百二十二話 魔剣カルナ 最後の願い
「サシャっ! もっと強い回復魔法ないんっ!? 全然効いてないでっ!!」
「こ、これが最上級よっ! ありえないわっ! 魔法が全然届かない。まるで、ここにいないみたいっ!」
なんやコレ?
サシャが必死に回復魔法を唱えるが、まるで効果がない。
腕の中でタッくんがどんどんと冷たくなっていく。
ありえへん。
タッくん、どんなピンチの時も、アホみたいに元気やったやん。
雑魚雑魚のくせに、いっつも、なんとかしてたやん。
「タッくん、はよ、おきいや。いつもみたいに笑ってや」
「無理よ」
答えたのはタッくんやなかった。
アリスと戦っていたエセマキナが、いつのまにか、うちの前に立っている。
「もう、ここでは目覚めないわ」
アリスは、いつのまにか現れたヌルハチと共に、幼い女の子二人と戦っている。
東方の隠密で、確かヨルの妹だったはずや。
「……アンタら、タッくんをどうするつもりなん?」
「連れて帰るの。彼の居場所はここじゃないわ」
頭の中が沸騰したみたいに熱くなる。
景色が歪み、目の前にいるエセマキナまで、そこに溶け込んでいく。
「激しい怒りね。久遠 匠弥への感情が他の者と違うみたい。魔剣の状態で出会ったからかしら? 始まりのパーティー以外で唯一、勘違いもしていない」
エセマキナの言うてることは、ほとんど意味がわからへん。
「どれだけ完璧なシステムにもバグは存在するということね。時間があればゆっくり解析して、アザトースに教えてあげたいわ」
だけど、やらなあかんことはわかってる。
絶対にタッくんを渡したらあかん、てことや。
「サシャ、ちょっと、コイツしばいてくるわ」
抱いていたタッくんをサシャに託し、立ち上がる。
人間形態のまま、一部をドラゴン形態に変化させ、肌を黒い鱗で覆う。
半人半龍。
この形態が一番攻守のバランスが取れることを、幾度かの戦いで実感していた。
「フム。その龍への変化。どうみても設定ね。先祖に私達の仲間がいるのかしら。だとしたら、私たちが把握してないイレギュラーね」
「さっきからっ! ごちゃごちゃうるさいねんっ!!」
とりあえず、一発ぶち込んだる。
全力の拳をエセマキナの顔面に向けて放つ。
すっ、と頭を少し動かしただけで、それはアッサリとかわされる。
「私の半身と戦ったみたいだけど、同じように思わないほうがいい。彼女は自分の設定を忘れている」
「だからっ! うるさいちゅうねんっ!!」
当たらへん。
何十発攻撃を繰り返しても、まるで、うちだけがスローモーションになったように、エセマキナは、最小限の動きで簡単にかわしていく。
「無駄よ。私は設定だけじゃなくてパラメータもいじってるから。命中率ってわかる? 0パーセントなのよ。攻撃の当たる確率が」
「うるさいっ! うるさいっ!! うるさぁぁいっ!!!」
怒りのまま、全力で殴りかかるが、カスりもせえへん。
「まるで、泣きじゃくる子供ね。悪いけどもう行くわ」
ひょい、と邪魔な障害物をさけるように、平然とうちの横を通り過ぎる。
さらに、ついでにタッくんの横に落ちていた、機械の左手まで拾っていく。
「まちいやっ!」
手を伸ばすが、それも届かへん。
あかんっ!
タッくんがっ! タッくんが連れていかれるっ!!
「タッくんっ!!」
それは完全に無意識やった。
どんな攻撃も当たらへん。
だけど、タッくんと離れたないっ。
そんな想いが、具現化したのか。
「……ナニこれ?」
エセマキナが、初めて、感情剥き出しの声を出す。
「なんで当たってるの?」
そんなん、うちにもわからへん。
ただこれが答えやったんや。
ただタッくんとずっと一緒にいるために。
うちは、この姿を選んだんや。
バチッ、とエセマキナの左半身から、小さな雷のようなものが発生していた。
機械部分の左胸。
そこに、魔剣になったうちが突き刺さっている。
「……攻撃の途中で魔剣に変化したのね。信じられないわ。こんなことで命中率を狂わせるなんて」
『なんでや?』
魔剣になったうちには、もう言葉はでえへん。
その質問はエセマキナの耳には届かへんはずやった。
『なんで、倒れへんの?』
「悪いわね。私の鼓動はここにはないの」
だけども、エセマキナはハッキリとうちに向かってそう言うた。
がっ、と両手で剣の柄を握られる。
拾ってくっつけた機械の左手と人間の右手。
力を込めて、うちを左胸から引っこ抜く。
「ずっと一緒にいたかったのね」
エセマキナが、うちを握ったまま、大きく上に振りかぶる。
「でもごめんね」
貫いた左胸から、小さな火花が飛び散ってバチバチと音を立てていた。
「バグは排除する」
洞窟前、眼前にある巨大な岩。
タッくんがよく日向ぼっこに使ってた。
エセマキナは、それをめがけて、うちを全力で振り下ろす。
ああ、そうか。
うち、ここで終わるんや。
空気を切り裂くような速度で、岩に叩きつけられる。
衝撃の波がうちの全身に広がって、バギィィキィィッッッッ、という破壊音が鳴り響いた。
バラバラや。
岩も、うちも。
そして……
『いや、ほんまにありえへんわ。長いこと魔剣やらせてもらってるけど、チカラがゼロの人間なんてはじめてやわ』
「さすが、タクミさんっ、魔剣ソウルイーターを手に取って、何事もないように平然と立っていられるとはっ。無限に広がるタクミさんの力は、魔剣と言えども、吸い付くせないのですねっ」
「よくわかったな。その通りだ」
『その通りちゃうわっ』
ああ、なんやこれ。
タッくんと最初に会った時やんか。
パンっ、という音と共に思い出までが粉微塵に砕け散る。
ちょっとまって。
あかんて。
『ほんま、甘いな。そんなんやと生きていかれへんで。……しゃーないから、ちょっとうちが守ってやってもいいで』
「ん? なんか言ったか魔剣さん?」
『な、なんもいうてへんわっ』
パンっ!
やめてやっ!
もっていかんといてっ!!
『は、初めて二人きりやな。ちょっと緊張せえへん?』
「いや、全然」
『あーー、そうですかっ! そらそうですなっ! もう、知らんっ! うち、ねるっ!』
『タッくん、いつもの言うたげて』
「よくわかったな。その通りだ」
『これ、過去回想てやつなん? すごいで、映像まで見えてくるで。タッくん、うち、前よりもタッくんと繋がってるわ』
「そ、そうなのか?」
パンっ、パンっ、パンっ!!
いややっ!
全部もっていかんといてっ!!
思い出がどんどんと消えていき、バラバラになったうちの破片がタッくんに降り注ぐ。
「タッくん、世界だけやなくて、うちのことも……」
「ああ、カルナのことも大好きだぞ」
「……好きの種類ちゃうような気がするけど、まあええわ」
ああ、そうや。
うち、あんとき、初めてタッくんにキスしたんや。
ちょっと困って、それでもうちに、笑いかけてくれたタッくんの顔に亀裂が走る。
忘れへん。
全部砕けても、絶対に忘れへんっ!!
パっっっっっっンっっっっ!!!
『タッくんっっ!!!』
すべての思い出が消えると同時に、力いっぱい泣き叫ぶ。
うちの声、タッくんに聞こえたやろか?
聞こえてたらええなぁ……
うちが最後に思ったのは、そんな小さな願いやった。




