百二十一話 蘇る大賢者の一撃
何かが。
決定的な何かが壊れたのを感じた。
タクミの頭に、この女の腕がぶつかった瞬間だ。
まるで世界のすべてが砕け散ったような轟音が、ワタシの中で鳴り響いた。
「……何をした?」
感じない。
いつも、どこにいても感じていたタクミの気配を、こんなに近くにいるのにまるで感じない。
「タクミに何をしたっ!?」
怒りよりも不安が大きくのしかかる。
マキナに似た女に攻撃は全く当たらない。
まるで、すべて予測しているように、簡単に避けられる。
「器は役割を終えた」
さらに偽マキナが、人間離れした動きでワタシの攻撃をかわしながら、タクミのほうを振り返る。
「お疲れ様、久遠 匠弥」
何を言っているのかわからない。
だが、それはとても不吉な言葉に思えた。
「ゔぁアアアアアアアァアッ!!」
すべてを振り払うように、叫びながら殴りかかる。
コイツを倒してタクミの元に行かなければならない。
大丈夫。タクミは、宇宙最強だ。
あんな攻撃など、まるで通用しない。
きっと、すぐにいつもみたいに、元気いっぱいで笑いかけて……
どうして?
あの程度の攻撃を、タクミはどうしてかわせなかった?
いままで一度も感じたことのない疑問。
いや、何故だ?
ワタシはどうして、今まで一度もタクミの強さを疑わなかったのだ?
「わからないの?」
まるでワタシの心を見透かしたように、偽マキナが疑問に答える。
「彼はもう盤上にいない」
いつのまにか攻撃の手が止まっていた。
機械でできた偽マキナの左踵が爆発し、凄まじいスピードでワタシの顔面に迫ってくる。
条件反射だった。
手に持っていた聖剣タクミカリバーでその攻撃を受け止める。
ぱきっ、という小さな音がして、あっさりと剣は粉々に砕け散った。
「……あ、ああ」
もうなにがなんだかわからない。
信じていたモノ。
疑わなかったモノ。
愛しいモノ。
大切なモノ。
すべてが、剣と共に砕け、なくなっていく。
「うわぁあああああああああっ!!!」
いつのまにか、ワタシは涙を流しながら、ただ闇雲に腕を振り回し、偽マキナに向かって突進していた。
「シスターズっ!!」
しかし、彼女はそう叫ぶと同時に、大きく後方へ跳ね、ワタシから距離を置く。
「任務完了だっ! 私はこのまま久遠 匠弥と帰還するっ!!」
その言葉と同時に二つの影が、山の茂みから現れる。
それは、見たことのある二人だった。
「うはぁ、ヒル姉ちゃん。大丈夫かな? 私たちでアリス、止められるかな?」
「大丈夫よ、アサ。半分壊れてるみたいだし。マキさんが向こうに帰るまでの時間稼ぎくらい、簡単でしょ」
ヨルの妹たちか?
まだ幼いコイツらも、ダガンやナギサのようにこちらの世界にまぎれていたのか。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
「どけ」
爆発しそうになる感情を必死に押さえながら言う。
「うわぁ、めっちゃ顔怖いよ。どいてもいい? ヒル姉ちゃん」
「ダメだよ、アサ。私たちの任務なんだから。どいたら後ですんごい怒られるよ」
わざとワタシを怒らせているような挑発だった。
しかし、そうとわかっていても、我慢することができない。
「どけぇえええっ!!!」
頭の中が真っ白になる。
『命を奪うという事は、その命を背負って生きていくという事なんだ』
タクミが教えてくれた大切な言葉まで、ワタシの中から消えていく。
手加減のない、全力の拳を二人に向けて解き放つ。
「ヒル姉ちゃんっ!」
「いくよっ、アサっ!」
両手を広げて、前に突き出すアサ。
そんなもので、ふせげるとおもっているのかっ!
止まらない破壊衝動が二人の身体をバラバラに粉砕するっ!
……はずだった。
ふわっ、と拳が何かに包まれるような感覚。
それがアサの手のひらからだと気づいた時には、身体から力が吸い取られるように消えていた。
「受け止めたっ、ヒル姉ちゃんっ、早くっ、爆発しそうっ!!」
「オッケー、アサ。いくよっ!!」
拳を両手で受け止めたアサの背中に、ヒルは左手を置いていた。
ワタシから吸い取られた力がアサの身体を伝わって、ヒルの左手に流れていくのがわかる。
さらに、それは、右手にも流れていき……
「返すね、アリス」
ぽん、と優しくヒルの手がワタシの胸に触れた。
身体の中で衝動が爆発する。
ワタシが放った全力の力は、そのままワタシに返ってきた。
全身がバラバラに引きちぎられるような衝撃と共に、上に、横に、斜めに、下に、周りの木や岩を破壊しながら、弾けるように吹っ飛んでいく。
ここまで見事に攻撃を喰らったことがいままであっただろうか。
ああ、そうだ。
かつて、一度だけ、やられたことがある。
あの時も、自分が放った力をそっくりそのまま返された。
受け身も取れないまま、叩きつけられるように地面に衝突する。
すぐに立ち上がなければならない。
タクミに何かが起こっている。
早くしないと手遅れに……
気持ちとは裏腹に、身体に力が入らない。
いつも、無限に湧いていた力が、なくなっている。
まるで自分の身体でないように、指先一つ動かすことができない。
「ぐ、くぅっ」
すべての力を吸い取られたのか。
空を見上げ、ただ息をもらすことしかできない。
そして、その視界が不意に何かに覆われる。
影だ。
倒れたワタシの頭の先に、誰かが立っている。
「情けないのぅ。これくらいで立てんのか」
聴き慣れた声。
そして、この世で最もイラつく声。
「お主のタクミに対する想いはその程度か」
そこに、ワタシを吹っ飛ばした最初の女が立っていた。
「ヌルハチっ!!」
この周辺には、ナギサが特異点と呼ぶ強固な結界が張り巡らせてある。
ワタシでも、かなり強引に、無理矢理ねじ込むようにして、突破した結界だ。
「どうやって? いや、どうしてここに?」
「タクミに呼ばれたからに決まっておろう」
平然とそう言ったヌルハチの身体はすでにボロボロだった。
魔力はすでに半分以下に落ちている。
身体中には、結界を破った際についたであろう痛々しい傷が無数にあった。
それでも、ヌルハチは、真っ直ぐにただ、タクミのほうを見つめている。
「タクミを救う。お主はそこで寝ているがいい」
タクミを見るヌルハチの表情は今も昔も変わらない。
それが無性に悔しかった。
『タクミはヌルハチのものだ。おまえにはやらん』
あの時、ヌルハチが放った言葉が蘇る。
まだだ。まだ、ワタシとヌルハチの戦いは終わっていない。
がりっ、と指先で地面を引っ掻いた。
完全になくなっていた力が、魂から湧いてくる。
「あああぁああぁっアアアアアアアァアっ!!」
天に向かって、絶叫しながら立ち上がる。
先を行くヌルハチが、一瞬笑ったように見えた。




