百三十一話 ファイナルクエストン?
「メンテナンス情報を送って、マキエの機械部位を停止させる。手動モードに切り替わったら、反応がコンマ5秒ほど遅れるわ」
「そ、それでどうにかなるのか」
「なるわけないじゃない。まともに戦ったら瞬殺されるわよ。戦っても勝てないと相手に思わせる。その戦法しかないわ」
ナギサと事前に打ち合わせたように、マキエは俺の力に怯えている。
後は決め台詞で仕上げれば、戦わずして勝利できるはずだ。
「ターミナルの鍵を渡してここから去れ。無駄な戦いはしたくない」
「……絶対に勝てる自信があるのか、久遠匠弥」
「よくわかったな、そのとうりゅぅや」
噛んだ。
決め台詞を噛んでしまった。
さっきまで、畏怖を抱いて俺を見ていたマキエが、疑念の顔に変わる。
「やばい、決め台詞失敗した。どうしよう、ナギサ」
唇の裏に仕込んだ小型マイクに小声で話しかける。
『どうしようじゃないわよっ!なんで一番大事なところで噛むのよっ!』
同じく耳に仕込んだ小型イヤホンから、ナギサの怒声が聞こえてきた。
「き、緊張したんだよ、仕方ないだろう。やばいぞ、なんか、ものすっごい疑いの眼差しで見つめられてる」
『と、とりあえず、あれよ。困った時は、あせらず、新しいおもちゃを見つけた少年のような顔よっ』
「お、おう、頑張ってみる」
焦った顔を隠すように、きらめきおもちゃ少年フェイスに切り替えた。
しかし、疑っているのか、マキエは、超至近距離で俺の顔をジロジロと睨んでいる。
「め、めちゃ見られているっ。おもちゃ少年フェイス通用しませんっ。どうぞっ」
『くっ、なんとか後5分、時間を稼いでっ、作戦Bに切り替えるっ、どうぞっ』
「む、無理だっ。表情筋も限界だっ。すでに全身がダラダラを欲しているっ、どうぞっ」
『どうぞじゃねーよっ! ぶっ飛ばすぞっ! くそニートっ!』
怒声と共にナギサの通信がブツリと途切れる。
なんとか、おもちゃ少年フェイスを保ったが、たらりと冷たい汗が頬を流れた。
「……不思議ね。簡単に勝てるような気もするし、まったく敵わないようにも感じる」
マキエが俺を観察しながら、機械の左腕を動かして動作を確かめる。
「やってみるしかない、か。最悪でも、私が壊れるだけよ」
いや、壊れるのは俺のほうだからね。
仕方がない。
こうなったら、こちらに来てから身につけたゲームや漫画の知識を活用して、なんとか切り抜けねば……
「……動かないほうがいい」
手のひらを前に突き出し、待て、のポーズをとる。
マキエの身体が少しだけ、ぴくん、と反応した。
「君が来るまで、俺が部屋に何も仕掛けてなかったと思っているのか?」
「っ!? ……何をしたっ!? 久遠匠弥っ!!」
まったく何もしていない。
筋肉スーツを着るギリギリまで、ロールプレイングゲームをやっていた。
だってクリア寸前だったんだもん。
しかし、どうやらマキエは食い付いてきてくれたようだ。
「気づかないのか? この部屋に充満している酸素にはすでに10%以上のファイナルクエストンが含まれている」
「ファ、ファイナル、クエストン?」
「知らないのも無理はない。ここにきてから俺が発見した新種の培養微生物だ。その大きさは1ミクロン以下で視認することはできない。普段は人間にまったく害のない生物だが、月の光を長時間当てることで活性化し、そこにエリクサーを吹きつけることで、空気に浸食し、さらなる進化を遂げていく」
自分でも、もはや何を言っているのかわからない。
聞いているマキエは、さらに意味不明だろう。
「恐ろしいのはここからだ。空気中で進化したファイナルクエストンは、その中で細胞分裂を繰り返す。酸素と結合し、時間と共に増殖していく。それが10%以下なら人体に問題ない。しかし、それが10%を超えると……」
「ど、どうなるんだ?」
「どうなるとおもう?」
のめり込んだゲームの設定を適当に繋ぎ合わせただけだし、クリア寸前で止まっているので、オチはわからない。
けど大丈夫。
すでに五分の時間は稼いでいる。
作戦Bに移行しているはずだ。
「わからないのか? もうすでに始まっているぞ」
「なっ!! これはっ!? 右手が重いっ!! まるで誰かに掴まれているようだっ!!」
うん、本当に掴んでいるからね。
隣の部屋で待機していたナギサが間に合ったようだ。
作戦B。
ステルス迷彩を着たナギサが、ひたすら頑張る作戦だ。
「ファイナルクエストンは動いた者に反応して、動きを止める。濃度が10%を超えることで、重力を操作できるようになるんだ」
「くっ、まるで右手に二十歳前後の成人女性がしがみついているような感覚だっ」
え? バレてる?
「ちょっと、ナギサ。気をつけてっ。バレちゃうよっ」
『仕方ないじゃないっ、マキエ、力強くてっ、ダメっ、引っ張られるっ』
見えないのにマキエの腕にぷらーん、とぶら下がるナギサが見えるようだ。
まずいぞ。ナギサ・オン・マキエにも勝てる気がしない。
「それ以上動くなっ! 俺は、アンブレラポーションにより、ファイナルクエストンを操ることができる。体内に侵入して脳を潰すことも可能だっ!」
「馬鹿なっ、そんなことがっ! ひゃっ!!」
マキエが可愛く悲鳴をあげて自分の耳をおさえた。
俺の意図を察してくれたナギサが、耳を触ってくれたのだろう。
「わかるか? 脳だけじゃない。全身の毛穴から入って中をぐちゃぐちゃにすることも簡単だ」
自分で言ってて、ぞわっ、とした。
お尻の穴がきゅん、ってなる。
「鍵を渡せ、マキエ。俺はお前をぐちゃぐちゃにしたくはない」
マキエは青い顔でガタガタ震えながら、ターミナルの鍵を俺が差し出す手のひらに置いた。
「……久遠匠弥、お前は本当に宇宙最強なのか?」
『今度は噛むなよ、タッちん』
ゲームの主人公のように、ゆっくり落ち着いて、きらめきおもちゃ少年フェイスで答える。
「よくわかったな、その通りだ」
噛まずに上手に言えました。
てか、タッちんて誰だよ。




