、通天閣自体にターミナルはないけどね」
透明のナギサがコンコン、と地面をける。
「裏称、通地閣。低層エレベーターにターミナルキーを使うことで地下100mまで行くことができる。そこがターミナルよ」
マキエから奪ったターミナルキーを改めて確認した。
見た目は普通の鍵と変わらない。
違うところは、マキエがつけたと思われるビリケンさんのストラップがゆらゆら揺れて邪魔なくらいだ。
「これ、外してもいいかな?」
「何言ってるの。そっちがターミナルキーよ」
「え? そ、そうなのか。だ、大事にするよ」
多少馴染んだつもりでいたが、やはり大阪のセンスはわからない。
ターミナルキーさんを大事にしまい、ナギサと通天閣の中に入っていく。
「ここまで楽勝で来れたけど、ターミナルの警備は、今日お休みなのか?」
「そんなわけないでしょ。タッちんが来てからずっと特別警戒中よ。ただでさえ、過去、関係者以外でターミナルに潜入できたのは、一人だけだと言われているわ」
「俳優の古代龍之介か」
「マキエに聞いたの? あくまで噂だけどね。本部は否定している」
それは間違いじゃない。
古代龍之介は、俺たちの世界にやって来て、エンシェントドラゴンとして暮らしている。
それもアザトースと同じ過去転移だ。
ドラゴンに変化できる設定は、子孫であるクロエやカルナ、他の一族にも受け継がれている。
一体、何の目的でやってきたのか。
現時点では、敵か味方かすら判別できない。
「かなり警戒されてるなら、このまま行くのはまずいだろう。俺も透明になったほうがいいんじゃないか?」
「逃げるようにコソコソ帰ってどうするのよ。タッちんは宇宙最強として、堂々と真正面から帰還しなくちゃ」
いや、そんな無茶振りやめて。
できれば誰にも知られることなく、タッちんはひっそりと帰りたい。
「まあ、大丈夫よ。任せておいて。再生数ハンパないから。かなりバズってるわ」
再生数? バズってる?
聞き慣れない単語に首を傾げる。
「なんだ? またなにかやってるのか? 俺にもわかるように説明してくれ」
「いひひ。まだ内緒」
姿は見えないが、ナギサが笑っているのがわかる。
こんな状況なのに、どこか楽しんでいるようだ。
通天閣の入り口ゲートでも、特に止められることなく、内部に侵入する。
ターミナルに行くための低層エレベータは、本体とは別に建てられた白い円柱形の専用棟で稼働していた。
「なんだか、周りの人たち、俺を怯えたような目で見てないか?」
「さあ、気のせいじゃない」
エレベータ前に移動すると、そこにいた人々が俺を避けるように離れていく。
「気のせいじゃないよっ! 子供が俺を見て泣きそうになってるよっ! なにしたのっ!?」
「マキエとの対決をYouTubeで配信してるの。全世界にタッちんの勇姿が流れてるわ」
「え? あのファイナルクエストンのやつ?」
「うん、あのファイナルクエストンのやつ」
離れた所で恐る恐る見ている子供に向かってにこやかに笑いかける。
ひっ、と悲鳴をあげた後、ギャン泣きしながら逃げ出した。
「な、な、な、何してんだよっ!! 俺、ヤバいテロリストみたいになってるじゃないかっ!!」
「ちなみに今、タッちん、ファイナル・タクミ・クエストンって呼ばれてるから」
なんてこった。
しかもナギサが透明なので、今も一人で大騒ぎしてる危ない奴になっている。
もう普通にお好み焼き定食、食べれないじゃないかっ!!
心の中で泣き叫びながら、低層エレベータに乗り込んだ。
地下1階から2階までのボタンと、その下にある非常ボタンが目に入る。
「非常ボタンにターミナルキーをあてて」
まったく鍵に見えないターミナルキーさんで、非常ボタンを押す。
ボタンの文字がくるりと回転し、『非常』から『緊急』に変わった。
アラームが鳴り響き、エレベータ内が赤く発光する。
『裏コード認証。通地閣ターミナルコア移送』
ぐんっ、と身体にGを感じた瞬間には、すでにエレベータは、とんでもない速度で落下していた。
一瞬で目的地に到着し、チンッ、という音と共に、扉が開く。
一面、真っ白な長い廊下が続いていた。
「この先がターミナルよ」
「誰もいないな。特別警戒中じゃなかったのか?」
「ファイナル・タクミ・クエストン効果ね。おそらく全員、移動してるわ。ウイルスや微生物は持ち込めないから、あっちの世界で決着をつけるつもりね」
カチンと音がしてナギサが姿を現す。
「最大戦力で待ち構えているかもしれないわ。どうする? 先にこっちの世界を支配して、仲間を集めて押しかける?」
ナギサの提案に首をふり、まっすぐ廊下を歩いていく。
突き当たりに両開きの大きな白い扉が見えた。
「すぐに帰るよ。俺は久遠匠弥でも、ファイナル・タクミ・クエストンでもない」
扉に手をかけると、あの時と同じように鍵はかかっていなかった。
「ただのタクミなんだ」
ターミナルからあふれる白い光が、俺の身体を包み込む。
レイア、クロエ、カルナ、ヌルハチ、サシャ、そしてアリスの顔が浮かんできた。
ほんの数ヶ月なのに、もう随分と長く会っていない気がする。
「バイバイ、新世界」
すべてが白く染まる中、生まれた世界に別れを告げた。




