百十六話 神様おねがい
たん、たん、たた、たたたん、たん。
独特のリズムを、刻みながらアリスが空中を蹴って走り抜ける。
いつもなら目に見えるようなスピードではないが、カルナの意識がいつもより鋭く脳に送られてきて、なんとか目視することができた。
「……なんで? なんで動けるのよっ!?」
岩にもたれかかったナギサが、目を見開き、金切り声を上げた。
頭と心臓を撃ち抜かれ、そこから大量の血が流れている。
それが二本の赤い線となり、空のキャンバスに広がっていく。
それでも、アリスは普段通り、まるで何事もなかったように、いつものセリフを口にする。
「参る」
銃を構えるダガンに、真っ直ぐに突撃するアリス。
「ふっ、ははっ、どうなってるんだっ、あの、女はっ!」
ほとんど表情を変えないダガンの口元が釣り上がり、笑みが溢れる。
「いいぞ、それなら何発でも喰らわしてやるっ! お前が完全に動かなくなるまで、何発でもだっ!!」
狙撃銃に弾を詰め、再び銃を構える。
「ダンガンっ!!」
ナギサが叫んだ時だった。
一瞬で距離をゼロにしたアリスが拳を大きく振りかぶる。
「ゔぁあぁあぉああぁあァアアアアッ!!!!!」
断末魔のような咆哮をあげて、ダガンが引鉄に力を込める。
四発目の銃声が響き渡った。
「ねえ、タクミ、銃は剣よりも強いの?」
冒険者時代、アリスが質問してきたことを思い出す。
魔法使いのヌルハチ。
盗賊のバッツ。
騎士のリック。
僧侶のサシャ。
そして、へっぽこ剣士の俺。
それが俺たちパーティーのそれぞれの役職だった。
「銃って、最近南方から出回ってきた武器だよな? よくそんなの知ってるな、アリス」
「ギルドの受付でみんな話してたよ。もう剣は時代遅れで、これから銃の時代がやってくるって」
大した修行も必要なく誰でも簡単に使える銃は、当時、新しい武器として時代を塗り替えると思われた。
しかし、あまりにも強力な殺傷能力を要するその武器は、その危険度から、限られた上位冒険者しか持つことができないという法律が設けられ、一般の冒険者には広まらなくなる。
「確かに銃は剣よりも強いかもしれない。でも、全ての剣士が負けるわけじゃない。東方には飛んでくる銃弾を剣で真っ二つにするような達人だっているそうだ」
「そうなんだっ! じゃあ、タクミはもっとすごいことができるんだねっ!」
「へ?」
いやいや、銃弾を真っ二つにするどころか、剣が重すぎて、愚鈍なスライムにも攻撃が当たらないから。
「どうするのっ? 気合だけで銃弾を粉々にするのっ!? 同じスピードで弾き返してやっつけるのっ!?」
いやいやいや、アリスの中では、俺は一体どんなふうになっているんだ?
ここらで、ちゃんと真実を伝えておこう。
「いいか、アリス。俺は銃弾を真っ二つにはできないし、気合いで粉々にもできない」
「え?」
「え?」
うん。だから、どうして? みたいな顔はやめて。
普通はできないからっ。
しかも俺、普通以下だからっ。
「もし、銃と戦うことになったら、俺にできることは、一つだけだ。それは……」
世界から音が消えたと思えるほどに静まりかえる。
誰も話さない。
誰も動かない。
アリスは両手を組んで、うつむきながら祈っている。
ダガンは、もうどこにもいない。
アリスの一撃により、カルナの能力をもってしても視認できないほど、遙か彼方まで吹っ飛ばされた。
あの時、アリスに言った言葉を思い出す。
『……死なないように祈るだけだ』
「どうか、あのおっさんが死にませんように」
俺の回想の声とアリスのつぶやきが重なった。
違うっーーーっ!!
相手じゃなくて、自分が死なないように、祈るんだよっ!!
俺が言ったことを壮大に勘違いしたアリスが、満足気な顔で立ち上がる。
すでに銃で撃たれた頭と心臓の血は止まっていた。
「は?」
かろうじて岩にもたれかかっていたナギサが地面に崩れ落ちる。
「なんなのよ! 一体なんなのよっ! なんで吹っ飛ばした相手の無事を祈ってるのよっ!!」
うん、ごめん。俺のせいです。
「ナギサ。あなたは……」
サシャがナギサに近付こうとした時だった。
『タッくんっ!!』
カルナの声が頭の中で大きく響き渡る。
『まだやっ、まだ終わってへんっ! なんかっ、なんかものごっついのが近づいてるでっ!!』
「えっ?」
どこから? と言う前に、どんっ、と、それは、ナギサとサシャの間に、割り込むように上空から落ちてきた。
その姿を見たことがある。
身体の半分が鉄のような金属で覆われていた。
機械でないほうの半分は、薄手の布を巻いていて、人肌が垣間見える。
顔の下部分は機械のマスクで覆われて上半分しか見えない。
伸びた灰色ショートボブの前髪が片目部分を覆っていて、反対の目は、閉じているように細い。
たまに呼吸するかのように、機械部分が点灯し、空気が漏れるような音がしていた。
そう、この女性は……
「マキナ?」
『……違うで、タッくん』
かつて、この山でマキナと戦ったことがあるカルナが、俺の言葉を間髪入れず否定する。
『マキナやない』
「え?」
カルナにそう言われても、信じられなかった。
目の前にいるのは、どう見てもマキナだ。
半分が機械の人物など、マキナ以外に見たことがない。
「マキナ、だよな?」
「違いますよ。匠弥様」
その声は機械音声ではなく、生身の人間の声だった。
彼女は、マキナであることを否定しながら、機械で出来た左腕を俺に向かって真っ直ぐ伸ばす。
この時、俺はようやく彼女がマキナでないことに気がついた。
「……もしかして」
そうだ。何故すぐに気付かなかったのだろう。
あまりにも大きすぎる間違いに、俺はもう一度、彼女の姿を確認する。
「反対?」
「はい、正解です」
いつも無表情だったマキナと違い、彼女は俺に向かってニッコリと微笑んだ。
そう、右半身が機械のマキナに対し、彼女は左半身が機械だった。
『タッくんっ!!』
カルナが魔剣形態から慌てて人間形態に変化しようとする。
だが、その前に逆マキナの左腕がドンッと爆発し、拳を握った左肘先が猛スピードで回転しながら、俺の顔面に飛んでくる。
どう考えてもさけようがない。
俺にできることは、もう一つしかなかった。
「どうか、死にませんように」
俺は神に祈りを捧げた。
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