百三十話 長い冒険の終わり
「では、これより十豪会を開会するっ! 」
何度目の宣誓だろうか。
ギルド設立当初から、幾度となく行われてきた十豪会。
そのすべてに参加していたのは、わしと彼女の二人だけだった。
『しかたない。お主がギルドを作るなら、少しは協力してやろう』
魔力が枯渇し、幼女になっても、座っていた大賢者は、初めてそこから姿を消す。
かつての師であり、友であり、好敵手であり、恋焦がれた存在だった。
腰にぶら下げていた鈴を握りしめる。
消滅したボルト山跡地で拾った転移の鈴。
『この鈴に転移魔法を組み込めないか?』
思えば、彼女がわしに頼み事をしたのは、後にも先にも、あの一回だけだ。
生きておるのか。それとも、すでに……
黒く変色し、壊れた鈴は、なんの音色も奏でることはなかった。
「本日の十豪会の議題は、ルシア王国女王、サリア・シャーナ・ルシアと結婚し、国王となったタクミについて。そして、その数日前に起きたボルト山消滅事件との関連事項になります」
淡々と説明するリンデンとは対象に、円卓はどよめき立つ。
「心配せんでよい。この会議室の周りは四神柱の結界で封鎖しておる。何を言おうと外部には、一切漏らさん。ここだけの話じゃ。遠慮なく、なんでも言うてくれ」
タクミやアリスたちを倒した者がいるならば、この会議を見逃すはずがない。
結界があったとしても、決して油断してはならないだろう。
「なあ、おい」
最初に口を開いたのはランキング十位、狂戦士ザッハだった。
前回と同じように円卓に両足を置いたまま、ふんぞりかえって話し始める。
「まどろっこしいのはやめようや。要はあれだろ、タクミの住んでいた山が襲撃され、アリス共々、上位ランカーは全滅した。国王となったタクミは偽物で、なにかヤバイことを企んでる。そういうことだろ?」
いきなり、円卓がしん、と静寂に包まれる。
誰もが思っていても、口に出せなかったことを、ザッハは平然と言ってのけた。
「馬鹿にゃのかっ、ザッハ。その真偽を確かめる会議だにゃ。勝手に決めつけていい問題じゃないにゃ」
「いや、ミアキス。我も見たがアレは明らかにタクミではない。そこから始めていいだろう」
「吾輩もそうだと思っていたにゃ。さすが魔王様にゃ。言葉の重みが違いますにゃ」
ザッハが睨むが、しらんぷりを決め込み口笛を吹くランキング四位、獣人王ミアキス。
「では一体、あのタクミは誰だというの?」
「……推測ですが、恐らく、この世界の者ではないでしょう」
ランキング五位、勇者エンドの質問に答えたのは、ランキング八位、最高頭脳デウスだった。
「世界中で起こっている違和感も関係しているはずです。異世界の人間が何人もこちらに紛れ込んでいる。なのに、これまで誰もそのことに気づかなかった」
デウスは隣に座るランキング七位、半機械マキナのほうを見る。
「ここにいるマキナの記憶は改竄されています。彼女が半身を失うことになった戦争など存在しないことが判明しました。いやマキナの家族も、友人も、住んでいた町そのものがこの世界に存在しません」
「……ワタシハ、恐ラク、異世界ノ人間デス」
心臓のある左胸部分に手を置きながら、小さな声でマキナはそう言った。
「ボルト山消滅事件カラ、鼓動ニ異常ガ見ラレマス。自分ニ近シイ者ガ、コノ世界ニヤッテ来タト推測シマス」
「もしかしたら、マキナ以外にも、この円卓の中にいるかもしれませんね」
「それは大丈夫じゃ、事前に隠密の里の特務調査機関に依頼しておる」
ランキング六位、隠密ヨルのほうに合図を送ると、すっ、と立ち上がり、調査の内容を語り始めた。
「ボルト山消滅事件において、綿密な調査の結果、数名の者を特定しました。
ルシア王国騎士団長ナギサ。
元ランキング七位、超狩人ダガン。
……私の妹だった隠密姉妹、ヒルとアサ。
魔王四天王の一人、闇王アザトース。
そして、マキナと逆、左半身が機械の女性が確認されています」
「……アザトースか」
その名前に反応したのは、やはりランキング二位、魔王マリアだ。
「心当たりがあるのか?」
「あるといえばあるが、漠然としたものだ。彼奴が話す言葉、口ずさむ音楽、どれもがこの世界の枠から外れていた」
「……本当の力も隠していたのじゃろうな」
十中八九、国王となったタクミはアザトースだろう。
だとすれば、あの姿は……
「国王となったタクミのあの姿、あれは変化の魔法を使っておると思うか? ゴブリン王」
ランキング一位、代理人ゴブリン王ジャスラック。
変化魔法において、彼の右に出る者はいない。
「違いますね。あれは正真正銘、本当の素顔です。しかし、タクミ殿ではありません」
「……だったらアレはなんだ? ゴブリン王」
「わかりません。年齢も近いように見えます。双子か、それとも兄弟か……」
「……どちらにせよ、無関係ではないということか」
ギルドランキング一位にして、大武会優勝者。
大草原の戦いを、誰一人戦死者を出さずに収めた男。
誰もが世界の王と認めるタクミ。
それが入れ替わりルシア王国の国王となったのだ。
目的は世界征服か。
いや、もしかしたら、それ以上の……
「本物のタクミでない限り、ギルドは真っ向から対立する。アレの正体を暴き、全世界に……」
「会長っ!!」
それはあまりも突然だった。
円卓に集まった全員が、皆、同じようにわしのほうに注目する。
いや、正確には、わしの背後にいる男にだ。
「失礼するよ」
声が聞こえたが振り向けない。
「大丈夫、席は必要ないよ。すぐに終わる」
その圧倒的な重圧に、いまにも押しつぶされそうだ。
「……アザトース、じゃな」
「その名前はもう破棄したよ」
「四神柱は反応しなかった。どうやって結界を?」
「あれは元々、私のものだ。飼い主にペットは逆らわない」
大武会で本物のタクミと戦った時以上の絶望感。
円卓の誰も、魔王ですら微塵も動けずにいる。
動けば命がないことが、当然のように理解できた。
「わしらを、どうするつもりじゃ」
「ギルドは排除させてもらう。ここにいる者は、今日で全員引退だ。この世から、な」
背後から闇が広がり、円卓を包みこむ。
大丈夫だ。
ギルドは潰れん。
わしがいなくとも、その意志は受け継がれていく。
そうじゃろう? なあ、ヌルハチ。
転移の鈴を握りしめ、すべての魔力をそこに集める。
「やめてっ!!」
リンデンの叫び声に重なるように、ざしゅっ、という炸裂音が耳に響き渡った。
円卓の中央に、コロコロと丸い物が転がっていく。
それが、自分の首だと気がつくのに、少しばかりの時間がかかった。
首のないわしの身体、その後ろに立つ、タクミの顔をしたアザトースに向けて、にっ、と笑う。
握りしめた鈴が輝き出し、転移の鈴が発動した。
「老木は枯れても種は蒔かれるか。ふっ、見事だな、バルバロイ」
0を除いたすべての数字が光に包まれる。
悪いが、どこに飛ぶかはわからない。
まあ、こいつらなら、どこでもうまくやれるじゃろう。
わしとアザトースを残し、十豪会のメンバーは、光と共に転送された。
円卓の周りに、十一本の光の柱が並び立つ。
まばゆい光の中で、冒険者に憧れていた、若い頃の自分が走っている。
なんの才能もなかった少年は、大賢者に拾われてから、ずっとずっとその背中を追いかけてきた。
光はゆっくりと消えていき、意識は真っ暗な闇の中に落ちていく。
そんな中、最後に残った小さな光の向こうで、彼女が待っていた。
まるであの頃の少年のように、嬉しくなって全力で駆け寄って行く。
『よくやったな、バル』
百年ぶりに褒められて、熱いものが込み上げてきた。
少し涙ぐみながらにっこり笑う。
長い長いわしの冒険は、そこで終わりを告げた。




