百二十九話 タクミのいない十豪会
再び、ギルド協会に戻ってくる日が来るとは思わなかった。
世界逆行の禁魔法を使って以来、私は魔法の使えない身体になっている。
それでもバルバロイ会長は、私を再び秘書として、呼び戻した。
「あれが本物のタクミかどうか、お主なら一目でわかるじゃろう、リンデン・リンドバーグ」
当然だ。
魔力がなくなっても、想いはカケラも失っていない。
ルシア王国、王城にて行われている断崖の王女、サリア・シャーナ・ルシアの結婚式。
城のバルコニーから、民衆に向けて手を振っている。
その隣に立つ男は、タクの顔をしていたが、まったく違う別の男だった。
「完全な偽物です。似ているのは、姿形だけですよ」
あふれる怒りを抑えながらなんとかそう口にする。
本物のタクはどこにいったのか。
住んでいた洞窟も、山ごと世界から消滅した。
そして、一緒に住んでいたアリスやレイアたちの行方もわからない。
宝石が散りばめられた豪華な純白のドレスを着たサシャは、作り笑いを浮かべているが、その瞳は、死んだ魚のように濁っている。
タクの偽物とわかって結婚したのだろう。
すぐに飛び出して、何があったか聞き出したいが、今の私にはどうすることもできない。
ギルド協会の長であるバルバロイ会長ですら、ルシア王国には、逆らえないだろう。
ぎっ、と唇を噛み締めながら、タクの偽物を睨む。
「よせ、悟られるぞ」
ふわっ、と優しい空気が私が放った殺気を包み込む。
バルバロイ会長が得意とする鎮静の魔法だ。
「……会長」
「心配せんでよい。このままにはしておかん」
うっすらとゆらぐような、しかし、それでもはっきりと、バルバロイ会長の身体から殺気が放たれていた。
鎮静の魔法は私だけではなく、自身にもかけていたのか。
アリス共々、行方不明になっている大賢者ヌルハチとバルバロイ会長は旧知の仲だったと聞く。
普段は啀み合っているが、二人にしかわからない絆があったのだろう。
「十豪会開会を発令せよ。ギルド総力を持って、あの偽物と対峙する」
ランキング上位は、半数以上が行方不明。
洞窟前にあった円卓も消失した。
かつてギルドにあった力はほとんど失われている。
あの偽物がアリスたちを亡き者にしたならば、ギルド協会など、ゴミ屑以下の存在だろう。
それでも、だ。
それでも決して諦めない。
なんの力もなかったタクは、世界を滅ぼすような力にも真っ向から立ち向かい、私を守ってくれた。
「かしこまりました。十豪会、ただちに召集致します」
大歓声の中、サシャは壊れた人形のようにずっと手を振り続けている。
その隣にいた偽物の姿は、すでになくなっていた。
結婚式の日から十日後。
ここ、ギルド協会本部会議室にて、十豪会は開催されることになった。
円卓の製作は間に合わず、旧ルシア王国の遺産である巨大時計台の盤を拝借し、テーブルに改造する。
開催時刻の正午前に全員が揃い、十二の席はすべて埋まった。
前回のメンバーはほとんど残っていない。
それぞれが自分以外の者を見渡して確認している。
「おいおいおい、宇宙最強も人類最強も大賢者もいねえじゃねえか。もう俺様が一位でよかっただろ」
「黙るにゃ、ザッハ。十位に入れたことが奇跡にゃ。ふざけたこと言ってると、またランク外に落っこちるにゃ」
「はっ、その時はまた這いあがってやるよ。だいたい、なんで武器屋の親父よりランクが下なんだ。それが納得いかねえ」
向かい合わせになった十位のザッハと四位のミアキスが話し出したのを皮切りに、会場がざわつきはじめた。
「すみません、私などが九位になってしまうとは。お詫びと言ってはなんですが、新入荷のおすすめ武器を特別価格にてご提供させて頂きますよ」
「おお、魔盾ビッグボムみたいなのがあるのかっ。ちょうど鎧がくたびれて買い替えようと思ってたんだ」
「ええ、ありますとも。ザッハ様にぴったりの鎧が。こちらは魔鎧グリトグラと申しまして、受けたダメージを二倍にして相手に返す素晴らしい鎧です。……まあ、副作用でさらにその十倍のダメージを負うことになりますが、ザッハ様ならきっと使いこなせるはずです」
最後の方は小声かつ早口で、こっそりと話すタクミ村の武器商人ソネリオン。
タクに魔剣カルナを与えた彼の正体が、魔装備を売る魔族であると判明したのは、つい最近のことだ。
「どうだ、マキナ。記憶回路の復旧は?」
「現在2%デス。私ガ家族ヲ失ッタ戦争ハ存在シナカッタ事ヲ認識シマシタ。引続キ、回復作業ヲ実行シマス」
七位のマキナと八位のデウス博士の二人はここについた時から、ずっと二人で話している。
タクの住む山が消失する前、マキナに似た人物の目撃情報が入っていた。
今回の件にマキナは大きく関わっているのかもしれない。
「エンド、その剣、リックに返さなくていいの? 本来は彼のものでしょう」
「うん、今の勇者はボクだと言って託してくれた。タクミカリバーとマサムネ亡き今、このエクスカリバーが最後の聖剣だ。命に変えても守ってみせる」
六位のヨルと五位のエンドが仲良く会話していた。
二人とも、今はリックの所に身を寄せているようで、だいぶ仲良くなっているみたいだ。
「それより、ヨルこそ、このままでいいのか? 早くしないと、あの二人くっついてしまうぞ」
「な、な、な、なんのことっ、わ、私はリックのことなんて……」
「ボク、リックの名前なんか出してないよ?」
「はぅっ」
あの二人だけ、十豪女子会みたいになっている。
ちょっと面白いので放っておこう。
「リック、余の上にゴブリン王がいるのだが、これは何かの間違いか?」
「……ジャスラッ君は代理人だよ、マリア。本当の一位はここに来ていない」
二位の魔王と三位のリックが、一位の席に座るゴブリン王について語っていた。
私も改めて、出席者名簿を確認する。
【十豪会出席者名簿】
ランキング零位 会長 「バルバロイ・サウザ」
ランキング一位 謎の最終兵器 「A」
(代理人)ゴブリン王 「ジャスラック」
ランキング二位 魔王 「マリア」
ランキング三位 沈黙の盾「リック」
ランキング四位 獣人王 「ミアキス」
ランキング五位 勇者 「エンド」
ランキング六位 隠密 「ヨル」
ランキング七位 半機械 「マキナ」
ランキング八位 最高頭脳 「デウス」
ランキング九位 魔商人 「ソネリオン」
ランキング十位 狂戦士 「ザッハ」
ランキング外 司会進行 「リンデン・リンドバーグ」
会長とゴブリン王は「A」に関して、一切口を開かなかった。
だが、Aから始まるイニシャルと代理人ゴブリン王から、誰もがあの女を想像するはずだ。
本当は「A」など存在せず、希望を持たせるために用意した、ただのハッタリかもしれない。
「会長、時間です」
「うむ」
時計台を改造した円卓の針が重なり、正午ちょうどを迎えた。
バルバロイ会長が大きく息を吸い込んで、ギルド協会本部全域に響き渡るような大声で宣誓する。
「では、これより十豪会を開会するっ! 」
最後の十豪会が始まった。




