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百十九話 新世界

 

「どうする? 街に行くなら案内するけど」


 数えきれないほどの建造物が光の渦を作り出し、夜の闇を塗りかえる。

 呆然ぼうぜんと、そんな見たことのない世界を眺めているとマキエが話しかけてきた。

 まだ、頭は混乱していて、うまく働かない。

 それでも、なんとか返事をする。


「あ、ああ、うん、そうだな、お願いします」

「ん、じゃあ、これつけてね」


 そう言ってマキエは、透明な薄い素材で出来た物を取り出した。


「何かな、これ?」

「最新のフェイスシールド。街に行くなら、これをつけないとダメなんだ」


 何故?

 とは聞かなかった。

 この世界について、わからないことを全部聞いていったら、たぶんキリがない。

 まずは、そのまま彼女に従って、自分の目で見ていこう。


「これでいいか?」

「うん、おっけ。じゃ、いこっか」


 マキエも同じ物を装着し、二人並んで外に出る。

 太陽の光でも、たいまつの灯りでもない、その明るさに、目が眩む。

 夜を無理矢理、昼に変えたような、そんないびつなものを感じてしまう。


 マキエの後をついて歩いていると、遠くに見えていた建造物が近づいてきた。

 四角い巨大なソレは、まるで高さを競い合うように天に向かって伸びている。

 何のために、そこまで高くしているのか?

 俺がいた世界では、一番大きな建造物でも、この半分の高さもない。


 建造物からは、多くの人間が出入りしており、皆、見たことがないような衣服を着ている。

 なにより目につくのは、皆一様に俺達と同じ透明なシールドで顔を覆っているということだ。


「あまり、キョロキョロしないで。田舎者だと思われるから」

「あ、ああ、すまん」


 田舎者どころではない。

 完全な異世界人だ。

 少しばかり挙動不審になるのは許してほしい。


「服装もちょっとヤバイからあとで買ってあげるよ。でもその前にお腹へったからご飯にしよう」

「……ご飯」


 こんな時だと言うのに、ご飯と聞いて、ぐぅ、とお腹がなった。

 それを聞いたマキエの機械でない左側の唇が、にっ、と笑顔になる。


「よし、とっておきの店に連れて行ってやる」


 とりあえず、ご飯を食べてから今後のことを考えようと思った。



「……これはっ? お、お祭り、なのか?」


 巨大建造物の間を抜け、しばらく歩くと、また異様な光景が飛び込んできた。


 目の前に、これまでで一番大きな三角形の建造物がそびえ立っている。

 赤の光でライトアップされ、その正面には巨大な文字で「新世界」と書かれていた。

 さらにその建造物に見下ろされるように、ド派手な看板や、光る建物が所狭しと並んでいる。

 中でも一番目に付いたのは……


「な、なんだ? あの宙に浮いている、丸くてでかい魚は?」

「ああ、アレね。一度なくなったんだけど、ここが首都になった時にまた吊るされたんだ」


 膨れ上がった巨大な丸い魚は、俺がいた世界には存在しない異様な形をしていた。

 風船のように身体に空気を貯めて、宙に浮いているみたいだ。


 さらに街には、所々に黄金の人形がまつられている。

 これは、こちらの神様なんだろうか?


「ビリケンさん、なでる?」

「え? い、いや、大丈夫。な、なでない」


 異世界の風習なのか?

 神様をなでる意味がわからない。

 未知のことはとりあえず避けていこう。

 何が起こるかわからない。


 街を歩いていると、威勢のいい声が聞こえてきた。

 どうやら、街中に食べ物屋があるようで、みんな、自分の店で食べてもらうために、呼び込みをしているようだ。


 至る所から今までに嗅いだことのない、食べ物の匂いが漂ってくる。

 しかし、それより気になるのは、呼び込みをする人間の言葉が、聞いたことのあるイントネーションということだった。

 これは、カルナやクロエの……


「お、昔のリバイバルやってる。私、この映画好きなんだ」


 マキエが一つの看板の前で立ち止まる。

 そこには、着物姿の男がナイフを持って、睨んでいる絵が書かれていた。

 そして、その男の顔に俺は見覚えがある。


「……この人」

「うん、渋くてカッコいいよね。古代こだい 龍之介りゅうのすけていうんだ。元々大阪出身の歌舞伎役者だったけど、映画俳優に転向したの。もっとも突然、謎の失踪をして行方不明なんだけどね」

「そ、そうなんだ」


 間違いない。

 大草原の戦いから、バルバロイ会長の秘書をしているエンシェさんだ。


 そういえば、カルナやクロエがじっちゃんと呼んでいた気がする。

 彼はこっちの世界の人間だったのか?

 だからカルナやクロエが興奮した時に使う言葉は、ここの言葉と似ているのか?

 いったい、こちらの人間は、どれくらい俺たちの世界にやってきているのか?

 まったく見当がつかない。


「ほら、ついたよ。こっちこっち」


 マキエが店の入り口で手招きしている。

 中に入るとテーブル席はなく、カウンターだけで、びっしりと椅子が横に並べてあった。

 食事処というよりは、酒場に近いイメージだ。


 店員に案内され、マキエと横並びに座ろうとする。


「あ、逆、逆、私、こっち側ね」

 左半身が機械なのを気にしているのか。

 マキエは俺の左側に座り直す。


「あ、機械とか関係ないよ。女子は左側が落ち着くの。いつも助手席に座るからね」

「そ、そうか」


 なんのことかわからないが適当に返事しておく。

 本当に様々な情報が入り込んできて頭が混乱している。

 まずは、食事だ。

 腹に何か入れないと、まともに考えることもできない。


「おっちゃん、いつものやつ、二人前で」

「はいよ、久しぶりやな、マキちゃん。サービスしとくで」


 はげあがった年配の店主が愛想よく話しかけてくる。

 常連で顔馴染みなのか。

 半分機械のマキエに、店主はまったく動揺していない。


「マキちゃん、横のにーちゃんはアレか。新しい彼氏か?」

「全然ちがう。いや、それ以前に古い彼氏もいたことない」

「ほんなら、まだおっちゃんにもチャンスありっちゅう事やな」

「はいはい、いいから早くして。お腹ぺこぺこだから」


 軽口を叩きながらも店主は、料理を作る手を休めない。

 鉄でできた巨大な板の上で見たことのない丸い物体を焼いている。

 両手には銀色のしゃもじのようなものが握られており、それを巧みに操って、丸い物体を、クルリと綺麗にひっくり返す。

 その手際の良さは、料理が上手に作れていた頃の俺でも叶わないような華麗で素晴らしいものだった。


 まさか、この店主。

 まったくそうは見えないが、この世界における料理の達人なのかっ!?


「はいよ、先に串カツ盛り合わせあがったで。食べといて」

「うはぁ、きたきた。食べよ、食べよ」


 綺麗な丸皿に円を描くように盛られたソレは、どうやら肉や野菜を揚げて、細い木の棒で、串刺しにされたもののようだ。

 そのまま食べていいものか?

 手に取ってみると、マキエが目の前にある小さな銀の箱を指さした。

 そこには、見たことがない黒い液体が並々と入っている。


「まさか、これ、つけて食べるのか?」


 コクコクとうなずきながら、マキエが串を一本、無言でそこにぶち込んだ。

 そして、真っ黒に染まったソレを、問答無用でかぶりつく。


「んーーっ」


 マキエの表情から、すごくおいしいという感情が伝わってくる。

 だが、本当にこの墨汁のような不気味な黒い液体に、そのような力があるのだろうか。

 恐る恐るほんの少しだけ、串にその液体をつけて、口に運ぶ。


「んーーーーっ!」


 思わず、マキエと同じようにうなってしまう。

 なんだ、この味は?

 今まで味わったことのない味が口の中に広がっていく。

 一体、いくつの素材をこの液体に混ぜ込んだのか。

 数種類の野菜や果物、多種多様なスパイス、さらに酸味のある調味料、それらが抜群の割合で混ざり合っている。

 しかも揚げた肉との相性がバッチリで、油のしつこさを優しく包み込みんだ見事なまでのマリアージュだ。


 この魔法のような液体を少ししかつけなかったことを後悔し、一口かじった串を再び銀の箱に持っていく。


 ばんっ、と突然、その手が弾かれ、串がテーブルに転げ落る。

 マキエが機械でないほうの右手で、俺の手をチョップしたのだ。

 そして、残った機械の左手で、銀の箱の上にある文字を指指している。


『ソース二度づけ禁止』


 そこには赤い文字で、大きくそう書かれていた。


「あきらめて、二本目から全力でつけなさい」


 一回しかつけてはいけないルール?

 どうやらこの世界には厳しいルールがあるらしい。

 素直に頷いて、次からはマキエと同じようにたっぷりと液体をつけて味わっていく。


 うまいっ!

 今までに味わったことのない旨味が口いっぱいにじゅわっ、と広がる。


「まだ、メインがあるから。お腹いっぱいにならないように」


 鉄板で焼いている謎の丸い物体の方がメインなのかっ!

 これだけでも十分すぎるほど美味いのに、さらにメインが来ることに喜びを隠せない。


 もし、できることならこの味を覚えてアリスたちにも……


「……あっ」


 思わず、声が出てしまう。

 あまりの美味しさに、もとの世界のことを完全に忘れていた。

 そうだ。呑気にご飯を食べている場合じゃない。

 アリスたちは、向こうで今も戦っているかもしれないんだ。


「あれ? いきなり真剣な顔して。もしかして、呑気にご飯食べてる場合じゃない、とか思ってる?」


 まるで、俺の心をそのまま覗いたようにマキエが話しかけてくる。

 俺は答えずに、手にした串を皿に戻す。


「楽しく食べようよ。何も考えないで」


 そんなわけにはいかない。

 確かに俺は偽りだらけの王だった。

 だけど、それでも、きっとアリスたちは俺のことを……


「元の世界に戻っても君には何もできない。いままで君が最強と勘違いされてたのは、そういう設定だったからだ」


 いつからだろうか。

 すべての中心に、何故か、自分がいると感じていたのは。


「でも、それは俺の中から消えてしまったんだな」


 それは、あまりにも理不尽で、あまりにも迷惑で、逃げ出したくなるような日々だった。

 だけど、俺は、いつのまにか、そんな毎日を……


「君はもう主人公じゃないんだ」


 すごく大切に思っていたんだ。




今回名前が出てきたエンシェさんは書籍版2巻に登場しています。

web版では、ミクタさんが秘書となっておりますので、よろしければ、書籍版との違いをお楽しみ下さい。【少し宣伝】

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当にどうにかなるのかわからなくなってきましたね(汗) それでもアリスなら何とかしてくれそうですw
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