十四話 Nice to meet you
ゴブリンの群の中心にクロエの放った巨大な火球が打ち込まれる。
巨大な爆発音と共に大きな火柱が立ち昇る。
灼熱の爆風で木々をなぎ倒し、炎をふりまき、一瞬でゴブリン共々、辺り一帯を破壊した。
「痴れ者どもがっ、このお方をどなたと心得る。我らがドラゴンの王、タクミ殿であられるぞっ」
ちがう。ドラゴンの王ちがう。
そうクロエに言いたいがドラゴン形態のクロエが怖くて、心の中でそっとつぶやく。
「ご無事でしたか、タクミ殿」
「う、うむ」
クロエが人間形態に戻ってゆく。
服は、服は大丈夫なのかっ。
一瞬目をそらし、再び見る。
どういう仕組みかわからないが、ちゃんと服を着た状態で戻っていた。
よかった。ドラゴン形態も恐ろしいが全裸はそれ以上に恐ろしい。
「ゴブリンの軍勢がこの山に侵攻していると報告を受け、馳せ参じました」
「何故、こんな事になったんだ。レイアが牧場でちょっとゴブリンを倒しただけなのに……」
「麓の街で、タクミ殿が一国を揺るがすほどの大量のゴブリンを一人で討伐したと噂になっておりますが……」
レイアの方をじろりと見る。
あ、目線逸らしやがった。
「全てのゴブリンを統べるゴブリン王が、タクミ殿を倒す為、軍勢を率いているものと思われます」
いつの間にかエライことになっている。
もはや戦争レベルじゃないか。
「タクミ殿の配下である我らドラゴン一族は、この事態を迅速に収集させる為、現在、こちらに向かうゴブリンの軍勢と抗争しております。しかし、ひ弱なゴブリンとはいえ、あまりにも数が多く、すべてを打ち倒せない状況でありますっ」
「そ、そうか。ご、ご苦労だな」
ドラゴン達が頑張ってくれなければ、さらに多くのゴブリンがここにやって来ていたのか。
ありがとう、ドラゴン。頼もしいぞ、ドラゴン。でも、ドラゴンの王にはならないからね。
「この事態は、おそらく、ゴブリン共を率いるゴブリン王を倒さないと収まりませんっ。だが、我らドラゴン一族の力を持ってしても、未だ、ゴブリン王を発見出来ずにいます」
「聞いたことがあります。確か、ゴブリン王は望んだものに変化する魔術を使えると」
ポキポキと拳を鳴らしながら、レイアがクロエの隣にやって来る。
「面倒ですが、やはり、ここは全てのゴブリンを掃討しましょう」
魔剣さんに吸われた力が回復してきたのか。
レイアの目がなんだか輝いている。
「それは得策ではないぞ、小娘。ゴブリン共の数は計り知れん、それこそ無限に……っ!」
「ごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶっ」
クロエの言った通りだった。
新たなゴブリンの軍勢が津波のように山を登ってくる。
「タクミさん、パワー充電、完了いたしましたっ。もう大丈夫ですっ」
レイアがそう言って俺たちの前に出る。
「おまえ、暴れたいだけだろ?」
「そ、そんなこと、な、ないですよっ」
絶対うそだ。目が泳いでいるもの。
魔剣に力を吸われて、さっきまで戦えなかったから欲求不満が溜まっているのか。
「か、神降ろし、朱沙ノ王っ!」
誤魔化すように神を降ろすレイア。
いいのか? そんな事で神降ろしちゃっていいのか?
レイアの身体が突然、真っ赤に染まり、腕周りが二倍以上に膨れ上がる。
『なにもかも蹴散らしてくれるわっ』
カタナを抜き、雄叫びをあげながらゴブリンの群れに意気揚々と突っ込んでいくレイア。
衝撃音と共にゴブリン達が次々と吹っ飛んでいく。
「クロエ、あの軍勢の中にゴブリン王が混ざっていると思うか?」
「わかりませんっ、だが、あまりにもここにゴブリンが集まりすぎですっ。近くに何か怪しいものはありませんかっ、タクミ殿っ」
ある。
最初から違和感があった。
レイア程の者がゴブリンの気配に気つかず、ここまで尾行されること自体おかしかった。
もし、最初から変化の魔術を使ったゴブリン王をレイアがここに持ち込んでいたとすれば……
右手の魔剣を見て、次に洞窟の入り口にいるチハルを見る。
チハルがゴブリン王だとは思いたくない。
「この魔剣、しゃべるんだけど、怪しくないか?」
クロエが魔剣をマジマジと見る。
「……これは違います。タクミ殿」
クロエがハッキリと断言する。
「名前さえ剥奪された邪龍。魔剣に封印された我らドラゴン族の面汚しです」
『チッ、バレてもうたわ』
魔剣さんが舌打ちをしている。
どうやら、ドラゴン族の関係者のようだ。
確かにたまにクロエから出る方言と同じ言葉を話している。
「しかし、力を吸い尽くし、誰もが装備できなかった魔剣を平然と持っているとはっ。やはり、タクミ殿は恐ろしいっ」
『まあ、確かにある意味恐ろしいわ』
クロエにも魔剣さんの声は聞こえないようだ。
持っている俺にだけ聞こえるのだろうか?
「また、ぶちゃいく、いぱい、とんでゆっ」
レイアが次々とゴブリンを吹っ飛ばすのをチハルが楽しそうに見ている。
魔剣さんがゴブリン王でないのなら、まさか、本当にチハルが……?
「あれ、あの子……?」
「ああっ、違うぞっ、チハルはゴブリン王じゃないっ」
「え、それはわかりますよ。だってあの子、ヌ……」
「あーー、クロエっ、言っちゃ、めーーっ」
チハルがクロエの名を叫ぶ。
俺達だけじゃなくて、クロエの事も知っているのか。
チハルの謎がさらに深まっていく。
そして、ゴブリン王の方は選択肢が一つしか無くなってしまう。
レイアが今日持って帰ってきたものは三つあった。
魔剣さん、チハル、そして……
もーー、と呑気にあくびをしているそれを見る。
出来れば、それがゴブリン王だとは思いたくない。
だってそうなら、俺達はゴブリン王の乳を飲んだことになる。
「クロエ、あれがゴブリン王とかないよな?」
「まさかっ、でも可能性はあります」
モウに近づくクロエの背に向けて祈る。
どうか、ゴブリン王でありませんように。
クロエがモウに向かって、鋭い鉤爪を振り上げる。
だが、それが振り下ろされることはなかった。
風圧と共にクロエが吹っ飛んだ。
俺のすぐ横を、ばひゅん、と通り過ぎ、洞窟の入り口横の壁に激突する。
「どうして、なかなか、鋭いじゃないか、人間」
さっきまで呑気にあくびしていたモウがその姿を変えていく。
ああ、終わった。
俺、ゴブリン王の乳飲んでしまったよ。
果てしない絶望感の中で、その姿を見る。
他のゴブリンとは根本的に違っていた。
子供程しかない身長ではなく、すらりと伸びた高身長。
緑色の肌ではなく、透き通るような白い肌。
巨大な頭やギョロギョロした目玉ではなく、さらさらの青い長髪に、エメラルドグリーンの瞳を持つハンサムな甘いマスク。
スタイリッシュなスーツ姿のゴブリン王が胸に手を置き、お辞儀をする。
「初めまして、僕がゴブリンの王、ジャスラックだ」
自己紹介を聞いている場合ではなかった。
身体の中にゴブリン王の乳が流れている事実を受け入れられない。
「タクミ、だいじょぶだよ」
チハルがゴブリン王ジャスラックを指差す。
胸ポケットに大きなモウ乳の瓶が差し込まれていた。
「姿を真似るだけで、性能までは真似できない。心配ないよ。君達が飲んだのは本物のモウ乳だよ」
よかった。本当によかった。
ありがとう、ゴブリン王。
『感謝してる場合やないで』
魔剣さんが忠告する。
『かなり強いで、ゴブリン王』
「た、助けてくれるか? 魔剣さん」
『無理や。力の放出は一日一回や。営業終了いうたやないか』
何度ピンチを乗り越えればこの夜は終わるんだろう。
レイアにおつかいを頼むことは二度とない。
そう心に誓う。
「さて、それでは」
ゴブリン王ジャスラックがもう一度お辞儀をする。
その顔が実に嬉しそうに笑う。
「始めようか、タクミ君」
なんとか話し合いで解決できないだろうか。
「な、ナイストゥーミーチュー」
俺は精一杯の友好的な笑顔で、ゴブリン王を出迎えた。




