百十八話 鍵のない扉
目が覚めた時、知らない景色が目に入った。
灰色の壁に囲まれた小さな部屋。
天井には、見たことがない光を放つ機械が揺れている。
小窓がついた鉄製の扉と簡易トイレ。
木製の簡素なベッドの上から、ゆっくりと起き上がる。
頭に少し痛みを感じて手をやると、乱雑に包帯が何重にも巻かれていた。
「ここは……」
どこだろうか、と考える前にコツン、コツンと遠くから足音が聞こえてくる。
左右で重さが違うのか。
音の響きが交互に変わり、不協和音を奏でいる。
それが、扉の前で止まり、小窓が開き顔が覗く。
「おはよう、久遠 匠弥」
逆マキナ。
ああ、そうだ。
彼女の腕が飛んできて、俺は倒れたんだ。
そこから、ここに来るまでの記憶はない。
サシャやカルナはどうなったのか?
逆マキナと戦っていたアリスは?
彼女は本当にマキナではないのか?
そして逆マキナが最後に言った言葉。
『器は役割を終えた』
あれはどういう意味だったのか?
聞きたいことが頭をぐるぐる駆け巡り、口から言葉が出てこない。
それを見透かしたように、逆マキナが俺に声をかける。
「大丈夫。何も考えなくていい」
それは、まるで子供に話しかけるような、優しい穏やかな声だった。
「君はもう盤上から消えたんだ」
何も言葉を返せない。
自分の身に何が起こっているのか、まるで理解できなかった。
それなのに、まるでパズルの最後のピースがハマったような、そんな錯覚さえ感じてしまう。
レイアが山に来た時から、全てが動き出した。
まったく力のない俺が、まるでこの世界の主人公のように、もてはやされ、英雄のようになっていく。
だけど、それは、偽物のハリボテだ。
アザトースが持ってきた将棋のように、誤った駒は見破られ、そこから退場したのだろう。
「……俺はもう帰れないのか?」
「違うわ。帰るのよ。本来、いるべき場所へ、ね」
走馬灯の終わりに見た景色を思い出す。
この世界とはまるで違う世界。
アレが俺の生まれた世界なのか。
だったら、この世界は?
アリス達が暮らす、この世界は一体何なのか?
「お前は、いや、お前たちは、何をしようとしているんだ?」
「それは知らないほうがいい。言ったでしょ? もう、考えなくていいんだよ」
「……だったら、なんで、わざわざ俺に話しかけたんだ? ……マキナ」
わざとマキナと呼んでみる。
その名前を聞いて、彼女がどんな反応をするか確かめたかった。
「マキナじゃないよ。わかるでしょ? 私はマキ。もっともそっちのマキと区別するために、今はマキエと呼ばれてる」
「マキエ?」
「そう、こっちに来る時に失敗して、半分ずつになったの。だから私はマキA、もう一人はマキBと名付けられた」
ここから出られるかわからない。
このまま、俺は、この世界から退場し、みんなと二度と会えないかもしれない。
それでも、少しでも多くの情報を得るために、できるだけのことをする。
「マキBというのがマキナのことなのか? 彼女は全部知っているのか?」
「知らないわ。別れた時に記憶が飛んだから、別の記憶を上書きしたって、アザトースが言ってた」
知らないほうがいいと言いつつ、マキエは普通に俺の問いに答えている。
暇なのか、話すのが好きなのか。
それとも何か、別の目的があってそうしているのか。
「アザトース、ナギサ、ダガン、マキエ、マキナ、他に、この世界の人間じゃない奴は、何人いるんだ?」
「さあ? 私は把握していないけど、いっぱいいるんじゃない? あっ、ちょっと、もう聞かないでよ。喋っちゃうから」
素直なのか、馬鹿なのか、やはり、裏があってわざと話しているのか。
試しに、答えるはずのない質問をしてみる。
「どうやったら俺はここから出られるんだ?」
「別に拘束してるわけじゃないわ。牢獄だと思った? 鍵なんてないから、出たかったら自由に出れるわよ」
「え?」
ドアノブを回すとマキエの言ったように、扉は簡単に開いた。
「……いったいお前たちは、何がしたいんだ?」
「すぐにわかるわ。でも、本当に知らないほうがいいの」
例えようのない不安が胸に渦巻く。
もしかしたら、何もしないで、ここにいたほうがいいのかもしれない。
それでも、何かに引き寄せるられるように開いた扉から一歩、足を踏み出した。
前に立っていたマキエが身体をすっ、と傾けて簡単に俺を通してくれる。
そこには部屋と同じ灰色の壁でできた長い廊下が続いていた。
その廊下を歩いていくと、その先に大きな両開きの鉄扉が視界に入る。
どくん、と心臓が跳ね上がった。
開けてはいけない。
それ以上、その扉に近づくのを、全身が拒否しているように身体全体が重りをつけられたように、固まっていく。
後を振り向くと、マキエはまだ部屋の前から動かずに、俺のほうを見つめている。
「やめたほうがいい」
マキエは何も言っていないのに、そんな声が聞こえてきた。
無理矢理、固くなった首を、再び扉の方へ向ける。
何が待っていようと、進まなくてはならない。
アリスの顔が頭に浮かぶ。
彼女は無事なのか?
サシャやカルナ、戻ってこなかったレイアやクロエは?
みんなはきっと、俺の帰りを待っているはずだ。
動かない身体を無理矢理動かして、扉のノブに手をかける。
部屋と同じで鍵はかかっていない。
ぎぎぎ、という軋むような音がして、扉はゆっくりと開いていく。
光が差し込んできた。
昼間ではない。
空は漆黒の闇に覆われている。
それなのに、外は昼間と勘違いしてしまうほどの、まばゆい光に溢れていた。
「なんだっ!? ここはっ!?」
開いた扉の前に、へたるように座りこむ。
見たことがない巨大な建造物が、天に向かってそびえ立ち、数えきれないほど並んでいる。
さらにそのほとんどが、中から光を放ち、太陽のように世界を照らしていた。
眼前に広がる世界は、どう見ても俺がいた世界とはまるで違うものだった。
「おかえり、久遠 匠弥」
いつのまにか、マキエが俺の背後に立っている。
「ここがあなたの世界よ」
何か話そうとしたが、言葉はでてこない。
振り向くこともでぎず、ただ呆然と俺はその世界を眺めていた。
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