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閑話 ダガン

 

 スコープの向こうで、タクミがこちらを振り返ったのがわかった。

 距離にして2キロ近く、肉眼ではここまでの位置は掴めないはずだ。

 おそらく魔剣カルナの能力だろう。

 ほとんどの設定が剥がれたタクミに残された、唯一の武器。

 すぐに破壊したい所だが焦りは禁物だ。

 頭を撃ち抜いたとはいえ、あのアリスも、それだけでくたばったとは思えない。


 倒れているアリスに再び標準をあわせる。

 赤外線スコープが、倒れたアリスの身体まで真っ直ぐに伸びていく。


「絶対貫通」と「絶対命中」


 二つの設定を持っているわしに失敗はありえない。

 さらに今、構えているのは、世界最長3kmの射程を誇る狙撃銃スナイパーライフルSVLK-14Sだ。

 弾丸速度は音速の三倍である毎秒900m。

 撃たれた者は銃声を聞くことなく倒れていく。

 この世界最強の銃の前では、人類最強といえどゴブリンの首をひねるように簡単に倒すことが出来る。


「悪いな、ここはすでに……」


 引鉄に指をかけ、力を込めた。


「戦場なんだ」


 三発目の銃弾が鳴り響く。

 それは、寸分の狂いもなく、アリスの心臓を貫いた。



あずま 兵悟ひょうご一等陸曹。本日、1500(イチゴーマルマル)より、極秘潜入任務の部隊長を命ずる。コードネームはダンガン。潜伏期間は無期限とする」

「はっ」


 詳しい説明は何もなかった。

 別の世界に潜入し、来たる時に備え、銃の腕を磨き、下等なモンスターの数を減らしてほしい。

 それだけが、上から下された指令だった。


 最初は悪い冗談だと思っていた。

 だが、映画かゲームでしか見たことがない世界に放りだされて実感する。

 これは紛れもない現実で、ふざけていれば、すぐに死ぬことになる、と。


 最初に辿り着いた町で、ハンターと呼ばれる屈強な男が、儂のことを自分の息子だと勘違いしていた。

 どうやら、この世界に来る前に、何人かの記憶を都合のいいように書き換えていたようだ。

 儂は仮の親父の元で暮らし、ハンターとして成長していく。

 あっ、という間に月日は流れ、若かった儂が、出会った頃の親父と同じ年になる頃には、超狩人と呼ばれるようになっていた。


 このまま、ここで、ただのハンターとして生き、死んでいくのも悪くない。

 ずっと上からの指令もなく、この世界に馴染み、平和な日々が続く中、そんなふうに思えるようになっていた。


 だが、終わりの時は突然やってくる。


『こちらカセイフ、ダンガン、応答して下さい』


 30年ぶりに、頭に直接、音声が流れ込む。


『カセイフ、到着しました。これより、フェーズ3から4に移行します。Y356地点に集合して下さい。特殊武器と設定を配布致します』



 集合地点に現れたのは、二十歳そこそこの小娘だった。

 こんな小娘を使わねばならない程、向こうの世界は困窮しているのか。

 カセイフと名乗る小娘に、配属と階級を尋ねると、すでに儂がいた組織は、なくなっており、聞いたことのない部隊になっていた。


「30年前とは情勢が違います。現在の到達目標は移住ではなく、侵略に変わっています」


 すでに、元の世界で暮らした年数よりも、こちらの世界で暮らした年数が上まっていた。

 心を許せる友や、再戦を誓いあったライバルもいる。

 それらすべてを投げ出して、任務を遂行する意味などあるのだろうか。


「……儂が任務を放棄したらどうなる? 代わりが送られてくるのか?」

「代わりの人員など確保する余裕はありません。成功確率は大幅に下がりますが、そのまま補充せずに、最終フェーズまで作戦は遂行されます」


 あの時はまだ、この計画は、もしもの時の最終手段だったはずだ。

 それが、ここまで切羽詰まった状況になったということは、あの問題は30年経った今も解決されなかったということか。


「ウイルスは? 世界は今、どんな状況だ?」

「Kウイルスは常に進化し、ワクチンは意味を成しません。感染者は現在97%を超えています。すでにアメリカ、中国などは瓦解し、国として成り立っていません。大陸から切り離された日本のような小国のみがかろうじて生き残っています」

「……世界は、終末を迎えたか」


 もはや、一刻の猶予もないのだろう。

 すべての人類を移住させるには、こちらの世界の者達を支配しなければならない。

 世界と世界の戦争。

 そのどちらにつくか。

 儂には選択肢など最初から用意されていない。

 ここに来た時から、儂はずっと皆を騙して生きてきたのだ。


「持ってきた武器と設定の説明をしてくれ。後は潜伏している他の仲間たちの情報だ。連携を取らないと倒せない者が何人かいる」

「まさか、設定は絶対ですよ。勝てない相手なんて存在しません」

「……あまり、この世界を舐めないほうがいい」


 設定だけで簡単にいくとは思えない。

 奴らは、時にこちらの想像を遥かに超えた力を発揮する。


「それで、最初のターゲットは、誰だ?」

「聞かなくてもわかっているのでは?」


 そう、これはただの確認だ。

 この世界における最大の壁は、どう考えてもあの女だ。


「人類最強アリス。彼女を排除して下さい」



 頭と心臓。

 その二箇所に「.408シャイタック弾」が命中した。

 さすがのアリスも、これにはひとたまりもないだろう。

 戦況は、大きくこちらに傾いた。

 だが、このままうまくいくとは思っていない。

 どんな状況でも諦めずに戦ってきた友やライバルが残っている。

 せめて、そいつらは儂が……


『ダンガンっ!!』


 カセイフの声が頭に直接鳴り響いた。


『まだだっ!! アリスはまだっ!! 生存しているっ!!』


 まさか、と耳を疑った。

 信じられない思いでスコープを覗き込む。


「ば、馬鹿なっ!!」


 立っている。

 頭と心臓から血を流しながら、それでも、まるで、何事もなかったかように、堂々とその場に立っている。


 慌てて、次の弾丸を装填しようとした。

 しかし、手が震えてうまく、弾を掴めない。


「ふっ、ははっ、どうなってるんだっ、あの、女はっ!」


 思わず笑みが溢れてしまう。

 特異点を突破し、カセイフの永遠の距離を破り、致命傷となるはずの弾丸すら、ものともしない。


「いいぞ、それなら何発でも喰らわしてやるっ! お前が完全に動かなくなるまで、何発でもだっ!!」


 狙撃銃にようやく弾を詰め、再びスコープを覗く。


『ダンガンっ!!』


 引鉄に力を込める前だった。

 アップになったアリスの顔が、スコープを埋め尽くす。

 どうやったのかはわからない。

 だが、アリスは、一瞬で2キロもの距離をゼロにして、ここまでやってきたのだ。


 舐めていたのは、儂のほうだったのかっ!?


「ゔぁあぁあぉああぁあァアアアアッ!!!!!」


 獣のような咆哮をあげて、超至近距離で四発目を撃ち放つ。


 世界と世界を賭けた戦争が始まった。










※ダガンをお忘れの方は、第一部十八話に初登場。

二十九話でミアキスと戦っていますので、良ければ確認して下さい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] お疲れ様でした。 アリスの理不尽な出鱈目ぶりがすごいな! しかし、何故だろうか、タクミの雑魚っぷりが出てくる度に某ク○ゥルフ漫画の主人公を思い出してしょうがない。 「深淵を覗く者は…
[一言] やはりアリスがそうかんたんに倒れるわけがないですよね。 いろいろな設定が明らかになってきましたが、平和的な解決方法は多分ないのでしょうね。
[良い点] ここてまさかの設定!! やはり、その設定を覆す一人がアリスですね。 [気になる点] ◯イタマとやりあったら、どっちが勝つんですかね?ようつべではスーパー◯ンが負けてましたが。 [一言] …
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