表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/420

百二十八話 久遠匠弥の華麗なる一日

 

久遠くおん匠弥たくみの朝はいつも遅い。

 深夜アニメにハマっているため、起床はいつも昼過ぎだ。

 朝食は摂らず、昼にカップ麺を食べる。よほど気に入ったのか、いつも同じメーカーの物しか食べない。

 それから深夜まで、テレビゲームに勤しみ、疲れたら休憩して、スナック菓子を食べながら漫画を読む。

 そして、深夜遅くからアニメを見て、朝方に就寝する。

 それが久遠匠弥の一日のルーティーンだ』


「なに、このダメニートみたいな生活」


 月に一度の定期報告。

 いつもと同じカフェ、いつもと同じオープンテラスに二人座っている。

 報告書を読んだナギサがホットコーヒーを飲みながら呆れていた。

 匠弥の現状をアザトースに報告するために、ナギサは向こうとこちらを毎回行き来している。

 こんなものを見せられては、グチの一つもこぼしたくなるだろう。


「最初の報告では、なんかカッコイイこと言ってなかった? あんたを倒してターミナルに行くとかなんとか」

「うん、言ってたね。それから三日くらいは、自己トレーニングに励んでたけどね」


 向こうの世界では聖杯の影響で、いくら鍛えようが、匠弥は強くなることはなかった。

 しかし、ここでは鍛えれば鍛えるほど匠弥は、強くなることができる。


「鍛えたところで、私を倒せるようになるとは思えないけど、念の為、あらゆる娯楽を買い与えたの。堕落するのにそう時間はかからなかったわ」

「ふーん。チョロいね。もう監視や定期報告いらないんじゃない?」

「それは私たちが決めることじゃない。あの人が決めることよ」

「はぁ、めんどくさいなぁ。自分の子供だからって買い被りすぎだよ」


 ナギサが不満そうな顔でホットコーヒーにミルクを入れてかき混ぜていた。

 実際、私ももう放置して大丈夫だと思う。

 最初は警戒して、毎日、匠弥の生活を監視していたが、あまりのだらけっぷりに、見るのも嫌になっていた。

 今では家から出ることも滅多に無くなり、完全なダメニート道にどっぷりハマってる。



『……私を、倒せると思ってるの?』

『よくわかったな、その通りだ』


 まっすぐ私を見つめて匠弥がそう言った時、その穏やかな口調とは裏腹な激情に圧倒されそうになった。

 私を本当に倒す。

 その時は、愚かにも、そんなふうに感じてしまったのだ。


「……一応、週に一度、食料の買い出しついでに直接様子を見に行ってるの。よかったら一緒に行く?」

「遠慮しとく。監視カメラの映像も貰ったしね。あなたを倒すなんて、何百年経っても無理に決まってる」


 ナギサの言う通りだ。

 匠弥は、すべてをあきらめて自堕落な生活を送っている。服装もいつも同じスエットで、だらしない体型になっていた。


「じゃあね。これが最後になるといいね」


 残っていたホットコーヒーを飲み終えて、ナギサが立ち上がった。


「ほんと、子守にはうんざりよ」


 左目を閉じて、匠弥の部屋の映像を映し出す。

 やはり、いつもと同じように、匠弥は寝転びながらダラダラとゲームをして過ごしている。

 すっかり冷めたホットコーヒーを流し込み、店を後にした。



 匠弥が住むマンションに行く途中、コンビニに寄る。

 一週間分の食料を買うためだ。

 何を買うか悩むことはない。

 匠弥は同じメーカーの同じものしか頼まない。

 一度、緑のカップ麺が無かった時に赤いほうを買ってきたら、食べたくないと返されてしまった。

 どうも変なこだわりがあるようだ。


「……最初はいろんなものを食べたがってたくせに」


 今では食事をすることすら、面倒くさいと思っているのか。

 メニューが変わること事態、極端に嫌がるようになった。

 買い物を済ませて、コンビニを出る時にふと気になった。

 店内の監視カメラが私の方を向いている。


 偶然か?


 小さな違和感。

 だけど、それは大きな胸騒ぎに変わっていく。


 もう一度、左目を閉じて、匠弥の部屋を確認した。

 変わらない。

 いつもと()()()()同じ映像がそこにある。


 背筋にぞくり、と冷たいものが走った。

 慌てて、昨日の映像を再生し、二分割に分けて、現在の映像と見比べる。


「……匠弥っ!!」


 どうしていままで気がつかなかったのか。

 寸分違わず、同じなのだ。

 欠伸をするタイミングも、背伸びをする動作も、食べ物を食べる時も、まったく同じ時間に同じことをしている。


「カメラを乗っ取られているっ!?」


 気がついた時には、走っていた。

 電車よりも、タクシーよりも早く辿り着ける。


 カメラで見ている匠弥の映像はすべてフェイクだ。

 今、匠弥が何をしているか、知らなければならないっ。


 街中に仕掛けたあらゆるカメラが走る私を追いかけていた。

 匠弥を監視していたつもりが、いつのまにか、私が監視されている。


 油断してはならなかった。

 久遠匠弥は、あの人の、アザトースの息子なのだ。



 ドアを開け、部屋に入った時、そこはいつもの匠弥の部屋ではなかった。

 いつも引きっぱなしだった布団は綺麗に畳まれ、散らばったカップ麺やお菓子の袋も見当たらない。


 部屋の中心で寝転がってゲームをしているはずの匠弥は、フローリングの中央で、VRバーチャルリアリティーのボクシングをして激しく手足を動かしていた。

 どれだけの時間、そうしていたのだろうか。

 床に流れた汗が、そこらじゅうに飛び散り水浸しになっている。


「おかえり、マキエ。早かったね」


 匠弥が頭からVRの機器を外してそう言った。

 ボクシングのソフトなど買い与えていない。

 私が買い与えたソフトを売って、自ら購入したのか。


 上半身裸の匠弥の身体は、鍛えに鍛えられ、腹筋が六つに分かれていた。

 中に服を何枚も重ね着して、だらしない身体に見せかけていたのだろう。


「やられたわ。いつからカメラを乗っ取ってたの?」

「パソコンを買ってもらってすぐかな。パズルみたいで楽しかったよ、ハッキング」


 そこには、今までの匠弥はいなかった。

 異世界で育った人間が、わずか数日で高度なハッキング技術を身につけるなど、一体誰が信じるというのか。

 紛れも無い化物が、私の前に立っている。


「カメラを制御できたなら、なぜ、ターミナルに行かなかったの?」

「一人で行っても無駄だからだ。鍵は君がもっているんだろう?」

「……本当に私を倒すつもり?」


 いくら隠れて鍛えていようが、私に勝てるはずがない。

 左側の拳を握りしめ、戦闘態勢に……


 ぎっ、という軋むような音がしただけで、左の指は動かなかった。


「えっ?」

「しばらく動かないよ。メンテナンス情報を送ったんだ」


 私の左半身は、本部のネットワークと繋がっている。

 成長した肉体や怪我に合わせ、アップデートやメンテナンスが随時行われるからだ。

 匠弥は監視カメラだけでなく、そのネットワークごと支配していたのかっ。


自動操縦オートマチックモード終了。これより手動操縦マニュアルモードに切り替えます』


 左肩にある非常用スイッチを押してネットワークを遮断しゃだんした。

 左側の身体がゆっくりと動き出す。

 脳からの伝達は遅れ、動きにズレは生じるが、それでも普通の人間に負けるはずはない。


「……これも想定内なの? 久遠匠弥」


 匠弥は答えない。

 ただ、新しいおもちゃを見つけた少年のような顔で私を見る。


 生身の右側から、ぶわっ、と汗が吹き出す。


 それはアリスと対峙した時にも感じなかった、初めての恐怖だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おお、これが本来の匠弥?! アリスはこれを感じ取っていたということなのかな?
[良い点] くおっっっ!! な、な、匠弥がマジでかっこいいし、能力が高過ぎて、更に不気味過ぎる!! んー、なんか予想が裏切られて嬉しいのはめっさあるんですが、カッコ悪い匠弥も良かったような、寂しいよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ