十三話 魔剣さんといっしょ
『いや、ほんまにありえへんわ。長いこと魔剣やらせてもらってるけど、チカラがゼロの人間なんてはじめてやわ』
魔剣、めっちゃしゃべってる。
「さすが、タクミさんっ、魔剣ソウルイーターを手に取って、何事もないように平然と立っていられるとはっ。無限に広がるタクミさんの力は、魔剣と言えども、吸い付くせないのですねっ」
「よくわかったな。その通りだ」
『その通りちゃうわっ』
魔剣に再び突っ込まれる。
『ええ加減にせな、怒るで、ほんまっ。ええか、この世に生まれた者にはみんな器があるんや。おぎゃーーって生まれた瞬間からそこに力がたまっていくんや。なんでや、なんであんた、器がないんやっ』
「いや、すみません、わからないです」
「え、何がですか? タクミさん」
どうやら魔剣の声は俺にだけ聞こえるようだ。
独り言をしゃべる変なおっさんになってしまった。
「ごぶ?」
「ごぶごぶっ」
「ごーぶ、ごーぶっ」
俺達を襲おうとしていたゴブリン達が魔剣を警戒して、止まっていた。
確かに俺の右手にある魔剣からは黒い煙のようなオーラが溢れ、異様な迫力に包まれている。
「あ、あの、魔剣さん。ゴブリンたち、倒してくれませんか?」
レイア達に聞こえないよう小さな声で相談する。
『なんでやねんっ。チカラくれたんならともかく、なんでチカラゼロのあんたに、うちが協力せなあかんねんっ』
そうですよねーー。
やっばい、ピンチのままだわ、これ。
『せやけど、あそこにいる小娘のチカラ、かなりのもんやったな。定期的にあの小娘のチカラ吸わせてくれるなら考えてやらんでもないで』
「ちゃ、ちゃんと加減して力を吸うと約束してくれるんだろうなっ」
『もちろんやっ、あんないい物件、潰すの勿体無いわ」
ニヤリ。
にやり。
二人で悪代官と越後屋のような笑みを浮かべる。
魔剣の方はあくまでイメージだ。
『ほな、ちゃちゃっと片付けましょかーー』
魔剣から無数の黒い玉がぶわっ、と噴出する。
「き、気持ち悪っ」
『気持ち悪いいうなっ、傷つくわっ』
「ごぶっ!」
「ごぶぶっ、ごーぶっ!?」
ゴブリン達が慌てて逃げ出そうとする。
だが、そのまっく◯くろすけのような黒い玉は、逃げるゴブリン達より遥かに速い速度で飛んでいく。
『邪龍暗黒大炎弾』
「え、なに?」
『必殺技の名前やっ、叫ばへんのかいっ』
「厨二病ぽくて恥ずかしいから嫌です」
「ごっ、ごぶっ!」
黒玉がゴブリンに当たった瞬間、ばんっ、という弾けた音と共に洞窟の外まで吹っ飛んでいく。
「ごブッ、ごぶぶっ、ごっ、ごぶぶっ、ゴブっ、ごぶぶぶぶっ!?」
次々と黒玉に当たり、ピンボールのように吹っ飛んでいくゴブリン達。
「きゃっ、きゃっ、ぶちゃいく、とんでゆっ」
チハルが嬉しそうに笑っている。
「すごいっ、さすがタクミさんですっ。まるで、ただ呆然と何もせず立っているように見えるのに、これ程の必殺技をっ。これが無我の境地というやつなのですねっ」
「う、うむ。よくわかったな。その通りだ」
本当にただ呆然と何もせず立っているだけなんですけどね。
『終わったで、約束守ってや』
「りょ、了解だ」
洞窟に入り込んだ大量のゴブリンは一匹残らず、遥か彼方に飛んでいった。
魔剣を鞘に納めると声は聞こえなくなった。
「タクミさんっ」
駆け寄ってくるレイアの前に魔剣を持つ右手を伸ばす。
「レイア、この程度の魔剣に力をすべて吸い取られるなど、あまりに未熟」
「す、すみませんっ。改めて、タクミさんとの力の差を感じましたっ。私の力など、タクミさんの力に比べれば、ゴミ虫程しかございませんっ」
魔剣を前にレイアが頭を下げる。
うん、ごめんね。本当は俺がゴミ虫なんだよ。
「芋剥きの修行に加え、魔剣の修行を加える。毎日一回、魔剣に力を吸い取らせるのだ」
「はっ、ありがとうございますっ。二つ目の修行、身に余る光栄にございますっ」
騙してるみたいで、ちょっと心が痛い。
だが、この魔剣に力を吸い取られる修行は、レイアの力の底上げになり、後にレイアは爆発的に成長することになる。
「タクミーー」
チハルがパタパタと俺のそばにやってくる。
「怖くなかったか? チハル」
「うんっ、ぶちゃいく、びゅーーんって、おもしろかたっ」
「そっかぁ、面白かったかぁ」
「またやって、またやって」
「うん、また今度な、もうぶちゃいくいないからな」
「だいじょぶ、まだ、いぱい、くゆよ」
「へ?」
完全に終わったと思っていた。
だが、それはまだ始まりに過ぎなかった。
「ごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶごぶ」
洞窟の外に広がる異様な光景。
山を覆い尽くさんばかりのゴブリンが洞窟に向かって迫ってくる。
「……うそだろ」
慌てて魔剣さんを抜こうとする。
だが、さっき簡単に抜けた魔剣さんはピクリとも動かない。
『本日の営業は終了しました』
頭に声が響く。
今度こそ本当におわた。
そう思った時だった。
巨大な黒い物体が空を覆い尽くす。
どんっ、という音と共に、それは俺の目の前に舞い降りた。
ブラックドラゴン。
漆黒の翼と鱗に覆われた身体、鉤爪をそなえた巨大な脚に棘がついた長い尻尾、そして鋭く紅い瞳が俺を見据える。
あまりの迫力に一瞬、気を失いそうになる。
しかし、ブラックドラゴンは俺に攻撃しようとしない。
まるでゴブリンから守るように俺の前に立っている。
まさか、このドラゴンは……
「クロエ?」
そうだ、と返事をするようにクロエが雄叫びをあげる。
それだけで、向かってきていたゴブリンの行進が止まった。
ドラゴン版のクロエを初めて見る。
うん、超怖い。
咆哮と共にクロエの口から、巨大な炎が噴出される。
『……クロエやんか』
その時、沈黙していた魔剣がピクリと動いた。