閑話 タクミ
「……これも想定内なの? 久遠匠弥」
マキエの質問に答えることはできない。
『あんまり喋るとボロが出るから、困った時は、新しいおもちゃを見つけた少年のような顔でもしてなさい』
言われた通りにしていると、マキエの右半身から、ぶわっ、と汗が吹き出した。
……すごいな。
本当に俺が死ぬほど鍛えて、ハッキングまでしたと思っている。
「やられたわ。いつからカメラを乗っ取ってたの?」
「パソコンを買ってもらってすぐかな。パズルみたいで楽しかったよ、ハッキング」
うん、できるわけないよね。
ハッキングどころか、いまだに動かし方すらよくわかってないから。
練習通りに、決められた台詞を言っただけです。
ごめんなさい。
余裕の笑みを浮かべているが、本当は今にも逃げ出したい。
引き締まった肉体に見せるための筋肉スーツの中で、弛んだお腹が外に出たくて悲鳴をあげていた。
そう、三ヶ月前から俺は何も変わっていない。
カッコよく「よくわかったな、その通りだ」と言ってから三日ぐらいは頑張った。
でも、そこまでだ。
冒険者をやめてから十年以上もだらだらしてたもの。
急に真面目になれるわけがない。
すぐに全身が筋肉痛になり、動けなくなった。
ちょっと休憩して、明日から頑張ろうと思っていたら、ずっと休憩したままだった。
そういえば、昔レイアが来た時も、鍛えようと決心したのに、結局、何もせず終わってしまったなぁ。
「……まあ、俺が頑張らなくてもアリスやみんながなんとかしてくれるだろう。下手に動いて足手まといになったら迷惑だしな」
寝転びながらゲームをして、スナック菓子の袋に手を伸ばす。
ぎゅむっ、とその手が踏んづけられた。
「いってぇっ! なんだっ!? 何が起こった!?」
マンションの部屋には俺しかいない。
なのに、見えない何かが、さらにグリグリと俺の手を踏みにじる。
「あんた、あれだけカッコつけといて、よくまあ、そんなふうにいられるわね」
「その声は、ナギサかっ!?」
声は聞こえるが、やっぱり姿は見えない。
しかも、俺の手はいまだ踏まれたままだ。
「マキエの報告を聞いて、けっこう期待したんだけどなぁ。でも、いきなり、シリアスになられても、それはそれで似合わないか」
カチン、という機械音がした瞬間、ナギサが突然目の前に現れる。
全身ぴっちりの、艶かしい服に身を包んでいた。
「い、いつからいたんだ? そ、その服は……?」
「ステルス迷彩よ。光の屈折で姿を消すことができるの。そんなことより……」
ナギサが冷たい目で俺を見つめる。
「一週間ほど見させてもらったけど、もう限界だわ。毎日毎日、食っちゃ寝、食っちゃ寝、暇さえあればゲーム、ゲーム、ゲーム、一体どういうつもりよ」
「……わからない。みんなを救うために戻ろうと思っていたんだが、気がついたら、ゴロゴロしてしまうんだっ。もしかしたら、アザトースは俺に引きこもりニートの設定を……」
「そんな設定あるわけないでしょ」
俺の言葉をさえぎるようにそう言いながら、ナギサはまるでゴミ虫を見るような目で俺を見る。
やめて。そんな目で見ないで。
「向こうがどんなことになってるのかわかってるの? もう、あきらめるつもり?」
「……解決策が見当たらないんだ。マキエを倒すことも監視カメラを潜り抜ける案も浮かばない。どうしたらいいかわからないんだ」
俺だってあきらめたくはない。
だが、冷静になって考えたら、アリスでさえ苦戦していたマキエを倒すなんて、どんなに鍛えても不可能だ。
「……はぁ、いいわ。とりあえず、マキエが休んでる間に、監視システムを上書きする」
ため息まじりにそう言ったナギサが、部屋にあるパソコンを起動させる。
「ど、どうして? ナギサはアザトースやマキエの仲間じゃなかったのか?」
「……あなたたちみたいに、明確な仲間じゃない。同じ組織にいても、侵攻派と共存派で意見は分かれている。まあ、私は中立派でどっちでも良かったんだけどね」
「それが、どうして俺に協力を?」
俺のほうをチラッと見ながら、ナギサのパソコンを打つ手は止まらない。
「さあ、なんでかな。ハッキリとした理由なんてないかもしれない。ただ、一緒に食べたオムライス。あれはなかなか美味しかったわ」
あのオムライスを作った時には、もう設定が剥がれて昔のように作れなくなっていた。
でも、ヌルハチと一緒に、なんとか昔の味を思い出して、もう一度再現できたんだ。
「ありがとう、ナギサ。向こうへ帰ったらまた作るよ」
「……別にそんなことで協力してるわけじゃないけどね。でもちょっと驚いたの。設定がなくなっても、同じように作れたことに」
作業は、順調に進んでいるようで、パソコンの画面には、ロック解除の赤文字がたくさん浮かんでいる。
「ただの勘違いだったけど、あなたは向こうの世界で宇宙最強だった」
部屋の中に仕掛けられたカメラが、俺とナギサを捉えていた。
しかし、パソコンには、俺が一人でゲームをしながらゴロゴロしている姿が写しだされる。
「い、一体、何をする気なんだ?」
「まずはマキエを騙すわ。その次は世界中よ」
「世界中って、どっちの?」
「どっちもに、決まってるじゃない」
いつのまにか、ナギサはパソコンを触りながら口笛を吹いていた。
「たんたた♪ たんたた♪ たんたたたたた♫」
聴き慣れたそのメロディーを、いつのまにか俺も口ずさむ。
「勘違いは終わらせないわ」
新しいおもちゃを見つけた少年のような顔で、ナギサが笑った。




