表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/420

閑話 久遠匠弥

 

『タッくんっっ!!!』


 名前を呼ばれたような気がして振り向いた。

 背後には誰もいない。

 無機質なビルがずらりと並び、堅い地面がどこまでも伸びている。


「どうした? たくみん」


 いや、たくみん、て誰だよ。

 懐かしいデジャヴを感じて、苦笑いを浮かべる。

 前を歩いていたマキエが立ち止まって俺を待っていた。


「……声が聞こえたと思ったんだ」

「そう? 私には何も聞こえなかったわ」


 そうだ。聞こえるはずがない。

 カルナは向こうに置いてきた。

 それなのに気がつけば、腰に手を添えてしまう。


「まだ慣れないの? こっちで剣なんか持ってたら銃刀法違反で捕まるからね」


 今までいた世界と違い、この世界の住人は、武器や鎧を身につけていなかった。

 野生の獣が街に降りてくることもなく、魔物も存在していない。 


「なあ、マキエ。あっちでカルナたちは、元気にしてるかな?」


 一瞬の微表情。

 マキエの顔がコンマ2秒ほど固まったのを見逃さない。


「そうね。あなたがいなくても、みんな、向こうで楽しくやってるわ」


 マキエは嘘をついている。

 みんなが無事でいる可能性は限りなく低いだろう。

 しかし、今の俺にはどうすることもできない。


「そうか、そうだといいな」


 もう一度、後を振り返る。

 声はもう聞こえてこない。


「喉が渇かない? ちょっとお茶でもどう?」


 話を変えるようにマキエがそう言って、また二人で歩き出した。



 雑多なビル群を抜け、王冠を被った人魚が描かれた看板の店にたどり着く。

 ナギサが同じイラストのマイカップを持っていたのを思い出す。

 どうやらこちらの世界で有名なコーヒーの店らしい。

 綺麗に並べられたテーブルと椅子に、たくさんの人達が等間隔で座り、その間には空気を遮断する透明な板が設置されていた。

 俺たちの世界にはなかったスタイリッシュな茶屋のようだ。


「私、ソイチョコレートホワイトヘーゼルナッツキャラメルソースパウダーチョコレートチップエクストラローストアイスホイップトッピングダークモカチップクリームフラペチーノグランデで」

「なんだそれ? 古代魔法の呪文か?」

「こっちに魔法なんてないわよ。そういう名前の飲み物よ」


 ヌルハチが唱える呪文より遥かに長い。

 たかが飲み物に、こんな壮大な名前をつけるのか。

 どうやらこの世界は、飲み物を注文する際には、大賢者並みの訓練が必須のようだ。


「いや、そんな真剣に名前メモらないで。恥ずかしいから。あ、同じの二つで」

「ちょっとまってくれっ! 俺はこの赤いやつにしてくれっ! 期間限定らしいぞっ!」

「わかったからっ!すいません、一個はストロベリベリフラペチーノに変更で」

「あれ? 俺の飲み物、文字数短くない? 大丈夫か? もっと長くしたら、すごいのがでてくるんじゃないのか?」

「うるさいわねっ! 私のはカスタマイズしてるのっ! だから長いのっ!」

「だったら俺もカスタマ……」

「もうっ! いいからっ! 静かにあそこの席で大人しく待っててっ!!」


 はいはい、といいながら席につく。

 思惑通りうまくマキエを遠ざける事ができた。

 さあ、ここからが本番だ。

 マキエが飲み物を受け取るために、ほんの数秒間、俺から視線を外す。

 その瞬間には、もう出口に向かって走っていた。


 ストロベリベリフラペチーノという未知の飲み物が飲めないのは残念だが、こんなチャンスは滅多にない。

 鍵のない扉。

 どこへ行くにも自由だが、俺はここに来てからずっとマキエに監視されていた。


 外に出てすぐ、裏通りに入り、狭い路地裏を全速力で駆け抜ける。


 この世界に来て数週間。

 ただ美味いものを食べて、のんびりしていただけじゃない。

 周りの人達を観察し、有益な情報に耳を傾けていた。


【ターミナル】

 そう呼ばれる国の最重要施設が、この【大阪】のどこかにあると、皆が噂していた。

 そのために、国の拠点が【東京】から【大阪】に変わったとされている。

【ターミナル】には、国の重鎮や、著名人、【十二賢者】と呼ばれる選ばれた数名の科学者しか入ることができず、世界をウイルスから救うための研究が行われているらしい。

 そして、三十年ほど前に、そこで俳優の古代こだい 龍之介りゅうのすけが行方不明になったという噂もある。


 おそらく、そこからだ。

 そこからマキエたちは俺たちの世界にやって来たはずだ。


 ターミナルの場所は一般市民には非公開だったが、いくつか目星はつけてある。

 まずは、最初に俺がいた街、【新世界】の【通天閣】に……


 ふっ、と彼女は突然現れた。

 路地の角を曲がった所に、飲み物を二つ持ったマキエが立っていたのだ。


「店で飲むのは嫌だった? 大丈夫よ、ちゃんとテイクアウトできるから」

「……どうやってここが?」

「街の至る所に監視カメラがあるの。私の左脳はそれとシステムで繋がってる」


 マキエが手に持っていた飲み物を俺に渡して、機械でできた自分の左コメカミを指差した。

 飲み物には、長細い穴の空いた棒が刺さっている。

 店で他の者達がしていたように、そこに口をつけ、中の飲み物を吸い込んでいく。

 甘酸っぱい果実の旨味と、クリームの甘さが混ざり合い、口いっぱいに広がった。

 飲み物というより、まるでデザートみたいだ。


「……どこに行こうとしたか、聞かないのか?」

「聞かないわ。意味がないから。言ったでしょ? あなたにはもう何もできない」

「……そうか」


 確かに俺にはもうなんの力もないのだろう。

 今までのように世界の運命を変えるような物語には、もう関われないのかもしれない。


 すべてをあきらめそうになった時だった。


 マキエのうしろから、小さな、本当に小さな光の玉がまっすぐ俺に向かって飛んでくる。


「この光は?」

「? 光?」


 マキエには見えていないのか。

 それはビー玉のように小さいのに、今まで見たどんな光よりも輝いて見えた。


 小さな光は、そのまま俺の頭にぶつかって、パチンと弾けて消えてなくなる。

 その瞬間、俺のひざの上で、チハルがご飯を食べている光景が頭に浮かんだ。

 みんながまわりにいて、俺はチハルに笑いかける。


 チハルがとびきりの笑顔で笑い返してくれた。

 これ以上ないくらいに。


 身体の奥底に、小さな火がともる。


 街中のカメラに繋がっているマキエを倒さないとターミナルには辿り着けない。

 それは、どれくらいの確率か。

 限りなくゼロに近い。

 だけど、完全なゼロじゃない。


 カップについた水滴で手が濡れていた。

 それを指先で弾くと、ぴっ、とマキエのおでこに当たる。


「冷たっ」


 マキエがおでこをおさえて、俺のほうを見た。

 アリスの攻撃ですら、簡単によけていたマキエが、こんなものもよけられない。

 推測は確信に変わる。

「設定」は、向こうの世界でしか発動しない。


 俺が何か試していることに気がついたのか。

 マキエが冷たい瞳で、俺に向かって笑いかける。


「まだ、あきらめないの? 久遠くおん 匠弥たくみ


 その腰にカルナはいない。

 ヌルハチから貰った鈴もない。

 でも……


「声が聞こえるんだ。だからあきらめない」

「……私を、倒せると思ってるの?」


 目を閉じて耳を澄ませる。

 懐かしい声がハッキリと聞こえてきた。


『タッくん、いつもの言うたげて』


 小さな火が大きく燃え上がり炎に変わる。

 マキエの顔をまっすぐ見つめ、俺は静かに言った。


「よくわかったな、その通りだ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] タクミがカッコいいだと?!! 面白過ぎます!! この先の展開が楽しみです! [一言] いえいえ、是非とも構想を練り練りしてください。 楽しみにお待ちしてます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ